6 / 19
隣が痴話げんか①
しおりを挟む
外に出た瞬間に襲ってきた寒風に、真白はうへと首をすくめた。覚悟はしていたものの、すこぶる寒い。夏の暑さにも弱いが、冬の寒さにもほとほと弱くできているのだ。
徒歩五分のアルバイト先に行く決心をつけるのも、一苦労なほどに。
ダウンジャケットのファスナーを極限まで引き上げて、部屋の鍵をかける。ポケットに両手を突っ込んだまま、くるりと向きを変えたところで、「あ」と真白は声を漏らした。
夢見荘の階段が軋む音とともに、聞き覚えのある話し声が近づいてきたからである。
……もっと早く出てりゃよかった。
ギリギリまで引きこもっていた自身の無駄な抵抗を、真白は悔やんだ。間違いなく、もっと早くに出かけるべきだった。
【隣が痴話げんか】
「あれ、しろだ」
薄暗がりから顔を出した幼馴染みが、へらりと相好を崩した。ひらひらと振っている手の反対側には、ぴとりと男がくっついている。
「うん」
視線のやりどころに困って、真白は曖昧に頷いた。いったいなにが悲しくて、男連れの幼馴染みと遭遇しなければならないのか。そうして、なんで恋敵よろしく睨みつけられないといけないのか。
まったくもって意味がわからない。
「どうしたの。今日、バイトじゃなかったっけ?」
愛想の良さをいかんなく発揮されて、「まぁ、そうだけど」ともごもごと呟く。俺なんて放っておいてくれていいから、さっさと家に入ってほしいというのが偽らざる本音であった。
「どうせギリギリまで引きこもってたんでしょ。早く行かないと遅刻するよ」
対身内用の呆れたふうでいて、甘い声。真白にとってはいつものものだったのに、刺さる視線はどんどんと鋭くなっていく。
なんだ、この理不尽。俺がいったいなにをした。心情としてはその一言に尽きたが、真白は平和主義者だった。争うための高エネルギーは所持していないし、人生平穏がなによりだ。
「うん」
行ってくる、と当たり障りのない返事を残して、脇を通り過ぎる。部屋を出た瞬間も寒かったが、外付けの階段を下りるときが一番寒い。風当たりがきついのだ。慎吾を壁にしたかったが、どだい無理な話である。
頭上からは、なにやら話し声が響いていた。男のくせに、やたら鼻につく高い声。
なんだかなぁ、と首を捻りつつ、スマホで時間を確かめる。十八時ジャスト。アルバイト先のコンビニエンスストアの交代時間は十八時。
「……まぁ、いいだろ」
ちょっとくらい。そう決めて、心持ち足を速めて歩き出す。寒い。
急いで走るという選択肢は、大変残念なことに真白の頭に存在してはいなかった。
徒歩五分のアルバイト先に行く決心をつけるのも、一苦労なほどに。
ダウンジャケットのファスナーを極限まで引き上げて、部屋の鍵をかける。ポケットに両手を突っ込んだまま、くるりと向きを変えたところで、「あ」と真白は声を漏らした。
夢見荘の階段が軋む音とともに、聞き覚えのある話し声が近づいてきたからである。
……もっと早く出てりゃよかった。
ギリギリまで引きこもっていた自身の無駄な抵抗を、真白は悔やんだ。間違いなく、もっと早くに出かけるべきだった。
【隣が痴話げんか】
「あれ、しろだ」
薄暗がりから顔を出した幼馴染みが、へらりと相好を崩した。ひらひらと振っている手の反対側には、ぴとりと男がくっついている。
「うん」
視線のやりどころに困って、真白は曖昧に頷いた。いったいなにが悲しくて、男連れの幼馴染みと遭遇しなければならないのか。そうして、なんで恋敵よろしく睨みつけられないといけないのか。
まったくもって意味がわからない。
「どうしたの。今日、バイトじゃなかったっけ?」
愛想の良さをいかんなく発揮されて、「まぁ、そうだけど」ともごもごと呟く。俺なんて放っておいてくれていいから、さっさと家に入ってほしいというのが偽らざる本音であった。
「どうせギリギリまで引きこもってたんでしょ。早く行かないと遅刻するよ」
対身内用の呆れたふうでいて、甘い声。真白にとってはいつものものだったのに、刺さる視線はどんどんと鋭くなっていく。
なんだ、この理不尽。俺がいったいなにをした。心情としてはその一言に尽きたが、真白は平和主義者だった。争うための高エネルギーは所持していないし、人生平穏がなによりだ。
「うん」
行ってくる、と当たり障りのない返事を残して、脇を通り過ぎる。部屋を出た瞬間も寒かったが、外付けの階段を下りるときが一番寒い。風当たりがきついのだ。慎吾を壁にしたかったが、どだい無理な話である。
頭上からは、なにやら話し声が響いていた。男のくせに、やたら鼻につく高い声。
なんだかなぁ、と首を捻りつつ、スマホで時間を確かめる。十八時ジャスト。アルバイト先のコンビニエンスストアの交代時間は十八時。
「……まぁ、いいだろ」
ちょっとくらい。そう決めて、心持ち足を速めて歩き出す。寒い。
急いで走るという選択肢は、大変残念なことに真白の頭に存在してはいなかった。
25
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
神獣様の森にて。
しゅ
BL
どこ、ここ.......?
俺は橋本 俊。
残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。
そう。そのはずである。
いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。
7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる