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隣のチャラ男くん(おまけ)
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極小スペースのベランダで、お気に入りの毛布が初冬の風に揺れている。
――これで今日は寒くない。
にんまりと真白はほくそ笑んだ。今から寝るのが楽しみだ。それも、隣人がうるさくなければ、ではあるのだけれど。
ちらと視線を向けると、その隣人は何食わぬ顔でマグカップに口をつけていた。
なにも気にしていない相手に文句をつけるのも馬鹿らしくなって、真白も愛用のマグカップに手を伸ばす。鼻孔をくすぐったのは、ほうじ茶とミルクの甘い香りだ。
「本当におまえ無駄にレパートリー多いよな」
未知の飲料をしげしげと見つめたまま、真白は呟いた。ほうじ茶ラテとか。俺カフェでも頼んだことないし。そもそもとして、めったに外に出ないのだが、それはさておいて。
「逆に聞きたいんだけど、しろはなんで俺が料理うまくなったと思ってんの?」
「好きだから?」
「小さいおまえとかなちゃんが、おなか空いた、おなか空いたって俺に駄々こねてたからでしょうが」
忘れたのかと言わんばかりに嘆かれて、真白はほうじ茶ラテを吹きかけた。
げほげほとせき込んでいると、「あぁもうやってられない」と慎吾がぼやく。その拗ねた声に、そういえばと真白は過去に記憶を馳せた。
本当にそういえば、ではあるのだけれど。お互いの両親が共働きだったこともあって、真白は慎吾とずっと一緒だった。ふたつ下の妹とともに慎吾の家に転がり込んでいて、そして。
……たしかに言ってた、かも。
おなか空いた、とか。なんかつくれ、とか。
面倒見の良かった幼馴染みは嫌な顔ひとつせず、自分たちにごはんをつくってくれていたような。焦げたホットケーキから始まり、なんやかんやと。
まさか、その延長線の今なのか。
いや、そのくらいでここまでするかなと悩みかけたところで、はたと真白は真顔になった。
「慎吾」
猜疑心あふれる呼びかけに、慎吾がきょとんと首を傾げる。
「なに、しろ。どうしたの」
「おまえ、かなみに手ぇ出してみろ。おばさんに男と乱交してるってチクるからな」
ドスのきいた真白の声に、ぽかんと口が開く。そして、次の瞬間。かろうじて美形に範疇されるだろう顔が盛大に歪んだ。
「なっ、……なんで、そうなるの……。もう、やだ、本当、おまえ……」
ありえない信じられない、と唸りながら、慎吾が座卓につっぷした。チャラい毛先がマグカップに今にも入りそうになっている。切ればいいのに。
マグカップを脇によけてやってから、真白はふんと鼻を鳴らした。
真白と同じDNAだとは思えないと評されている、かわいいかわいい自慢の妹である。こんな男相手に遊びまくっている変態にやるいわれは、いっさいない。
「俺の愛が通じてない」
「はぁ? そりゃ、おまえがかなみに惚れるのはわからなくはないけど」
「いや、そこじゃないから」
げんなりとしたまま顔を上げた慎吾と、ぱちりと目が合う。その途端に、なぜかしかたないとばかりに苦笑されてしまった。
「しろー?」
「なんだよ」
「おいしい、それ?」
もしかして、このほうじ茶ラテも買収の一種だったのだろうか。
新たな疑惑を抱きながらも、真白は素直に頷いた。甘すぎないので、甘いものがあまり得意でない自分でも飲みやすい。
甘党の慎吾には物足りないのではないかと思うけれど。
「じゃ、まぁ、それでいっか」
「なにがだよ」
「いや、もういいや。うん、今は。というか、今日はいいかげん学校行けよ、おまえ。二限は間に合わないにしても三限は出なさいね。留年させたら佳代子さんに合わせる顔がないし、俺」
肘をついたまま、にやにやと慎吾が笑う。察するに、この男は今日一日休みであるらしい。
ずるい、俺も休みたい。だが、三限の必修を落としたら、さすがにまずい。
……いや、まだあと二回くらい大丈夫じゃないかな。
なんてことを考えながら、真白はこくりとほうじ茶ラテを喉に流し込んだ。じんわりとあたたかさが広がっていく。
居心地のいいあたたかな部屋においしい食べ物。ついでに、慎吾。
俺が引きこもりたくなる理由のひとつって、絶対にこれだよなぁ。ということは、俺が引きこもりになる原因は慎吾にあるんじゃないだろうか、なんて。口にしたら怒られそうなことを考えながら、駄目人間は、外に出ない言い訳を脳内でこねくり回していた。
――これで今日は寒くない。
にんまりと真白はほくそ笑んだ。今から寝るのが楽しみだ。それも、隣人がうるさくなければ、ではあるのだけれど。
ちらと視線を向けると、その隣人は何食わぬ顔でマグカップに口をつけていた。
なにも気にしていない相手に文句をつけるのも馬鹿らしくなって、真白も愛用のマグカップに手を伸ばす。鼻孔をくすぐったのは、ほうじ茶とミルクの甘い香りだ。
「本当におまえ無駄にレパートリー多いよな」
未知の飲料をしげしげと見つめたまま、真白は呟いた。ほうじ茶ラテとか。俺カフェでも頼んだことないし。そもそもとして、めったに外に出ないのだが、それはさておいて。
「逆に聞きたいんだけど、しろはなんで俺が料理うまくなったと思ってんの?」
「好きだから?」
「小さいおまえとかなちゃんが、おなか空いた、おなか空いたって俺に駄々こねてたからでしょうが」
忘れたのかと言わんばかりに嘆かれて、真白はほうじ茶ラテを吹きかけた。
げほげほとせき込んでいると、「あぁもうやってられない」と慎吾がぼやく。その拗ねた声に、そういえばと真白は過去に記憶を馳せた。
本当にそういえば、ではあるのだけれど。お互いの両親が共働きだったこともあって、真白は慎吾とずっと一緒だった。ふたつ下の妹とともに慎吾の家に転がり込んでいて、そして。
……たしかに言ってた、かも。
おなか空いた、とか。なんかつくれ、とか。
面倒見の良かった幼馴染みは嫌な顔ひとつせず、自分たちにごはんをつくってくれていたような。焦げたホットケーキから始まり、なんやかんやと。
まさか、その延長線の今なのか。
いや、そのくらいでここまでするかなと悩みかけたところで、はたと真白は真顔になった。
「慎吾」
猜疑心あふれる呼びかけに、慎吾がきょとんと首を傾げる。
「なに、しろ。どうしたの」
「おまえ、かなみに手ぇ出してみろ。おばさんに男と乱交してるってチクるからな」
ドスのきいた真白の声に、ぽかんと口が開く。そして、次の瞬間。かろうじて美形に範疇されるだろう顔が盛大に歪んだ。
「なっ、……なんで、そうなるの……。もう、やだ、本当、おまえ……」
ありえない信じられない、と唸りながら、慎吾が座卓につっぷした。チャラい毛先がマグカップに今にも入りそうになっている。切ればいいのに。
マグカップを脇によけてやってから、真白はふんと鼻を鳴らした。
真白と同じDNAだとは思えないと評されている、かわいいかわいい自慢の妹である。こんな男相手に遊びまくっている変態にやるいわれは、いっさいない。
「俺の愛が通じてない」
「はぁ? そりゃ、おまえがかなみに惚れるのはわからなくはないけど」
「いや、そこじゃないから」
げんなりとしたまま顔を上げた慎吾と、ぱちりと目が合う。その途端に、なぜかしかたないとばかりに苦笑されてしまった。
「しろー?」
「なんだよ」
「おいしい、それ?」
もしかして、このほうじ茶ラテも買収の一種だったのだろうか。
新たな疑惑を抱きながらも、真白は素直に頷いた。甘すぎないので、甘いものがあまり得意でない自分でも飲みやすい。
甘党の慎吾には物足りないのではないかと思うけれど。
「じゃ、まぁ、それでいっか」
「なにがだよ」
「いや、もういいや。うん、今は。というか、今日はいいかげん学校行けよ、おまえ。二限は間に合わないにしても三限は出なさいね。留年させたら佳代子さんに合わせる顔がないし、俺」
肘をついたまま、にやにやと慎吾が笑う。察するに、この男は今日一日休みであるらしい。
ずるい、俺も休みたい。だが、三限の必修を落としたら、さすがにまずい。
……いや、まだあと二回くらい大丈夫じゃないかな。
なんてことを考えながら、真白はこくりとほうじ茶ラテを喉に流し込んだ。じんわりとあたたかさが広がっていく。
居心地のいいあたたかな部屋においしい食べ物。ついでに、慎吾。
俺が引きこもりたくなる理由のひとつって、絶対にこれだよなぁ。ということは、俺が引きこもりになる原因は慎吾にあるんじゃないだろうか、なんて。口にしたら怒られそうなことを考えながら、駄目人間は、外に出ない言い訳を脳内でこねくり回していた。
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