夢の続きの話をしよう

木原あざみ

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第六話

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「おまえ、よくあの人に絡めるよな。怖くね?」
「あの人って佐野先輩? んー、別に怖くないよ」

 どこがどう良い人かと言われれば、言葉にしにくい部分もなくはないし、そもそもあんまり言いたくないから言わないけど。
 同学年だけしかいない部室で、自然と話題が部活や上級生の愚痴になるのは多々あることで。
 そしてそこで上がってくる名前も似たり寄ったりだ。
 やれあの人は裏で意地の悪いことばかり仕掛けてくる。あの人は気分によって態度が違うから扱いづらい。
 その中で、佐野先輩の名前も上がることはあった。

「だって、無愛想だしとっつきづらいし。富原先輩は優しいし俺らの話聞いてくれるけど」

 そりゃ、おまえが怖がって話かけないからじゃん、と思ったけれど教えてはやらなかった。
 しょうもない、俺の独占欲。
 あの人は、確かに愛想が良いとは嘘でも言えないけど、でも話しかけたら絶対無下にはしない。
 返ってくる言葉がきつかったとしても、それは本音で応じてくれているからなだけだ。

「まぁ富原さんは分かりやすく優しいよね、さすがキャプテン」
「佐野先輩だって副キャプだろ、一応。全然、俺らのこと見てくれねぇけど」
「それはないって。言わないだけで見ててくれてると思うけど」
「そりゃおまえのことは見てるかもな。なんてったってエース様だし」
「でも折原に対しても当たり結構きついよな。ひがまれてんじゃねぇの」

 軽い笑いが起こった輪の中で、それ以上の反論をするのも面倒になってきて、適当に笑ってみせる。
 だから俺はその流れが嫌なんだって。
 もういい加減、慣れたけど。……昔から、ままあることだし。俺のことを嫌ったりのけ者にしようとしているわけではないのも知っている。
 でもそれはイコール、気分がいいものであるわけがないし、イラッとしないわけでもない。

「折原、あの人のどこがそんなにいいわけ、マジで」

 おまえらみたいに陰口言ったりしないところだよと言うかわりに、へらりと能天気に笑って応じる。
 天真爛漫、人当たりの良い折原藍。
 チームメイトが思う俺のイメージは、そんなところなんだろう。全くの間違いではないのかもしれないけど、作っている部分が多いのもまた事実だ。

「俺のこと、いっぱい殴ってくれるから」

 犬かよ、っつうかMだよ、それじゃ。
 脱線して盛り上がり始めた輪から外れて、練習着を頭から引っこ抜く。
 早く、シャワーを浴びて、飯食って、宿題して……佐野先輩にちょっとだけでいいから逢いにいきたい。

 俺のことを「天才」と区別せずに、ひとりの後輩として見ているのだと、一番に示してくれた人。
 当時の俺があの人に懐く理由としては、十分すぎるものだった。

 それが、――いつしか形を変え始めるものだとは、まだ意識してはいなかったはずだ。
 深層心理下では分からないけれど、少なくとも表出はしていなかった。

 けれど、一つだけ分かっていることはあった。
 俺は、佐野先輩がいなかったら、サッカーと言う競技を嫌いになっていたかもしれない。
 辞めるようなことはしなかったと思うけれど、あんな風に「楽しい」「好きだ」という感情でボールに触れることはできていなかったと思う。

 佐野先輩に言ったところで、「そんなわけないだろ」と一蹴されるのは目に見えていたけれど、でも確かにそうだった。

 深山でやっていたサッカーが一番楽しかった。
 佐野先輩とするのが好きだった。

 そのどちらもが本音で、でも、やっぱりこれを言うたびに佐野先輩は困ったように否定していたけれど。
 こんな言い方をすると大げさすぎるのかもしれない、でも。

 俺にとって、少なくとも、深山に在籍していた当時の俺にとって、佐野先輩は神様みたいだった。
 このひとだったら、と思えるような、せかいのぜったい。
 それも佐野先輩は子どもの狭い世界だと眉をしかめるのだと理解してはいる、けど。



「本当に良かったのか、折原」
「何がですか?」
「何がと言うよりかは、全部かな」

 半ば突っかかるように問い返した俺の態度にも富原さんは、怒ることも呆れることもなく、静かに問い重ねてくる。
 昔から変わらない、と言うのは俺じゃなくてこの人のことを言うんだろうな、と思う。
 ある意味、佐野先輩も昔から変わってないけど。

「インタビューのことなら、俺、逆切れしたつもりはないですよ?」
「おまえはそういうタイプじゃないだろう」
「なんかそれはそれで、全部計算ずくって言われてるみたいで微妙です」
「でも外れてもないだろう?」
「まぁ、そうですけど」

 富原さんが俺の若干ふてくされ気味の返答に笑って、「責めてるわけじゃないよ」ととりなしてきた。

「でも、深山には悪かったかなとは思ってはいます」

 全寮制の高校。出身の日本代表選手がゲイだなんて公表しようもんなら、彼らが興味本意の視線にさらされるだろうことは想像に難くない。
 強いて言うなら、今年は県代表として選手権に出場していなかったのは不幸中の幸いってやつなんだろう。
 時期が近すぎる。

「どうせすぐにみんな気にしなくなるからな、そんなもんだろう」
「人の噂も、ってやつですね」
「それでも一度、耳にしてしまったら、消えない痕としてずっと残ってしまう」
「……」
「と、佐野なら思うんだろうけどな」
「あの人は、そういう人だから」

 結局、口にできたのはそんな応えだった。窺うように黙り込んでいた富原さんが、「馬鹿なんだ」とさらりと口にする。
 それは疑うまでもなく、佐野先輩のことなんだろうけれど。

「よく俺が言われてましたけどね、それも」
「そうだな、でも俺から見てると、視野が狭いのもおまえじゃなくて佐野だと思うし、頑ななのもおまえじゃなくて佐野だと思うよ」
「俺もそう思ってます」

 富原さんの佐野先輩評はさすがすぎた。
 あぁもう嫌だな。結局、俺がずっと入り込めなかったところにこの人は居られるんだから。

「思ってますし、分かってます、でも」

 小さく息を吐いて、それからゆっくりと顔を上げる。

「俺、佐野先輩に選んでほしいんですよ。あの人の手で、俺を」

 俺が押し続けたら、いつか折れてくれるんじゃないだろうか。
 そう思ったことは何度もある。
 でも、それじゃ意味がない。

 だから。

「言ったでしょ、俺。気は長いって」

 待っていて、その結果がどちらを向いていても構わない。
 ただ、俺と、――そして、先輩自身の本音としっかり向き合ってほしかった。
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