夢の続きの話をしよう

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
30 / 98
第四話

29.

しおりを挟む
 沈黙を破ったのは、苦笑とも溜息とも言い難い、折原の声だった。

「ねぇ、先輩。先輩はさ、俺に待ってっるって言ってほしかった?」

 いつだって、俺には分からないけれど、こいつ自身が持つ軸によって行動している折原にしては、珍しい、自嘲じみた、揺れる声。

「俺は待ってるから、治して追いついてって、そんなこと、あの時の俺に言ってほしかった?」

 何を今更言っているのかと、俺は見下ろしてくる折原を凝視してしまっていた。
 できるだけ見ないようにしようと思っていた後輩の顔は、逆光でよく見えなかった。どこかほっとするのと同時に、想像だけで嫌な風に膨らんでしまう思考がたまらなかった。

 あの日も、最後に一人、見送りに来たこいつも、そんな顔をしていたのだろうか。


 ――治らない、とは医者は言わなかった。

 時間はかかることは間違いがなかった。あの時期に一年以上もの時間が失われるのは、大変なロスだけれど、それでも俺が本気で治してもう一度プロを目指したいと言ったのなら、無理だとは言われなかったかもしれない。
 ……可能性はとても低かったかもしれないが、ゼロではなかったのもまた間違いじゃない。

「俺、言えなかった。そんな無責任なこと言って、それで先輩、縛んのが怖かった」

 高等部に上がる時も、俺には他にも選択肢があった。例えば――他の強豪校に移ることもそうだろうし、サッカーをやめるのもまたそうだった。
 でも、やめなかったのは。そのまま内部進学を選んでサッカー部に残ったのは、折原が当たり前みたいな顔で言ったからだった。
 あと一年待っててくださいね、と。また一緒にサッカーやりましょうね、とそう言ったからだった。

 これ以上先は、ないけれど。

「俺、先輩が勉強してんの知ってたし、もしかして先輩、サッカーは高校で最後にする気なのかなともちょっと思ってた。勿体ないって俺は、思ったけど、でもそれは先輩が決めることだ知って、でも」

 そこで迷うように折原が微かに視線を伏せた。けれどすぐにまっすぐに俺を射抜く。

「でも、今でも思うんだ。ねぇ、先輩、もしあのとき俺が待ってるって言ってたら、先輩は今と違ってた?」

 俺の傍にいたかと聞かれているみたいだった。
 何を言っているんだと思うのに、心はひどく凪いでいた。あの日、会いたくないと言ったのは俺だ。それにーー。

「おまえが何言ったって、俺は俺で決めてたよ、たぶんな」
「……知ってるけど、先輩はそうだと思うけど、でも」
「折原」

 静かに遮って、言い聞かせるように折原を見つめ返した。意志の強い目だと思う。初めて会ったころからそうだった。けれどあのころの方がもっと無邪気で傲慢だったかもしれない。
 折原は良くも悪くも、折原藍と言う選手の才能をよく分かっている。

「俺は、おまえが俺とのサッカーが好きだったって言ってくれて、十分だって思った」

 嬉しかったのは、本当だった。

「先輩」

 折原がまっすぐに俺を見ていた。あのころと同じような気がする、屈託のない力強い瞳で。

「好きです」
「折、」
「好きなんだ、ずっと。……ずっと」

 だからそれは、思い込みだと。この期に及んで、いや……この期だからなのかもしれないけれど、言えなかった。
 じくじくと、浸食されていくのは、間違いなく毒なのに。
 たまらなく、甘い。

 ――なにをやっているんだと、思った。

 けれど、思うだけだ。これだって、何度思ったかしれない。
 俺は、終わらせるために、ここにいるんじゃないのか。
 なのに、なんで口にできないんだ。


 回っているのは、世界でも未来でもなんでもない。
 ただ繰り返すように、過去が巡っていると、思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

処理中です...