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6:番外編
10.魔法使いと弟子とそのあとのこと ⑧
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「師匠」
制止も反論もなかった。おそらくは、しかたがないという受容。けれど、それで構わなかった。
額でも頬でもなく、唇に口づける。そういう関係なのだとわかりやすく明示するように。最後まで閉じられることのなかった緑の瞳が、触れそうな距離で瞬く。
静かに見上げてくる瞳を、テオバルドも静かに見つめ返した。足音が遠のいていく気配に、なにも言わないまま、そっと指を離す。そのすべてに、この人が気がついていなかったはずがない。そうして、みっともない自分の思惑にも。
「テオバルド」
窘めるより幾分か強い非難を含んだ呼びかけだった。
「俺は、おまえを趣味が悪くなるように育てたつもりはないが」
「なら、父の血でしょう」
半ば本心で、テオバルドは笑った。あの父親は、案外に欲が深い。この人のことを知るにつれ、思い知るようになったことだ。
「テオバルド」
「すみません、妬きました」
二度目の呼びかけに、素直な弟子の皮を被り直す。べつに、困らせたいわけでもないし、怒らせたいわけでもない。ただ、自分だけを見ていてほしいと思ってしまったというだけだ。
わずかに咎める色を含んでいた瞳が、諦めたようにゆるむ。自分だけに許される特別だと知っている、この瞬間が好きだった。たしかに、自分の趣味はよくはないのだろう。
改めるつもりもないので、構わないと言えば構わないのだが。それに、どうせ、許してくれるのだ。
「しかたのないやつだな」
「気をつけます」
「……そうしろ」
これは、気をつける気がないとバレてるな。悟ったものの、テオバルドはそれ以上を取り繕わなかった。もともと、この人の前で隠し通せることなど、そう多くはないのだ。
「師匠」
そのすべてを誤魔化すように、あるいは塗りつぶすように、甘ったるい声で呼びかける。
「愛しています」
「知っている」
呆れと慈愛に染まった返答だった。溜息をひとつ吐き、アシュレイが続ける。
「だから、過剰な行動に出る前に、言葉で言え。言わないとわからないと昔から言っているだろう」
幼いころから何度も言われていることで、つい先ほども水を向けられたことだった。
素直に黙ったテオバルドに、アシュレイがまた少し声音を和らげる。本当にこの人は自分に甘くできているな、と。また思ってしまった。
「まぁ、言わなくともわかってやることができればいいのかもしれないが、俺には無理だ」
「すみません」
殊勝に謝ってから、少し考えてテオバルドは言い足した。
「ただ、妬いたのは、本当です」
「おまえが妬く理由がどこにある」
想像していたとおり、アシュレイはよくわからないという顔をした。淡々と問い返され、思わず苦笑いになる。自分が妬くということがないから、想像ができないのだ。
妬く理由がどこにあるとアシュレイは言ったが、父にも、大師匠にも、自分は嫉妬を覚えている。みっともないと理解しているから、表に出さないようにしているというだけで。
制止も反論もなかった。おそらくは、しかたがないという受容。けれど、それで構わなかった。
額でも頬でもなく、唇に口づける。そういう関係なのだとわかりやすく明示するように。最後まで閉じられることのなかった緑の瞳が、触れそうな距離で瞬く。
静かに見上げてくる瞳を、テオバルドも静かに見つめ返した。足音が遠のいていく気配に、なにも言わないまま、そっと指を離す。そのすべてに、この人が気がついていなかったはずがない。そうして、みっともない自分の思惑にも。
「テオバルド」
窘めるより幾分か強い非難を含んだ呼びかけだった。
「俺は、おまえを趣味が悪くなるように育てたつもりはないが」
「なら、父の血でしょう」
半ば本心で、テオバルドは笑った。あの父親は、案外に欲が深い。この人のことを知るにつれ、思い知るようになったことだ。
「テオバルド」
「すみません、妬きました」
二度目の呼びかけに、素直な弟子の皮を被り直す。べつに、困らせたいわけでもないし、怒らせたいわけでもない。ただ、自分だけを見ていてほしいと思ってしまったというだけだ。
わずかに咎める色を含んでいた瞳が、諦めたようにゆるむ。自分だけに許される特別だと知っている、この瞬間が好きだった。たしかに、自分の趣味はよくはないのだろう。
改めるつもりもないので、構わないと言えば構わないのだが。それに、どうせ、許してくれるのだ。
「しかたのないやつだな」
「気をつけます」
「……そうしろ」
これは、気をつける気がないとバレてるな。悟ったものの、テオバルドはそれ以上を取り繕わなかった。もともと、この人の前で隠し通せることなど、そう多くはないのだ。
「師匠」
そのすべてを誤魔化すように、あるいは塗りつぶすように、甘ったるい声で呼びかける。
「愛しています」
「知っている」
呆れと慈愛に染まった返答だった。溜息をひとつ吐き、アシュレイが続ける。
「だから、過剰な行動に出る前に、言葉で言え。言わないとわからないと昔から言っているだろう」
幼いころから何度も言われていることで、つい先ほども水を向けられたことだった。
素直に黙ったテオバルドに、アシュレイがまた少し声音を和らげる。本当にこの人は自分に甘くできているな、と。また思ってしまった。
「まぁ、言わなくともわかってやることができればいいのかもしれないが、俺には無理だ」
「すみません」
殊勝に謝ってから、少し考えてテオバルドは言い足した。
「ただ、妬いたのは、本当です」
「おまえが妬く理由がどこにある」
想像していたとおり、アシュレイはよくわからないという顔をした。淡々と問い返され、思わず苦笑いになる。自分が妬くということがないから、想像ができないのだ。
妬く理由がどこにあるとアシュレイは言ったが、父にも、大師匠にも、自分は嫉妬を覚えている。みっともないと理解しているから、表に出さないようにしているというだけで。
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