不老の魔法使いと弟子の永遠

木原あざみ

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6:番外編

7.魔法使いと弟子とそのあとのこと ⑤

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「あら、テオバルド。週末はグリットンに帰ったのじゃなかったの? そのわりには冴えない顔じゃない」

 今、そちらはなにか忙しかったかしら、と問われ、テオバルドは苦笑ひとつで首を横に振った。

「そんなことないよ。それより、研究所のほうがなんだか忙しそうだけど」
「あぁ、いいのよ。あまりにもひどいところを片づけているだけだから。気にしないでちょうだい」

 にこりと笑ったアイラが、テオバルドが渡した書面に目を通しながら、言う。

「さすがにね。事前に大魔法使いさまが来られると連絡が入れば、いくら私たちでも多少の掃除くらいしようという気になるのよ」
「大魔法使いさまって、森の?」
「ええ、そうよ。聞いていなかった?」

 さらりと応じたアイラは、なにを思い出したのか、くすくすとした笑みをこぼしている。
 薬草学研究所の忙しさは、言われてみればたしかに大掃除という雰囲気だ。口元に手を当て、とは言っても、とアイラが話を続ける。

「森の大魔法使いさまは、実験ができればそれでいいというふうでいらっしゃるから、そんなことはまったく気にされていないのかもしれないけれど」
「そうだね」
「森のお家もそんなふうだって、あなたよく言ってたものね。――じゃあ、これ、私のサインでよかったかしら」
「もちろん」

 ありがとう、とほほえんで書面を受け取る。
 薬草学研究所との業務における連携は、あの一件を経てより綿密を課されるようになった。
 やりとりのためにお互いの手が止まることは面倒であるものの、互いの暴走を互いで抑止するためと言われてしまえば、致し方ない。それだけのことだったのだ。

「ごめんね、仕事の手を止めて。師匠によろしく」
「気にしないで、伝えておくわ」

 眼鏡を外したアイラが、机の端に置いてあったカップを引き寄せる。師匠の机と似たり寄ったりなレベルの乱雑さだなと思っていると――さすがに、他人の職場の机を勝手に片づけようという気は起きない――、しみじみとアイラが呟いた。

「それにしても、あなたはあいかわらず真面目よね。あなたのところの、……誰だったかしら。ちょっと名前を忘れてしまったのだけれど、森の大魔法使いさまが来られるたびに顔を出す人もいるのよ」
「そうなんだ」
「そうなのよ。まぁ、なかなか話す機会もない方だから、その気持ちもわからなくはないのだけれど」

 もう少し世間話に付き合うというていで、帰ろうとしていた足を止める。たぶんだけど、モーガンさんかな、と告げれば、アイラがすっきりとした顔になった。

「そうだったわ、ごめんなさい。目立たないけど、優しい人よね」
「遠征で長く一緒だったそうだよ」
「なるほど。どうりで」

 親しそうだったはずね、と頷いてカップを傾けたアイラが、そこではたと動きを止めた。妙にぎこちない動作でカップを戻して、眼鏡をかけ直す。

「まぁ、でも、あなたはプライベートでいくらでも会えるものね」
「……そうだね」

 やたらと愛想の良い笑顔を向けられるに至って、テオバルドは似た相槌を繰り返した。
 そうとしか言いようがなかったからだが、自分がどんな顔をしていたのかはあまり考えたくないな、と思った。
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