135 / 139
6:番外編
7.魔法使いと弟子とそのあとのこと ⑤
しおりを挟む
「あら、テオバルド。週末はグリットンに帰ったのじゃなかったの? そのわりには冴えない顔じゃない」
今、そちらはなにか忙しかったかしら、と問われ、テオバルドは苦笑ひとつで首を横に振った。
「そんなことないよ。それより、研究所のほうがなんだか忙しそうだけど」
「あぁ、いいのよ。あまりにもひどいところを片づけているだけだから。気にしないでちょうだい」
にこりと笑ったアイラが、テオバルドが渡した書面に目を通しながら、言う。
「さすがにね。事前に大魔法使いさまが来られると連絡が入れば、いくら私たちでも多少の掃除くらいしようという気になるのよ」
「大魔法使いさまって、森の?」
「ええ、そうよ。聞いていなかった?」
さらりと応じたアイラは、なにを思い出したのか、くすくすとした笑みをこぼしている。
薬草学研究所の忙しさは、言われてみればたしかに大掃除という雰囲気だ。口元に手を当て、とは言っても、とアイラが話を続ける。
「森の大魔法使いさまは、実験ができればそれでいいというふうでいらっしゃるから、そんなことはまったく気にされていないのかもしれないけれど」
「そうだね」
「森のお家もそんなふうだって、あなたよく言ってたものね。――じゃあ、これ、私のサインでよかったかしら」
「もちろん」
ありがとう、とほほえんで書面を受け取る。
薬草学研究所との業務における連携は、あの一件を経てより綿密を課されるようになった。
やりとりのためにお互いの手が止まることは面倒であるものの、互いの暴走を互いで抑止するためと言われてしまえば、致し方ない。それだけのことだったのだ。
「ごめんね、仕事の手を止めて。師匠によろしく」
「気にしないで、伝えておくわ」
眼鏡を外したアイラが、机の端に置いてあったカップを引き寄せる。師匠の机と似たり寄ったりなレベルの乱雑さだなと思っていると――さすがに、他人の職場の机を勝手に片づけようという気は起きない――、しみじみとアイラが呟いた。
「それにしても、あなたはあいかわらず真面目よね。あなたのところの、……誰だったかしら。ちょっと名前を忘れてしまったのだけれど、森の大魔法使いさまが来られるたびに顔を出す人もいるのよ」
「そうなんだ」
「そうなのよ。まぁ、なかなか話す機会もない方だから、その気持ちもわからなくはないのだけれど」
もう少し世間話に付き合うというていで、帰ろうとしていた足を止める。たぶんだけど、モーガンさんかな、と告げれば、アイラがすっきりとした顔になった。
「そうだったわ、ごめんなさい。目立たないけど、優しい人よね」
「遠征で長く一緒だったそうだよ」
「なるほど。どうりで」
親しそうだったはずね、と頷いてカップを傾けたアイラが、そこではたと動きを止めた。妙にぎこちない動作でカップを戻して、眼鏡をかけ直す。
「まぁ、でも、あなたはプライベートでいくらでも会えるものね」
「……そうだね」
やたらと愛想の良い笑顔を向けられるに至って、テオバルドは似た相槌を繰り返した。
そうとしか言いようがなかったからだが、自分がどんな顔をしていたのかはあまり考えたくないな、と思った。
今、そちらはなにか忙しかったかしら、と問われ、テオバルドは苦笑ひとつで首を横に振った。
「そんなことないよ。それより、研究所のほうがなんだか忙しそうだけど」
「あぁ、いいのよ。あまりにもひどいところを片づけているだけだから。気にしないでちょうだい」
にこりと笑ったアイラが、テオバルドが渡した書面に目を通しながら、言う。
「さすがにね。事前に大魔法使いさまが来られると連絡が入れば、いくら私たちでも多少の掃除くらいしようという気になるのよ」
「大魔法使いさまって、森の?」
「ええ、そうよ。聞いていなかった?」
さらりと応じたアイラは、なにを思い出したのか、くすくすとした笑みをこぼしている。
薬草学研究所の忙しさは、言われてみればたしかに大掃除という雰囲気だ。口元に手を当て、とは言っても、とアイラが話を続ける。
「森の大魔法使いさまは、実験ができればそれでいいというふうでいらっしゃるから、そんなことはまったく気にされていないのかもしれないけれど」
「そうだね」
「森のお家もそんなふうだって、あなたよく言ってたものね。――じゃあ、これ、私のサインでよかったかしら」
「もちろん」
ありがとう、とほほえんで書面を受け取る。
薬草学研究所との業務における連携は、あの一件を経てより綿密を課されるようになった。
やりとりのためにお互いの手が止まることは面倒であるものの、互いの暴走を互いで抑止するためと言われてしまえば、致し方ない。それだけのことだったのだ。
「ごめんね、仕事の手を止めて。師匠によろしく」
「気にしないで、伝えておくわ」
眼鏡を外したアイラが、机の端に置いてあったカップを引き寄せる。師匠の机と似たり寄ったりなレベルの乱雑さだなと思っていると――さすがに、他人の職場の机を勝手に片づけようという気は起きない――、しみじみとアイラが呟いた。
「それにしても、あなたはあいかわらず真面目よね。あなたのところの、……誰だったかしら。ちょっと名前を忘れてしまったのだけれど、森の大魔法使いさまが来られるたびに顔を出す人もいるのよ」
「そうなんだ」
「そうなのよ。まぁ、なかなか話す機会もない方だから、その気持ちもわからなくはないのだけれど」
もう少し世間話に付き合うというていで、帰ろうとしていた足を止める。たぶんだけど、モーガンさんかな、と告げれば、アイラがすっきりとした顔になった。
「そうだったわ、ごめんなさい。目立たないけど、優しい人よね」
「遠征で長く一緒だったそうだよ」
「なるほど。どうりで」
親しそうだったはずね、と頷いてカップを傾けたアイラが、そこではたと動きを止めた。妙にぎこちない動作でカップを戻して、眼鏡をかけ直す。
「まぁ、でも、あなたはプライベートでいくらでも会えるものね」
「……そうだね」
やたらと愛想の良い笑顔を向けられるに至って、テオバルドは似た相槌を繰り返した。
そうとしか言いようがなかったからだが、自分がどんな顔をしていたのかはあまり考えたくないな、と思った。
0
お気に入りに追加
305
あなたにおすすめの小説
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。


辺境のご長寿魔法使いと世話焼きの弟子
志野まつこ
BL
250歳位なのに童顔で世捨て人な魔法使いと、そこに押しかけて来た天才の話。弟子を追い出そうとしては失敗する師匠だったがある春ようやく修行の日々が終わりを迎える。これでお役ご免だと思ったのに顔よしガタイよしの世話焼きで料理上手な弟子は卒業の夜、突如奇行に走った。
出会った時は弟子は子供でしたがすぐ育ちます。
ほのぼのとした残酷表現があります。他サイトにも掲載しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる