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5:エピローグ

121.幸せはきみのかたちをしている ④

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 夜がまた少し深まると、広場の賑わいに変化が表れた。意中の相手に花を渡そうとする若者が増え始めたからである。

 夜目の利く視界が捉えた子どもの姿に、アシュレイはふっと目元を笑ませた。
 背に花を隠し持った、そわそわとした横顔。それがどうにも懐かしかったのだ。

「おまえも昔、ギプソフィラをくれたことがあったな」
「……学名で言うところが、いかにもあなたらしいと思いましたよ」

 子どものころの話を持ち出されたことが気恥ずかしかったのか、応じる声音はどこか嫌そうで、けれど、アシュレイの目にはどうしようもなくかわいく映る。
 喉を鳴らすと、しかたないとばかりにテオバルドも笑った。石段の上に置いていた指と指とが触れて、隣にふと視線を向ける。
 見上げた先で、 幼いころから変わらない星の瞳が柔らかにほほえんだ。にじむ愛おしさに、知らず指先がじんと痛む。
 アシュレイが、いつしか一番愛おしいと感じるようになったもの。

「あなたが、押し花にしてくれていたことを、知っています」

 今度のそれは、純粋に過去を懐かしむ調子だった。知っていたのか、と応じる代わりに、ひとつ頷く。
 新しい世界が広がれば、こんなふうに花を貰うこともなくなるのだろう。あたりまえの事実としてわかっていたから、せめて自分は長く持っていようと思っていたのだ。

「今、どうなっているのかは知りませんが、長く大事にしようとしてくれた気持ちがうれしかった」
「今もあるが」
「え?」

 きょとんと目を丸くした顔が妙に幼くて、ごく自然と笑みがこぼれる。

「俺の部屋の本棚の、一番上の左から二冊目。六十七頁。嘘だと思うのなら、見にくればいい」
「誘っているんですか?」
「そうかもしれないな」

 冗談めかそうとした言葉尻に乗らなかったアシュレイに、テオバルドの瞳が揺れる。
 もう子どもではないので、この家には泊まれません。そう告げてテオバルドが頑なな背中を向けた日から、自分たちの関係は変わったはずなのに、テオバルドは一向に立ち寄らない。
 気恥ずかしくなるようなことはいくらでも言うくせに、死にかけた人が無理をしないでください、と繰り返すばかりで、必要以上に触れてこようとしないのだ。
 まったく、どれだけこちらが我慢しているのか、なにひとつわかっていないに違いない。

「教えてくれ、テオバルド」

 迷う必要も、待つ必要もないのだと。言い聞かせるように、アシュレイはテオバルドの頬に手を伸ばした。幼いころの柔らかさはもうない。けれど、自分を真ん中に映す星の瞳も、夜色の髪も。すべて変わらず愛おしかった。
 自分だけのものだ、とも思う。そうして、これからもずっとそうであってほしい。

「おまえのすべてを見てみたい」

 おまえは俺の世界そのものだ。囁いた声は、花祭りの夜に密やかに溶けていった。
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