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5:エピローグ

119.幸せはきみのかたちをしている ②

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「それだけではないから、困ってるんですよ」
「困る?」
「ええ。町の子どもとしてかわいがってもらうだけならともかく、父の店に顔を出すたびに、中途半端な顔見知りとしてお嬢様方に声をかけられるので」

 言わんとすることがようやくわかって、なるほど、とアシュレイは頷いた。だが、それは、中途半端な顔見知りだから、という理由だけではないと思うのだが。

「イーサンは、息子おまえはよくモテるとうれしそうにしていたが」
「頼みますから、父の戯言を信じないでください」

 苦虫を噛んだような顔で、テオバルドが首を振る。

「こちらがどれだけ波風立てずに断ることに苦慮していると思っているのですか、あなたは」
「そうは見えなかったが」
「……三年近く似たやりとりを繰り返していたら、うまくもなります」

 それなりに遊んでいるとも聞いたが、という追い打ちはかけなかったのだが、伝わったらしい。テオバルドが試すように視線を流した。

「それとも、もっと大々的に公言しても? 私が愛しているのはあなただけだと」
「やめてくれ」

 そんなことをしたところで、余計に苦労することになるだけだろう。森に籠っている自分にはどちらでも構わない話だが、宮廷に勤め、人とかかわりの多いテオバルドはそうはいくまい。
 アシュレイが黙ると、テオバルドもそれ以上はなにも言わなかった。

 ――テオバルドが小さかったころは、ここからよく見ていたのだったな。

 べつに、遊びたかったわけではない、と。テオバルドは先ほど言っていたが、広場で町の子どもたちと遊ぶテオバルドを見守る時間は、アシュレイにとってほほえましく楽しいものだった。
 そうして、今も。広場から響く声を、さほどうるさく感じていない。かつての記憶と重なっているからなのだろう。
 我ながら、随分と丸くなったものだ。

「師匠」

 腰を上げかけたところを呼び止められて、視線を向ける。

「忘れていました。母からです」 

 酒を取りに行こうとしたことを見透かしたふうにほほえまれて、アシュレイは閉口した。
 差し出されたカップからは、これ見よがしなほどの薬草の匂いが立ち上っている。テオバルドのものと思いたかったが、やはり違ったらしい。
 笑顔に押し負けるかたちで、渋々と手を伸ばす。あの泣き顔を見てからというもの、どうにもエレノアに頭が上がらないのだ。
 
「まだ俺はおまえの前で酒のひとつも呑めないのか」
「良い機会と思って断酒されたらどうですか。身体の内側まで若いとは限らないでしょう」

 恨み言をさらりと流したテオバルドが、それに、と淡々と続ける。

「一時的なものと高を括っていた魔力の減少、まだ回復していないんでしょう」

 横目で確認したテオバルドの表情は、穏やかなものだった。薬草茶に口をつけて、問いかける。目覚めたあとのアシュレイの魔力の減少を、対価として適当だとルカは言った。
 一時的なものだろうとテオバルドに説明したのは自分だが、それ以上のことはなにも伝えていなかったというのに。

「誰に聞いた」
「誰に聞いたもなにも、一部界隈で大騒動ですよ」
「……」
「あたりまえでしょう。大魔法使いあなたの魔力の保有量が減ったなど、一個人の問題ではなく、国の問題になります」
「安心しろと言っておけ。多少減ったところで、宮廷魔法使いおまえたちよりいくらも多い」
「……えぇ、よくよく存じております」

 やたらと慇懃に相槌を打ったと思ったら、ふっと苦笑のような笑みをテオバルドが浮かべた。

「私もそれなり以上に多いと自負していますが。はっきりと自分より多いと認知した相手は、あなたとあなたのお師匠だけですよ」
「あたりまえだろう」

 にじんだ屈託を無視して、事実を告げる。

「大魔法使いとは、そういうものを言うんだ」

 魔法使いのエリートと称される宮廷魔法使いとも一線を画す存在。そうであればこそ、大切な者を守ることができる。アシュレイにとって、大事な力だ。
 
 ……しかし、必要以上に苦いな、これは。

 ブレンドの意図はわかるが、苦みのきついものを過分に投入しているのは嫌がらせとしか思えない。それでもしかたなく量を減らしていると、そうなんでしょうね、とテオバルドが頷いた。

「同じ人間であることに変わりはありませんが、そうなのだろうと思います。だからこそ、私も努力を重ねないとならないわけですが」

 幼いころにも聞いたような宣誓だった。かすかな笑みを浮かべたアシュレイに、テオバルドも小さく笑った。そうして、言葉を続ける。
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