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4:魔法使いと弟子の永遠
102.冬の最果て ④
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はっきり言って、無謀だ。
それが、特殊任務の詳細を聞いたときの、テオバルドの偽らざる本音だった。顔をしかめていたアシュレイの反応も、致し方ないものだろうとも思う。
けれど、無謀とも言える許可が下りたのは、緑の大魔法使いの口添えがあったからなのだ。
――緑の大魔法使いさまの名前を出したときも、師匠は不快そうだったけど。
あれは、いったい、どういう表情だったのだろうか。国民から慕われる、善良な大魔法使い。そう謳われる緑の大魔法使い。
そんな彼が勝算のない賭けに出たとは思いたくないのだが、自分には、師匠の「もう少し足元を固めてから、次の段階に移ったほうがいい」という言葉のほうが、よほどまともに思えた。
最終の調整を行っているアイラたちのほうに目を向けると、ちょうどそのタイミングでアイラが立ち上がった。
「完了いたしました。いつでも実行可能です」
近づいて報告したアイラに、隊長がひとつ頷く。
「それでは開始とするが、くれぐれも引き際を誤ることのないように。きみだけの問題ではなく、ほかの隊員にも危険が生じることになる」
「もちろんです」
強気に応じたアイラが、隣にいたテオバルドに目を合わせた。
「それじゃあ、テオバルド。お願いね」
「任せて」
気負いすぎないように請け負って、アイラの半歩前に進み出る。彼女は、今、魔法使いの力の象徴である杖を所持していない。特殊任務のデータの採取に全力を注ぐためだという。
テオバルドの役目は、その彼女の身の安全を、薬剤投与の結果を見るまで保証することだ。
「――大丈夫、大丈夫。絶対、いける。問題はなにもないはずだもの」
ぽそりと背後で聞こえた声に、そっと様子を窺う。小柄な身体からは、重大任務に向けて緊張しているというだけでは収まらない必死さがにじんでいる感じがした。
――目の色が違う、か。
昨日の夜、ジェイデンが言っていたことだ。
研究が大詰めで気が立っている部分もあるのだろうが、それにしても、自分がなにを言っても耳を傾けようとしないのだ、と。
――緑の大魔法使いさま直々に応援いただいたとかで、尋常じゃねぇ熱の入れようなんだよ。今回も絶対に成果を出さないといけないのだのなんだの。絶対なんてあるわけがねぇのに。嫌な頑なさだぜ、まったく。
呆れたふうを装いながらも、心配する感情は隠しきれていなかった。気をつけないといけないな、と改めておのれに誓う。アイラに限って問題はないと思いたいが、視野が狭まっていると、判断が危うくなる可能性がある。
万が一の場合は、隊長に言われたとおり、引きずってでも中止にするほかない。
……直後は恨まれたとしても、アイラならわかってくれるだろうし。
期待に応えたいという彼女の気持ちはわかるが、その意地で仲間たちを危険に晒すわけにはいかないのだ。もちろん、彼女自身も含めて、であるけれど。
それが、特殊任務の詳細を聞いたときの、テオバルドの偽らざる本音だった。顔をしかめていたアシュレイの反応も、致し方ないものだろうとも思う。
けれど、無謀とも言える許可が下りたのは、緑の大魔法使いの口添えがあったからなのだ。
――緑の大魔法使いさまの名前を出したときも、師匠は不快そうだったけど。
あれは、いったい、どういう表情だったのだろうか。国民から慕われる、善良な大魔法使い。そう謳われる緑の大魔法使い。
そんな彼が勝算のない賭けに出たとは思いたくないのだが、自分には、師匠の「もう少し足元を固めてから、次の段階に移ったほうがいい」という言葉のほうが、よほどまともに思えた。
最終の調整を行っているアイラたちのほうに目を向けると、ちょうどそのタイミングでアイラが立ち上がった。
「完了いたしました。いつでも実行可能です」
近づいて報告したアイラに、隊長がひとつ頷く。
「それでは開始とするが、くれぐれも引き際を誤ることのないように。きみだけの問題ではなく、ほかの隊員にも危険が生じることになる」
「もちろんです」
強気に応じたアイラが、隣にいたテオバルドに目を合わせた。
「それじゃあ、テオバルド。お願いね」
「任せて」
気負いすぎないように請け負って、アイラの半歩前に進み出る。彼女は、今、魔法使いの力の象徴である杖を所持していない。特殊任務のデータの採取に全力を注ぐためだという。
テオバルドの役目は、その彼女の身の安全を、薬剤投与の結果を見るまで保証することだ。
「――大丈夫、大丈夫。絶対、いける。問題はなにもないはずだもの」
ぽそりと背後で聞こえた声に、そっと様子を窺う。小柄な身体からは、重大任務に向けて緊張しているというだけでは収まらない必死さがにじんでいる感じがした。
――目の色が違う、か。
昨日の夜、ジェイデンが言っていたことだ。
研究が大詰めで気が立っている部分もあるのだろうが、それにしても、自分がなにを言っても耳を傾けようとしないのだ、と。
――緑の大魔法使いさま直々に応援いただいたとかで、尋常じゃねぇ熱の入れようなんだよ。今回も絶対に成果を出さないといけないのだのなんだの。絶対なんてあるわけがねぇのに。嫌な頑なさだぜ、まったく。
呆れたふうを装いながらも、心配する感情は隠しきれていなかった。気をつけないといけないな、と改めておのれに誓う。アイラに限って問題はないと思いたいが、視野が狭まっていると、判断が危うくなる可能性がある。
万が一の場合は、隊長に言われたとおり、引きずってでも中止にするほかない。
……直後は恨まれたとしても、アイラならわかってくれるだろうし。
期待に応えたいという彼女の気持ちはわかるが、その意地で仲間たちを危険に晒すわけにはいかないのだ。もちろん、彼女自身も含めて、であるけれど。
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