100 / 139
4:魔法使いと弟子の永遠
99.冬の最果て ①
しおりを挟む
北に進めば進むほど、当然と寒さは厳しくなっていく。手袋をこすり合わせて、テオバルドは冴え冴えとした月を見上げた。
――エンバレーはもっと寒かったんだろうな。
ここよりもさらに果ての、未踏だった北の大地だ。娯楽もなにもない場所だとアシュレイはあっさり笑っていたけれど、そのとおりであったのであろう。
その空白の地で、四年。長い時間だとテオバルドは思う。けれど、それだけの時間を過ごしても、あの人はいっさいなにも変わらなかったのだ。
ぶれのないあの人らしいと言えば、そうであるのだろう。アシュレイにはぶれがなく、凜としている。幼いころから、ずっと思っていたことだ。だから、自分がなにを尋ねても彼は変わらなかった。
――でも、やっぱり、余計なことだったな。
なにも気にしていない顔で会いに行けば、同じ顔で迎え入れてくれると知っている。だからこそ、罪悪感とも虚しさとも言えないものが腹の底で渦巻くのだ。
言わないと決めていたはずの片鱗をこぼした自分に対する苛立ちもあって、テオバルドの心は、あの日以来、中途半端に揺らぎ続けている。
「あー、寒い、寒い」
「ジェイデン」
防寒具を押さえながらテントに戻ってきたジェイデンの肩には、うっすらと雪が積もっていた。
「おつかれ。なにごともなく?」
「なにごともないが、特研の連中はあいかわらずピリピリとしてはいるな」
夜の見回りよりも、そちらでよほど気を使った、と。茶色い髪を苛々と掻きやりつつ、ジェイデンが隣に腰を下ろした。
想像がついて、はは、と笑う。吐く息が白い。
「今日の昼の中型への実験が、いまひとつだったみたいだからね」
焦ってもいるし、苛立ちもあるのだろう。
「そのおかげで、うちの隊員の腕が一本飛ばされかけたんだがな。あいつら、気づいてもいなかったぞ。いや、気づいていても、気遣う気がなかったのか。とりあえず、感謝のひとつも聞いちゃいない」
「フィールドが違うからと思うしかないよ」
特殊任務ということで、矛を収めるしかない。なにせ、上が了承していることだ。静かに笑ったテオバルドに、ジェイデンも諦めたように溜息を吐いた。
「あの薬草学オタクども。正直、あそこまでひどいとは思ってなかったぜ」
遠征隊に彼らが帯同すると知ったときから、常より気を使う任務になるだろうなと予想はしていたし、覚悟もしていた。
けれど、一週間が経った今、当初の読みは甘かったと認めざるを得なくなっている。
――向こうは向こうで、上層部からかなりせっつかれてたみたいだし、苛々してるのも多少はしかたないと思うけど。でも、もう少し、協力体制を取ってくれないと。
この一週間を振り返って、テオバルドも内心で長々と息を吐き出した。
――エンバレーはもっと寒かったんだろうな。
ここよりもさらに果ての、未踏だった北の大地だ。娯楽もなにもない場所だとアシュレイはあっさり笑っていたけれど、そのとおりであったのであろう。
その空白の地で、四年。長い時間だとテオバルドは思う。けれど、それだけの時間を過ごしても、あの人はいっさいなにも変わらなかったのだ。
ぶれのないあの人らしいと言えば、そうであるのだろう。アシュレイにはぶれがなく、凜としている。幼いころから、ずっと思っていたことだ。だから、自分がなにを尋ねても彼は変わらなかった。
――でも、やっぱり、余計なことだったな。
なにも気にしていない顔で会いに行けば、同じ顔で迎え入れてくれると知っている。だからこそ、罪悪感とも虚しさとも言えないものが腹の底で渦巻くのだ。
言わないと決めていたはずの片鱗をこぼした自分に対する苛立ちもあって、テオバルドの心は、あの日以来、中途半端に揺らぎ続けている。
「あー、寒い、寒い」
「ジェイデン」
防寒具を押さえながらテントに戻ってきたジェイデンの肩には、うっすらと雪が積もっていた。
「おつかれ。なにごともなく?」
「なにごともないが、特研の連中はあいかわらずピリピリとしてはいるな」
夜の見回りよりも、そちらでよほど気を使った、と。茶色い髪を苛々と掻きやりつつ、ジェイデンが隣に腰を下ろした。
想像がついて、はは、と笑う。吐く息が白い。
「今日の昼の中型への実験が、いまひとつだったみたいだからね」
焦ってもいるし、苛立ちもあるのだろう。
「そのおかげで、うちの隊員の腕が一本飛ばされかけたんだがな。あいつら、気づいてもいなかったぞ。いや、気づいていても、気遣う気がなかったのか。とりあえず、感謝のひとつも聞いちゃいない」
「フィールドが違うからと思うしかないよ」
特殊任務ということで、矛を収めるしかない。なにせ、上が了承していることだ。静かに笑ったテオバルドに、ジェイデンも諦めたように溜息を吐いた。
「あの薬草学オタクども。正直、あそこまでひどいとは思ってなかったぜ」
遠征隊に彼らが帯同すると知ったときから、常より気を使う任務になるだろうなと予想はしていたし、覚悟もしていた。
けれど、一週間が経った今、当初の読みは甘かったと認めざるを得なくなっている。
――向こうは向こうで、上層部からかなりせっつかれてたみたいだし、苛々してるのも多少はしかたないと思うけど。でも、もう少し、協力体制を取ってくれないと。
この一週間を振り返って、テオバルドも内心で長々と息を吐き出した。
0
お気に入りに追加
301
あなたにおすすめの小説
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜
7ズ
BL
異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。
攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。
そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。
しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。
彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。
どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。
ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。
異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。
果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──?
ーーーーーーーーーーーー
狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛
ホントの気持ち
神娘
BL
父親から虐待を受けている夕紀 空、
そこに現れる大人たち、今まで誰にも「助けて」が言えなかった空は心を開くことができるのか、空の心の変化とともにお届けする恋愛ストーリー。
夕紀 空(ゆうき そら)
年齢:13歳(中2)
身長:154cm
好きな言葉:ありがとう
嫌いな言葉:お前なんて…いいのに
幼少期から父親から虐待を受けている。
神山 蒼介(かみやま そうすけ)
年齢:24歳
身長:176cm
職業:塾の講師(数学担当)
好きな言葉:努力は報われる
嫌いな言葉:諦め
城崎(きのさき)先生
年齢:25歳
身長:181cm
職業:中学の体育教師
名取 陽平(なとり ようへい)
年齢:26歳
身長:177cm
職業:医者
夕紀空の叔父
細谷 駿(ほそたに しゅん)
年齢:13歳(中2)
身長:162cm
空とは小学校からの友達
山名氏 颯(やまなし かける)
年齢:24歳
身長:178cm
職業:塾の講師 (国語担当)
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる