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4:魔法使いと弟子の永遠

83.波紋 ①

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 魔法を行使するためには、相応の根拠と対価が必要となる。
 そういうふうに、この世界ができているからだ。


「この試薬に携わった者は。アイラ・クラークという名を師匠から聞いたのだが」

 自分が「師匠」と呼ぶ人間は、緑の大魔法使いただひとりである。信用の補完として、アシュレイはたびたび権威ある大魔法使いルカの名前を借用していた。
 悪用しているわけではないので、このくらいは構わないだろうと高を括っている。実際、本人に文句を言われたこともない。
 深緑のフードの下から尋ねると、薬草学研究所の案内を買って出ていた魔法使いが、ぐるりと所内を見渡した。高く積み上がった本と器具で視界を阻まれた一角に向かって、声を張り上げる。

「あぁ、あちらです。おい、アイラ。手を止めてこちらに来てくれないか。森の大魔法使いさまが来ておられるんだ」
「森の――、あ」

 ぱっと立ち上がったのは、二十そこそこの素朴な女だった。化粧気のない童顔に大きな丸眼鏡をかけ、赤銅色の長い髪をうしろでひとつにくくっている。
 作業用の上掛けには薬草の染みがところどころついていて、いかにも薬草学研究所の魔法使いというふうであった。ぱたぱたと近づいてきたその女が、勢いよく頭を下げる。

「アイラ・クラークと申します。お会いでき光栄です、森の大魔法使いさま」

 揺れる赤銅色の毛先を見下ろして、アシュレイは静かに口を開いた。

「薬草学は専門ではないのでな。今日は勉強をさせてもらっている。先日、師匠から試薬が完成したと聞いて、話を聞きに来たのだが」
「あぁ、はい。緑の大魔法使いさまに過大なお力添えをいただいた結果ではあるのですが」
「そんなことはないだろう。師匠は、優秀な魔法使いがいると言っていた」
「恐縮です」

 必要以上に身構えることもなく、気恥ずかしそうにほほえむ。とびきりの美人ではないが、素直で人のよさそうな女だった。こちらの質問にも、的確な答えを返してくるし、雑談も如才ない。
 魔力だけでなく、宮廷の薬草学研究所に必要とされるだけの知能も兼ね備えているのだろう。
 
 ――変に着飾っただけの女を選ぶより、見る目があると褒めてやるべきなのかもしれないな。

 師匠を通り越して、息子の嫁を品定めする親のようになっている。自分の思考に呆れつつも、アシュレイはそう結論づけた。
 重い腰を上げて薬草学研究所に赴いた理由は、ルカから聞いた試薬を自分の目で確かめたかったからであったが、思わぬ収穫だった。

 ――独り身のようだったが、叶わぬ恋というのであれば、付き合っている相手がいるのかもしれないな。

 その相手が友人であれば、あの弟子は、自分の想いは呑み込んでしまう気がした。そういう弟子だったからだ。薬草学研究所を出たところで、そっと息を吐く。
 ずっと在室していると感覚が鈍るのかもしれないが、なかなかにすごい匂いだった。ひとつひとつであればまだいいものを、複数の実験を同じ場所で行うからとんでもないことになるのだ。
 鼻が利かなくなっては元も子もないだろうにとアシュレイは思うのだが、あそこの連中は効率の意味をはき違えている。
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