上 下
78 / 139
4:魔法使いと弟子の永遠

77.青星 ③

しおりを挟む
「魔力を限りなくゼロにする」

 やはりろくでもない話だったとうんざりしつつ、聞かされた単語をアシュレイは繰り返した。不可能と言い切ることのできるものはこの世にないと思っているが、それにしても突飛な話である。
 夜は深く、中心部の外れにあるルカの家は、しんと静まり返っていた。

「それは、また、夢のある話だな」

 小さく息を吐いて、酒のグラスに手を伸ばす。呑まずにはおれない気分だったのだ。酒を出してきたのは師匠なので、文句もないだろう。
 客間で休んでいるザラのことを気にしているのか、ルカの声は静かだった。

「それこそ、きみらしくない言いようだな。夢のある話だろう、興味はないのか」
「あいにく、あまり」
「エレノアがずっと続けていた研究だぞ。その研究が大きく動いた結果だ。素直に喜べばいいだろうに」

 エレノアが欲していた成果とは真逆のものだろう、とは言わず、アシュレイは酒を舐めた。ルカの家にあるものである。良い酒のはずなのに、いまひとつ味がわからなかった。

「まぁ、この結果を導いたのはエレノアではないが。彼女が始めたことがきっかけであることに変わりはない」
「……」
「アイラ・クラーク。彼女はすこぶる優秀だ。きみの弟子の同期らしいぞ」
「あぁ」

 そういえば、テオバルドからそんな話を聞いた覚えがあった。女かと尋ねたときの、焦った顔。そうか。アイラ・クラークという名前だったのか。

「知っている。ということは、あなたが持ち帰った薬草が正しく役に立ったのだな」
 
 だから、あんなに神妙な顔で、新種の薬草の話を持ち出してきたのか。合点がいって、アシュレイは机上に視線を落とした。
 テオバルドは、薬草学研究所に所属しているわけではない。そうであるにも関わらず、機密に近いものを聞きかじったのだとすれば。それだけ近しい間柄ということであろう。

「そういうことだ」

 鷹揚に頷いたルカが、自分のグラスを持ち上げた。ランプの光にかざしながら、そっと目を細める。

「エレノアは枯渇したイーサンの魔力が戻ればと尽力していたようだが、結果として正反対のものができたわけだ」

 自分がまさしく考えていたことだった。なにも言わないアシュレイに、ルカは苦笑のような笑みをこぼした。

「きみたちは、本当に皮肉な巡り合わせの星のもとに生まれたようだね」

 皮肉な巡り合わせの星という揶揄に、返せる言葉はなかった。もう何十年も変わらない、子どものような骨格のおのれの指を見つめて失笑する。
 あるものがなくなることはあっても、一度なくなったものがあることにはならない。それがこの世の真理だ。けれど、エレノアは諦めなかったのだ。

「アシュレイ」

 静かな師の声に、諦めて視線を上げる。物心ついたころからすぐそばにあった、なにひとつ変わらない顔。その顔が言い諭すように柔らかくゆるむ。

「きみは今のままで本当にいいのか?」
「これは……」

 イーサンを救った対価だという台詞を、アシュレイは呑み込んだ。その言い訳を持ち出すことは、正しくない気がしたのだ。
 
「少し考えてみるといい。親しい者を見送り続けることは、つらいだろう」

 あなたがそれを言うのは、重すぎるだろう、とも言うことはできなかった。自分と同じ緑色の瞳が、ちらりと客間のある方角に動く。
 なんとも言えない気持ちになって、アシュレイは金色の髪をぐしゃりと掻きやった。誰になにと言われようとも、自分のしたいことであれば完遂するはずの師匠は、彼女を娶ることだけはしなかった。今も、彼女は独り身を貫いているというのに。

「ともに年を重ねたいと思う相手もいるのではないか? 取り戻すことはできなくても、進むことはできるかもしれない」

 黙ったままのアシュレイに、ルカは淡々と言葉を継いだ。

「アシュリー、きみが心から望めばね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
 異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。  攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。  そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。  しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。  彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。  どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。  ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。  異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。  果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──? ーーーーーーーーーーーー 狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛  

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

【R18BL】世界最弱の俺、なぜか神様に溺愛されているんだが

ちゃっぷす
BL
経験値が普通の人の千分の一しか得られない不憫なスキルを十歳のときに解放してしまった少年、エイベル。 努力するもレベルが上がらず、気付けば世界最弱の十八歳になってしまった。 そんな折、万能神ヴラスがエイベルの前に姿を現した。 神はある条件の元、エイベルに救いの手を差し伸べるという。しかしその条件とは――!?

処理中です...