不老の魔法使いと弟子の永遠

木原あざみ

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3:不老の魔法使い

64.帰りつくところ ②

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 不審を覚えつつ扉を閉めたところに、背後から長い腕が伸びてきた。その指先が乱雑に鍵をかける。
 誰であるのかはわかりきっていたので、驚くことなくアシュレイは振り仰いだ。

「テオバルド」

 扉に手をついて見下ろしてくる弟子の表情は、なぜかまたも不機嫌そうだ。寝起きの問題か、それとも酒が残っているのか。
 記憶が飛ぶことはあっても、翌日に酒が残ることは自分はまずないのだが、テオバルドは残る部類なのかもしれない。気の毒になって、やんわりと提案する。

「寝足りないのなら寝直してきたらどうだ? 急ぎの用ではなかったらしいが」
「違います」

 いかにもうんざりと首を振ったテオバルドが、寝ぐせとは無縁そうな前髪を掻きやった。そうして、溜息まじりに呟く。

「……あなたがあんなに酒癖が悪いとは知りませんでしたよ」
「俺はなにかおまえにしたのか?」
「いえ。覚えていないのならけっこうです。そのまま忘れていてください」

 そう言われてしまうと、なんとも蒸し返しづらい。無言のまま、アシュレイは眉根を寄せた。イーサンにも、ルカにも、なにも言われたことはない。いや、だが、あのふたりとテオバルドを一緒にすること自体に問題があるのでは。
 ちら、と見上げると、目が合ったテオバルドが呆れた視線を返してきた。
 
「それと、そんな格好で、扉を開けないでください」
「そんな格好?」

 繰り返したものの、ローブのことかとすぐに思い至った。たしかに、あの森にいたころは、一歩でも外に出るときは必ず深くフードを被っていた。その必要があったからだ。

「あぁ。だが、もういまさらだろう」

 同僚に気味の悪い思いをさせたくないのかもしれないが、グリットンの住民ならいざ知らず、気遣う気の起きない範疇の話だ。それに、宮廷ですでにこの顔は晒している。
 淡々と説明したアシュレイに、テオバルドが歯切れの悪い調子で「いまさら」と呟いた。首を傾げる。

「いえ、その、そういうことではなく」
「そういうことではない? なら、なんだ」
「師匠は」

 はっきりとしない物言いを問い返せば、テオバルドがまたひとつ溜息を吐いた。

「私が宮廷で稚児趣味と噂されたら、どう責任を取ってくださるのですか」

 苛立ったような瞳を向けられると、自分を一心に見上げていたころの星の瞳がちらついて、どうにも落ち着かない。
 そんなわけがないと断言できない見た目をしている自覚があるから、なおさらだ。

「宮廷勤めの魔法使いであれば、把握していると思うが」
「そうじゃなかったらどうするんです」
「気配の見分けはついているつもりだが」
「万が一の話をしています。絶対などという言葉を使うなとおっしゃったのは、師匠ですよね」

 言った覚えがあったので、アシュレイは反論を諦めた。言い聞かせていた当時のテオバルドは、もっと素直でかわいらしかったが。

「万が一そういうことがあったとしたら」
「はい」
「イーサンとエレノアには誠意を持って誤解だと説明しよう。安心してくれ」
「なにも安心できません。今後、絶対、開けないでください。俺が出ます」

 いやにはっきりと否定されてしまった。なにを頑なになっているのかの見当もつかないが、ここはテオバルドの部屋である。家主がそう言うのであれば、従うべきであろう。

「……そうしよう」
「えぇ、ぜひ、そうしてください」

 憮然と頷いたテオバルドが、そこでようやく表情をゆるめた。扉に触れていた手が離れていく。言いたいことを言って気が済んだのか、昔の面影の残る控えめな笑みが、こちらを向いた。

「ところで、師匠。腹は空きませんか?」
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