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3:不老の魔法使い

61.頑なな心の裏腹 ④

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 ――アイラの憔悴ぶりも致し方なしって感じだったな、特殊研究棟。

 取り次ぐ案件があったから顔を出したのに、「ちょっと待って」の言葉を最後に長々とした放置を食らってしまった。
 出てきたばかりの棟を見やって、テオバルドは小さく息を吐く。

 エンバレーからの薬草で進捗があったのは、アイラが取り組む研究だけではなかったらしい。
 煩雑とした研究所内のあちらこちらからさまざまな薬草が漂っていて、十分少々滞在しただけでもローブに匂いが移る始末だった。
 ローブを軽く指先でつまんで、秋の風に泳がせる。近道になる中庭を抜けて研究部に戻ろうとしたテオバルドだったが、避けていた気配を感じ取って、ぎょっと踵を返した。
 
 ――このまま進んだら、間違いなく、いる。

 師匠のことである。実家の店で鉢合わせたとき、事前に気がつかなかったのは、アシュレイが気配を抑えていたからだ。店を気遣ってのことだったのだろうが、宮廷ではこれ見よがしなほどに気配を隠さない。
 近づけるのなら近づいてみろと言わんばかりのそれを、最近のテオバルドはありがたく回避策として活用させてもらっていた。
 なんでこんなことをしているんだろうなぁ、とももちろん思っているのだが、顔を合わせづらいのだ。
 だから、早々に離れるつもりだったのに。

「待て、テオバルド」

 背中にかかった声に、ぴたりとテオバルドの足が止まる。けれど、しかたないだろう、とも思う。
 鉢合わせしないよう画策しておいて言えた台詞でもないだろうが、師匠を無視できるほど不義理にできていないのだ。呼吸を整えて、振り返る。

「なにか御用ですか」
「御用というほどではなかったんだが。おまえがあまりにもわかりやすく方向を変えるから……、と、なんだ。すごい匂いだな」
「あぁ、これは」
 
 研究棟で、と言いかけたところで、言葉が途切れた。近づいてきたアシュレイが胸元のローブを掴んで、顔を寄せたからである。フードの下から覗く金色の睫毛が、ぱさりと揺れる。

「師……」
「ルカが拾ってきたやつか。余計な配合が混ざっている気もするが」

 いや、違うな、これは、とぶつぶつと呟き始めたアシュレイは、もはやテオバルドに意識を向けてはいまい。

 ――でも、まぁ、そういう人だよな。

 興味のあるものを前にすると、何時間でも没頭してしまう人。だから、子どものころの自分は、放っておけないと勝手に思っていた。

「気になるのなら、薬草学研究所に行かれたらどうですか。間違いなく歓迎されますよ。煮詰まっているそうですから」
「いや、いい」

 研究所の魔法使いと交流することを面倒と感じたに違いない。思いのほかあっさりと手を離されて、テオバルドは安堵半分で首を振った。

「はぁ、そうですか」
「なんだ、その気のない返事は」

 苦言を呈されはしたものの、さして気分を害したふうでもない。あいかわらずと言えば、あいかわらずなのかもしれない。アシュレイを見下ろしたまま、テオバルドはそう思い直した。
 父の店で話したときもそうだったけれど、昔からだ。
 師匠として弟子を咎めることはあっても、アシュレイは本質的なところでテオバルドに甘かった。
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