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3:不老の魔法使い
60.頑なな心の裏腹 ③
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「それでだな」
「……うん」
楽しそうなジェイデンの声音が、とてつもなく恐ろしい。それでもどうにかテオバルドは相槌を絞り出した。
「お師匠は、あいつの反抗期は随分と遅くに来たのだな、とおっしゃっていたが。おまえ、そこまでの態度を取ったのか? 聞いた瞬間、笑いそうになったぞ」
「待って、ジェイデン」
「おまけに、いたく心配もしておられてな。もしや、おまえにも冷たく当たって迷惑をかけていないか、と」
「待って。本当に、待って」
「だから、そんなことはありません、と言っておいたぞ。お弟子は、いつも真面目で朗らかで、かつ優秀なので、とくに女性からは大人気です、ご安心なさってください、と」
「……」
「安心しろ、女性から、とは言っていない。冗談だ」
「……ジェイデン」
呻くように呼びかけると、冗談だ、とジェイデンが繰り返した。その一言が冗談だったとしても、それ以外が本当であるのなら、なにひとつ救いになっていない。
苦い顔になったテオバルドをひとつ笑って、なんでもないふうにジェイデンは呼び返した。
「なぁ、テオバルド」
無言のまま、視線だけを動かす。この四年の自分の悶々とした感情は、あの人にとって想像を巡らせる気も起きないものだったのだな、と思いながら。
「余計なこととは思うが、なにがそんなに気に食わないんだ?」
気に食わない、という単語を、テオバルドは脳内で繰り返した。そう感じたことがないとは言わない。でも、自分の心のうちを占める大半は、それではない気がした。
「昔のおまえがお師匠に懐いていたことは、よくよく知ってる。だから、遠征に急に発たれてショックだっただろうことも、寂しかっただろうこともわかる。だが、当時のおまえが言っていたとおり、しかたのないことだろう」
淡々と諭すように言われてしまって、口元に薄い笑みを浮かべる。
「それなのに、なんで、そうご帰還を喜べないんだ? なにか理由があるなら聞くが」
「そうだね。わかってる」
同じように淡々とテオバルドは認めた。わかっているし、帰還を喜んでいないわけでもない。ただ。
「ちょっと意地を張ってたら、接し方がわからなくなっただけだよ。なにせ、七年ぶりだったから」
――師匠。あなたは、遠征があろうとなかろうと、俺と距離を置くつもりだったのではないですか。
思えば、やんわりとではあったものの、アシュレイは手紙で宮廷勤めをずっと自分に勧めていた気がする。自分は、宮廷とは一定の距離を取り続けているくせに。
それがおまえの正しい道なのだと暗に告げるように、ずっと。
だから、素直になれないのだ。けれど、それだけではない。言えるわけのない理由を呑み込んで、「それだけ」とテオバルドは繰り返した。
――師匠。どうして、あなたは深淵に触れたのですか。
どうして、その姿から変わらないのですか。それは父のためでしたか。父を愛していたからでしたか。
私を愛してくれたのは、父の息子だったからですか。
あのころのように素直に口にできない問いは、この四年でテオバルドの中に随分と降り積もってしまった。それが妙な意地になったのかもしれない。
どちらにせよ、無邪気に「師匠」と縋るには、さまざまな感情を知りすぎてしまったのだと思う。
これが、あの人が望んだ、ふたりきりの森を出た結果なのだろうか。そうなのかもしれない。少なくとも、そのあいだに、自分は純粋な子どもではなくなった。
七年は、長い。アシュレイがどう感じていたのかは知らない。けれど、アシュレイのいない七年は、テオバルドには途方もなく長いものだった。
「……うん」
楽しそうなジェイデンの声音が、とてつもなく恐ろしい。それでもどうにかテオバルドは相槌を絞り出した。
「お師匠は、あいつの反抗期は随分と遅くに来たのだな、とおっしゃっていたが。おまえ、そこまでの態度を取ったのか? 聞いた瞬間、笑いそうになったぞ」
「待って、ジェイデン」
「おまけに、いたく心配もしておられてな。もしや、おまえにも冷たく当たって迷惑をかけていないか、と」
「待って。本当に、待って」
「だから、そんなことはありません、と言っておいたぞ。お弟子は、いつも真面目で朗らかで、かつ優秀なので、とくに女性からは大人気です、ご安心なさってください、と」
「……」
「安心しろ、女性から、とは言っていない。冗談だ」
「……ジェイデン」
呻くように呼びかけると、冗談だ、とジェイデンが繰り返した。その一言が冗談だったとしても、それ以外が本当であるのなら、なにひとつ救いになっていない。
苦い顔になったテオバルドをひとつ笑って、なんでもないふうにジェイデンは呼び返した。
「なぁ、テオバルド」
無言のまま、視線だけを動かす。この四年の自分の悶々とした感情は、あの人にとって想像を巡らせる気も起きないものだったのだな、と思いながら。
「余計なこととは思うが、なにがそんなに気に食わないんだ?」
気に食わない、という単語を、テオバルドは脳内で繰り返した。そう感じたことがないとは言わない。でも、自分の心のうちを占める大半は、それではない気がした。
「昔のおまえがお師匠に懐いていたことは、よくよく知ってる。だから、遠征に急に発たれてショックだっただろうことも、寂しかっただろうこともわかる。だが、当時のおまえが言っていたとおり、しかたのないことだろう」
淡々と諭すように言われてしまって、口元に薄い笑みを浮かべる。
「それなのに、なんで、そうご帰還を喜べないんだ? なにか理由があるなら聞くが」
「そうだね。わかってる」
同じように淡々とテオバルドは認めた。わかっているし、帰還を喜んでいないわけでもない。ただ。
「ちょっと意地を張ってたら、接し方がわからなくなっただけだよ。なにせ、七年ぶりだったから」
――師匠。あなたは、遠征があろうとなかろうと、俺と距離を置くつもりだったのではないですか。
思えば、やんわりとではあったものの、アシュレイは手紙で宮廷勤めをずっと自分に勧めていた気がする。自分は、宮廷とは一定の距離を取り続けているくせに。
それがおまえの正しい道なのだと暗に告げるように、ずっと。
だから、素直になれないのだ。けれど、それだけではない。言えるわけのない理由を呑み込んで、「それだけ」とテオバルドは繰り返した。
――師匠。どうして、あなたは深淵に触れたのですか。
どうして、その姿から変わらないのですか。それは父のためでしたか。父を愛していたからでしたか。
私を愛してくれたのは、父の息子だったからですか。
あのころのように素直に口にできない問いは、この四年でテオバルドの中に随分と降り積もってしまった。それが妙な意地になったのかもしれない。
どちらにせよ、無邪気に「師匠」と縋るには、さまざまな感情を知りすぎてしまったのだと思う。
これが、あの人が望んだ、ふたりきりの森を出た結果なのだろうか。そうなのかもしれない。少なくとも、そのあいだに、自分は純粋な子どもではなくなった。
七年は、長い。アシュレイがどう感じていたのかは知らない。けれど、アシュレイのいない七年は、テオバルドには途方もなく長いものだった。
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