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3:不老の魔法使い
49.大魔法使いの帰還 ④
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自分がこの人のもとを離れたとき、頭半分は彼より背が低かった。それがもうすっかり逆転してしまっている。
――言いたかったことも、聞きたかったことも、いくらでもあったはずなんだけどな。
どんな顔で出迎えたらいいのか悩んではいたが、それでも。慣れない角度のせいなのか、苛立ちのせいなのか、なにも言葉が出なかった。
溜息を呑み込んで、視線を外す。帰還を祝うという当然の反応さえも思いつかなかったのだ。
アシュレイはなにも言わなかった。もともと口数の多い人でもないから、これも自然な反応なのだろうと思う。幼かった自分があれもこれもと喋らなければ、あの森は基本的に静かだった。無論、嫌な沈黙ではなかったのだけれど。
そのはずなのに、今夜はどうにも落ち着かない。自分を落ち着かせようと、テオバルドはそっと息を吸った。
所在なかった手を握り込んで視線を上げた、次の瞬間。アシュレイが背後を振り返った。
「ルカ」
ルカという名前と、師匠と遜色のない強い力の気配に、半ば反射で背筋が伸びる。
銀色の髪の、緑の大魔法使い。
「探したじゃないか、アシュリー。こんなところでなにをしていたのかな」
「いいかげんに人前でその呼び方はやめてくれと言わなかったか?」
「おや、おや」
しかたないというふうに大魔法使いが肩をすくめる。
謁見の間で見た際も驚いたが、改めて近くで見ても、せいぜいが二十代後半にしか見えない容姿だった。だから、きっと、この人も、自分の師匠と同じなのだろう。
美しい顔かたちのせいか、長い銀糸のせいか、やたらと魔物めいてはいるが。
――師匠には、そんなふうに思ったことなかったのにな。
幼いころに、「そういうものだ」と刷り込まれたせいもあるのかもしれない。けれど、テオバルドは一度もアシュレイをそういうふうに見たことはなかった。
「まだ挨拶仕事が残っているのに、きみが姿を消すからだろう。まったく、いくつになっても反抗期のようなことを言うね、きみは」
「ルカ」
「それで? アシュリー。この子がきみの噂のお弟子かな」
アシュレイの嫌そうな声をものともせず、緑の大魔法使いがにこりとほほえむ。意外なほど親しみやすい笑顔だった。
自分を見つめる師匠と似た緑の瞳に、テオバルドははっと頭を下げた。随分と昔、アシュレイに「おまえの大師匠だ」と言われたことを思い出す。
あのときのアシュレイもざっくばらんとした口調だったけれど、今も父と話しているときのようなくだけた雰囲気だった。気の置ける相手なのだろうなと思う。少なくとも、自分は、こんな声を出されたことはない。
また妙なところでもやもやとしていると、アシュレイが「師匠」と緑の大魔法使いを呼んだ。
――言いたかったことも、聞きたかったことも、いくらでもあったはずなんだけどな。
どんな顔で出迎えたらいいのか悩んではいたが、それでも。慣れない角度のせいなのか、苛立ちのせいなのか、なにも言葉が出なかった。
溜息を呑み込んで、視線を外す。帰還を祝うという当然の反応さえも思いつかなかったのだ。
アシュレイはなにも言わなかった。もともと口数の多い人でもないから、これも自然な反応なのだろうと思う。幼かった自分があれもこれもと喋らなければ、あの森は基本的に静かだった。無論、嫌な沈黙ではなかったのだけれど。
そのはずなのに、今夜はどうにも落ち着かない。自分を落ち着かせようと、テオバルドはそっと息を吸った。
所在なかった手を握り込んで視線を上げた、次の瞬間。アシュレイが背後を振り返った。
「ルカ」
ルカという名前と、師匠と遜色のない強い力の気配に、半ば反射で背筋が伸びる。
銀色の髪の、緑の大魔法使い。
「探したじゃないか、アシュリー。こんなところでなにをしていたのかな」
「いいかげんに人前でその呼び方はやめてくれと言わなかったか?」
「おや、おや」
しかたないというふうに大魔法使いが肩をすくめる。
謁見の間で見た際も驚いたが、改めて近くで見ても、せいぜいが二十代後半にしか見えない容姿だった。だから、きっと、この人も、自分の師匠と同じなのだろう。
美しい顔かたちのせいか、長い銀糸のせいか、やたらと魔物めいてはいるが。
――師匠には、そんなふうに思ったことなかったのにな。
幼いころに、「そういうものだ」と刷り込まれたせいもあるのかもしれない。けれど、テオバルドは一度もアシュレイをそういうふうに見たことはなかった。
「まだ挨拶仕事が残っているのに、きみが姿を消すからだろう。まったく、いくつになっても反抗期のようなことを言うね、きみは」
「ルカ」
「それで? アシュリー。この子がきみの噂のお弟子かな」
アシュレイの嫌そうな声をものともせず、緑の大魔法使いがにこりとほほえむ。意外なほど親しみやすい笑顔だった。
自分を見つめる師匠と似た緑の瞳に、テオバルドははっと頭を下げた。随分と昔、アシュレイに「おまえの大師匠だ」と言われたことを思い出す。
あのときのアシュレイもざっくばらんとした口調だったけれど、今も父と話しているときのようなくだけた雰囲気だった。気の置ける相手なのだろうなと思う。少なくとも、自分は、こんな声を出されたことはない。
また妙なところでもやもやとしていると、アシュレイが「師匠」と緑の大魔法使いを呼んだ。
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