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2:魔法使いの弟子

32.冬の月のような人 ④

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「師匠は、俺の父と親しいんだ」
「なるほど、人嫌いと評判の大魔法使いさまにも親しい友人はおられるのだな。やはり噂は噂だな」

 先ほどまでの淡々としたものではない、いつもの飄々としたていでジェイデンが笑う。小さくほほえんで、テオバルドは続けた。

「この学院の同期生だったんだって」
「え?」

 瞠目したジェイデンが、テオバルドに視線を向けた。

「テオバルド。おまえの親父さんは、町で飯屋を営んでいると言っていなかったか?」
「そうだよ。在学中に死にかけて、意識が戻ったときには魔力が枯渇してたんだって」
「……そんなことがあるのか?」
「さぁ」

 信じがたいという雰囲気に、苦笑いで首を傾げる。そういう反応をされると承知していたから、基本的には言わないようにしていたのだ。でも、事実だ。

「俺も父さん以外でそんな人は知らないけど、父さんはそうなんだよ。なんでなのかは、本人もわからないらしいけどね」

 父から度々聞いた話だ。笑い話として豪快に語る父の横で、いつも母はなんとも言えない顔をしていたけれど。

 ――あれ。でも、そういえば、師匠の口から聞いたことはなかったかもしれないな。

 口数の多い人でもないので、当然と言えば当然なのかもしれない。大師匠のことも、ついこのあいだまでテオバルドは知らなかったくらいだ。

 ――それに、友人が死にかけた挙句に魔力が尽きた、なんて話、ふつうはしないか。

 おまけに、自分は、その友人の息子である。そうテオバルドは納得した。
 父は妙に豪胆なところがあるし、話を聞くときの母の困り顔を鑑みても、なにも語らない師匠のほうが正常な反応なのだろう。

「まぁ、それはさておいても、ハロルドが直接頼みに行っていたら、師匠は引き受けたんじゃないかなと思うけど。俺の場合がそうだったから」

 なんだかんだと言ったところで、アシュレイは人がいいから押しに弱いんだ、というのは、その特性を逆手に取って息子の弟子入りを成功させた父の言である。
 当時は一緒に笑っていたけれど、アシュレイがハロルドを迎え入れなくてよかったなと今のテオバルドは思ってしまう。ハロルドが苦手というだけでなく、たぶん、自分は、あの森でアシュレイを独占したかったのだ。

 ふぅん、と考えるようにこぼしたジェイデンが、わずかな沈黙のあとで口を開いた。

「おまえにとって、お師匠が素晴らしい魔法使いだということはよくわかる。おまえを見ていたら、よくできた方なのだろうということもわかる。その上で聞きたいんだが、おまえから見た森の大魔法使いさまはどんな方なんだ?」
「どんな方……」

 自身に問いかけるように、テオバルドは繰り返した。この学院に入った日、同じ質問をジェイデンにされた覚えがある。あのときは結局はっきりと答えなかったのだったと思い返しながら、テオバルドは答えた。

「師匠は、誰よりもきれいな人だと思う」

 顔の造作という話であれば、アシュレイより優れた人はいくらでもいると思う。けれど、あれほど魂の綺麗な人を、テオバルドはほかに知らない。きっと、これからも知ることはないのだろうと思う。

「へぇ、あの誰も見たことがないというフードの下が」
「あ、いや、見た目っていうか……、いや、見た目も悪いわけではないけど」

 年齢不詳すぎる童顔と緑の瞳に目が行くだけで、アシュレイはきれいな顔をしていると思う。でも。焦って言い募ったテオバルドに、ジェイデンが破顔した。

「おまえでも、そんなふうに焦ることがあるんだな」
「え……」
「いつも穏やかでなにごとにもストイックで素敵、らしいぞ。おまえは」
「からかわないでよ」
「からかってはない。ちょうど昨日、――誰とは言わないが、テオバルドは誰の告白も受け入れないが、恋人がいるのかと聞かれたところだ」

 からかう色しかないそれに、テオバルドは弱り切って眉を下げた。同年代の子どもと過ごさず、アシュレイとばかり過ごしてきた弊害か、こういったからかいにはてんで弱いのだ。
 なにせ、花祭りの花を師匠に渡すくらいには、同年代の女子に興味のない人間である。それでもどうにかテオバルドはらしい言い訳を選んだ。

「師匠に追いつくのに必死で、恋愛にかまけていられないってだけだよ」

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