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2:魔法使いの弟子
28.書庫の守り人
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王立魔法学院に入学して、一ヶ月。生活にも慣れてきたテオバルドの楽しみは、学院の巨大な書庫を訪れることになっていた。
――それにしても、本当にすごい蔵書数だなぁ。
師匠だけでなく、父と母が口を揃えて「行ってみなさい」と言うわけだ。授業が終わった足でやってきたテオバルドは、幾度目かの感嘆をこぼす。
学院の地下に広がる書庫の蔵書数は、この国随一なのだそうだ。夜の空き時間だけで読み切ることは到底できないだろうけれど、だからこそ「今日はなにを借りようか」とわくわくしてしまう。
気になった本棚の前で悩んでいると、穏やかな声がかかった。
「なにかお気に召すものはあったかしら。テオバルド」
「ベイリー先生」
振り返って頭を下げると、書庫の管理者であるザラ・ベイリーが上品な笑みを浮かべる。
「先生はやめてちょうだい。今の私はここの守り人なの」
「ですが、父も母も、特に父は、ベイリー先生には在学中大変お世話になったと」
そう。ザラ・ベイリーは、父たちが在学していた当時は、現役で教鞭を取っていたのだそうだ。テイラー先生に失礼になるので口にはしないけれど、彼女に習ってみたかったな、とひそかにテオバルドは思っている。
はきはきと応じたテオバルドを見つめるベイリーの瞳は、孫を見るような優しさに満ちていて、なんだか少しくすぐったい。
この国の女性としては珍しく未婚である彼女だが、もし結婚していれば、テオバルドくらいの孫がいてもおかしくない年なのだと思う。
白くなった髪をひとつに束ね、背筋をぴしりと伸ばす優しいベイリーのことが、テオバルドは好きだった。
「あら、あら。イーサンとエレノアがそんなことを。懐かしいわね。あなたの師匠も変わりないかしら」
「はい。元気にされています」
「それならよかったわ。それにしても、あの子たちが卒業してもう二十年になるのね。私も年を取るはずだわ」
ふふっとほほえんだベイリーが、静かな声で続ける。
こんなにも素敵な書庫なのに、なぜか学生たちはあまり顔を出さないのだ。おかげで今日もテオバルドの貸し切り状態である。
「はじめはね、アシュレイとイーサンはいつもふたりだったのよ。そこにエレノアが顔を出すようになって、いつしかそれがあたりまえになって」
過去を見るように書庫の一角を一瞥して、「かわいかったのよ」と秘密を告げるように囁く。
「みんな、とても優秀で。――あぁ、もちろん、あなたもよ、テオバルド。あの三人に愛された特別な子どもだもの」
「ありがとうございます」
素直に受け取ったテオバルドに優しく頷いたところで、ベイリーは話を切り上げた。
「なにか知りたいことがあれば、いつでもいらっしゃい。力になるわ」
その背中を見送って、改めて書架を眺める。必要以上のおしゃべりで時間を取らせないところも、いかにも彼女らしいと思う。
――師匠も、きっと、たくさんの本を読まれたのだろうな。
この場所で二十年前に、自分の父や母と一緒に。そう思うと、少し不思議な感じがした。
自分と同じ年頃のアシュレイは、いったいどんなことを考えていたのだろう。どんなことを父や母と話していたのだろう。
――今度、手紙で聞いてみようかな。
蔵書を読むことに並ぶもうひとつの楽しみが、アシュレイとのやりとりなのだ。あの家で約束したとおり、アシュレイは必ず返事を出してくれる。
負担にならないようにしようと思う半面、アシュレイの心遣いがたまらなくうれしかった。
――それにしても、本当にすごい蔵書数だなぁ。
師匠だけでなく、父と母が口を揃えて「行ってみなさい」と言うわけだ。授業が終わった足でやってきたテオバルドは、幾度目かの感嘆をこぼす。
学院の地下に広がる書庫の蔵書数は、この国随一なのだそうだ。夜の空き時間だけで読み切ることは到底できないだろうけれど、だからこそ「今日はなにを借りようか」とわくわくしてしまう。
気になった本棚の前で悩んでいると、穏やかな声がかかった。
「なにかお気に召すものはあったかしら。テオバルド」
「ベイリー先生」
振り返って頭を下げると、書庫の管理者であるザラ・ベイリーが上品な笑みを浮かべる。
「先生はやめてちょうだい。今の私はここの守り人なの」
「ですが、父も母も、特に父は、ベイリー先生には在学中大変お世話になったと」
そう。ザラ・ベイリーは、父たちが在学していた当時は、現役で教鞭を取っていたのだそうだ。テイラー先生に失礼になるので口にはしないけれど、彼女に習ってみたかったな、とひそかにテオバルドは思っている。
はきはきと応じたテオバルドを見つめるベイリーの瞳は、孫を見るような優しさに満ちていて、なんだか少しくすぐったい。
この国の女性としては珍しく未婚である彼女だが、もし結婚していれば、テオバルドくらいの孫がいてもおかしくない年なのだと思う。
白くなった髪をひとつに束ね、背筋をぴしりと伸ばす優しいベイリーのことが、テオバルドは好きだった。
「あら、あら。イーサンとエレノアがそんなことを。懐かしいわね。あなたの師匠も変わりないかしら」
「はい。元気にされています」
「それならよかったわ。それにしても、あの子たちが卒業してもう二十年になるのね。私も年を取るはずだわ」
ふふっとほほえんだベイリーが、静かな声で続ける。
こんなにも素敵な書庫なのに、なぜか学生たちはあまり顔を出さないのだ。おかげで今日もテオバルドの貸し切り状態である。
「はじめはね、アシュレイとイーサンはいつもふたりだったのよ。そこにエレノアが顔を出すようになって、いつしかそれがあたりまえになって」
過去を見るように書庫の一角を一瞥して、「かわいかったのよ」と秘密を告げるように囁く。
「みんな、とても優秀で。――あぁ、もちろん、あなたもよ、テオバルド。あの三人に愛された特別な子どもだもの」
「ありがとうございます」
素直に受け取ったテオバルドに優しく頷いたところで、ベイリーは話を切り上げた。
「なにか知りたいことがあれば、いつでもいらっしゃい。力になるわ」
その背中を見送って、改めて書架を眺める。必要以上のおしゃべりで時間を取らせないところも、いかにも彼女らしいと思う。
――師匠も、きっと、たくさんの本を読まれたのだろうな。
この場所で二十年前に、自分の父や母と一緒に。そう思うと、少し不思議な感じがした。
自分と同じ年頃のアシュレイは、いったいどんなことを考えていたのだろう。どんなことを父や母と話していたのだろう。
――今度、手紙で聞いてみようかな。
蔵書を読むことに並ぶもうひとつの楽しみが、アシュレイとのやりとりなのだ。あの家で約束したとおり、アシュレイは必ず返事を出してくれる。
負担にならないようにしようと思う半面、アシュレイの心遣いがたまらなくうれしかった。
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