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1:箱庭の森

15.花祭りの夜 ②

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 もう十年以上前。王立魔法学院にいた当時から、この女はこうだった。
 どれほどアシュレイが邪魔だと態度で示しても、いっさい気にせずイーサンを追いかけ回し、自分たちが最高学年になるころにはとうとうモノにしていた。
 薬草学の研究会の後輩なんだけどな、素直でかわいいんだよ。そう報告してきたイーサンのにやけた顔を、アシュレイは今もよく覚えている。

「まぁ、でも、あなたも一時期よりは健康そうな顔になっているものね。安心したわ」
「なにが安心だ」
「あのねぇ、アシュレイ。面倒だっていう理由で、草ばっかり食べてる人がそばにいたら、それは気になるわよ」

 呆れたふうに言われて、アシュレイは閉口した。
 だからあれは草ではないと言ったところで、知ってるわよとさらに呆れた声が返ってくるだけである。そういう女なのだ。

「でも、今は違うでしょう? きちんとした生活を送ってるんだって見たらわかるわ。まぁ、きちんとつくって食べさせているのはあの子でしょうけど」

 くすくすと笑って、エレノアが続けた。

「嫌になるくらい、あの人にそっくりだわ」

 その言葉に、ちらりとした視線を送る。菓子を大口でほおばっていたエレノアが、きょとんと瞳を瞬かせて、「食べる?」とひとつを差し出してきた。

「おいしいわよ」

 無言のまま首を横に振って、アシュレイは酒を手に取った。

 ――素直ではなく、「図太い」だと思うがな。

 エレノアのことである。イーサンいわくの「素直さ」に、アシュレイは共感できたためしがない。
 アシュレイのたったひとりだったイーサンにまとわりつき、恋人の座に堂々とおさまった女。図太い以外のなにものでもないだろう。いつも笑っていて、その愛嬌だけが取り柄のような女である。
 こぼれそうになった溜息を、アシュレイは酒で流し込んだ。

 そのエレノアに、アシュレイはたった一度。泣きぬれた瞳で抱き着かれたことがある。

「それにしても、あなた。そんな格好してるから、誰も怖がって近寄ろうとしないのよ」

 花祭りの夜にまでフードを被っていなくていいじゃない、とエレノアが言う。

「あと、その杖も。大きすぎるのよ」
「大魔法使いは怖がられるくらいでちょうどいい」
「そんなこと言って。緑の大魔法使いさまあなたの師匠は、親しみやすいお方じゃないの」

 表向きの第一印象が、だろう。内心で呆れていると、エレノアを呼ぶ声が響いた。

「あら。なぁに、ハーバーさん」

 遠くで叫ぶ陽気な酔っ払いの声に、エレノアも声を張り上げる。
 イーサンが手伝ってほしそうにしているという内容に、しかたないわね、と食べかけの皿を手にエレノアは腰を上げた。

「まったく。勝手なんだから。じゃあ、またね。アシュレイ。よい夜を」

 ふわりと紺地のスカートが翻る。明るいほうへ向かう背中を見送ったアシュレイは、酒をそっと口に運んだ。
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