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1:箱庭の森

20.春を祈る ④

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 次の日の朝、目を覚ましたテオバルドは、師の帰還を無邪気に喜び、疲れを労わりながらも、魔獣討伐の話を聞きたがった。
 差し障りのない範囲で応じながら、留守のあいだの話も聞く。こちらがなにを言わずとも家の管理は完璧であるし、与えた課題も難なくこなしている。

 ――たいしたものだな、本当に。

 この年までに教えるつもりだったことを、テオバルドはすべて正しく理解している。
 夜になり、テオバルドの話が一段落したところで課題の確認を始めたアシュレイは、しばらくして紙の束を居間のテーブルに置いた。じっと待っていたテオバルドに視線を合わせて、静かにほほえむ。
 
「おまえは優秀だ、テオバルド」

 夜色の髪を撫でられたテオバルドが、素直にうれしそうな顔を見せる。それがかわいくて、思わずアシュレイは呟いた。

「師匠が見たら驚くことだろうな」

 素直とは程遠かった自分に、おそらくは一番、手を焼いていた人だ。

「詳しくお聞きしたことはありませんでしたが、師匠の師匠という方は、どういった方なのですか」
「あぁ。たしかに、あまり話していなかったな」

 隠していたわけではないのだが、結果としてそうなっていたかもしれない。いい機会だとアシュレイは話し始めた。知っていて、損はないことだ。

「ムンフォート大陸には五大魔法使いがいるだろう」
「はい。師匠もそのおひとりですよね」
「そうだ。そうして、このフレグラントル王国にはもうひとり五大魔法使いがいるわけだが」
「もちろん、存じております。緑の大魔法使いさまですよね。高名な方ですから」
「それだ」

 師匠をそれ呼ばわりしたアシュレイにか、大物の名前にか、テオバルドが目をぱちくりとさせる。
 自分と同じ緑の瞳を有しているにもかかわらず、大陸中の人間から「緑の大魔法使いさま」と慕われる、善良な大魔法使い。この大陸一番の大物である。

「つまり、おまえにとっては大師匠だな」
「まったく知りませんでした……」

 理解が追いついたらしく、しみじみとテオバルドが頷いた。

「でも、よくわかりました。だから師匠はなんでもご存じなのですね。もちろん、師匠の努力あってこそとは思いますが。俺も、師匠と、師匠のご師匠に恥じないよう、いっそう努力します」

 素直な誓いに、アシュレイも頷いた。こういったところが、本当に愛らしい弟子だと思う。

「師匠のご師匠はどこにおられるのですか? 俺はお姿を見たことはありませんが、師匠は会っていらっしゃるのですか」
「さぁ、どこだがな。元気にやっておられることは間違いないと思うが、俺も何年も顔は見ていない」

 おざなりに流したアシュレイに、テオバルドが問い重ねる。いたく真摯な声だった。

「寂しくはないのですか?」

 かつて「夜は怖くないのか」と大魔法使い自分に尋ねてきたときと似た問い方に、アシュレイは笑った。

「ないさ。おまえがいるからな。寂しく思う暇もない」

 事実だった。だが、その日々に終わりが来ることも、また事実なのだ。子どもは、あっというまに大きくなっていく。イーサンが言っていたとおりだ。
 テオバルドが夜を怖いと泣くことは、もうないのであろう。自分がその寝息を聞くことも、ぬくもりに触れることも、もう、きっと。
 けれど、それを寂しいと思うことは、正しいことではない。
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