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1:箱庭の森
18.春を祈る ②
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「お師匠はまだしばらく戻られないのか」
「さぁ。今度はまた違うところに飛ばされるだなんだと言っていたが」
王命ではあるが、ルカはルカで僻地に赴くことを楽しんでいる節がある。任務のあいだの希少な薬草探しに精を出しているのだ。その割りを食う側のアシュレイとしては、甚だ迷惑な話である。
「なるほど、なるほど。それで、うちの息子が森で二週間ぽつんとお留守番だったわけだ」
「なにかあれば、俺にはわかる」
そうでなければ、置き去りなどできるはずもない。事実として応じたアシュレイに、少しの間を置いてイーサンが破顔した。
「おまえは本当に丸くなったなぁ」
「……」
「まぁ、あいつも十四だ。次の夏には我らが母校に入学するわけだろう。留守番くらいできんとならんな」
「本人は、若干、行くのを渋っているふうだが」
バツの悪さを誤魔化すように森の様子を明かせば、「甘やかしすぎたな」とまたイーサンが笑う。
「グリットンを離れたくないだけだろう」
王立魔法学院に入れば、三年間学院の敷地内で過ごすことになる。よほどのことがない限り、外出が許可されることはない。
今のように、父と母と月に一度会うことのできる環境でなくなるのだ。多少の寂しさを覚えても、致し方ないことだろう。淡々と応じて、カップを持ち上げる。
「しかし、不思議なものだな。魔力は遺伝ではないというが、俺の魔力はとうに枯れているというのに、まさか息子があれほどの魔力を持って生まれてくるとは」
しみじみとした口調に、アシュレイはそっと口元を笑ませた。
たしかに、テオバルドは逸材だ。持って生まれた才もだが、なによりも、まっすぐに学ぼうとするその心根が。自分を凌駕する魔法使いになるかもしれない。
「……なんだ?」
じっとした視線を感じて、小さく首を傾げる。問いかけに、イーサンがはっとしたような苦笑を浮かべた。
「いや、おまえのその顔をじっくり真正面から見るのも、随分ひさしぶりだと思ってな」
少し懐かしくなった、と続いた台詞に、しかたなく苦笑を返す。それは、まぁ、懐かしい顔だろうと呆れたからだ。なにせ、もう十年以上変わっていない顔である。
自分の見た目の成長はある時に止まって、そういうふうになったのだ。だから、こういった状況でない限り、アシュレイは絶対にフードを外さない。
「昔は俺の特権だったというのに」
「それこそ何年前の話だ、イーサン」
「さぁな。十年、いや、もう二十年近く前になるのか」
王立魔法学院に在籍した当時を思い出しているのか、眼鏡の奥のイーサンの瞳は柔らかく懐かしそうだった。
イーサンの言うとおり、もう二十年近く前の話だ。アシュレイは、あの学び舎でイーサンと出逢い、かけがえのない時間を過ごした。あのころのイーサンには、自分には及ばないにしても、十分な魔力があった。
「なぁ、アシュ」
伸びてきた大きな手が、跳ねた金髪をそっと撫でつける。アシュレイが嫌がらないと承知しているのだ。
「おまえの変わらない童顔も、緑の瞳も。どれも変わらず、俺は好きだぞ」
呪われた自分のすべてを無条件に肯定する台詞に、ふっと吐息をもらす。
「テオバルドとそっくりだな」
「おい、おい。そこはテオバルドが俺に似ていると言うところだろう」
冗談めかしたふうに笑ったイーサンが、手を離した。その手を顎に当てたまま、なにか考えていたかと思うと、「でも、そうか」とひとりごちるように呟いた。
「おまえの中では、もう、テオバルドのほうが大きいんだな」
予想していなかった台詞に驚いたものの、すぐにアシュレイは納得した。きっと、そうだ。もう、そうなってしまっている。
「……そうかもしれないな」
認めたアシュレイに、はは、とイーサンが笑う。
「そうもあっさり認められると、少し妬けるぞ」
「馬鹿を言うな」
アシュレイも笑った。
「おまえには、エレノアがいるだろう」
魔法学院にいたころから、エレノアはイーサンに夢中だった。
――アシュレイ。お願い、アシュレイ。この人を死なせないで!
あぁ、絶対に死なせるものか。おまえに頼まれなくとも、俺が俺の意思で、俺の命をかけても絶対に死なせない。
禁術に手を出すことに躊躇いはなかった。自分ならできるという自信もあった。
なにを対価に持っていかれるのかまでは承知していなかったが、なにを対価に取られてもいいと思っていた。イーサンの命と同等のものなどないと思っていたからだ。
だから、今もアシュレイはなにひとつ後悔していない。フードをずっと被っていることくらい、なんのわけもないことだ。
「さぁ。今度はまた違うところに飛ばされるだなんだと言っていたが」
王命ではあるが、ルカはルカで僻地に赴くことを楽しんでいる節がある。任務のあいだの希少な薬草探しに精を出しているのだ。その割りを食う側のアシュレイとしては、甚だ迷惑な話である。
「なるほど、なるほど。それで、うちの息子が森で二週間ぽつんとお留守番だったわけだ」
「なにかあれば、俺にはわかる」
そうでなければ、置き去りなどできるはずもない。事実として応じたアシュレイに、少しの間を置いてイーサンが破顔した。
「おまえは本当に丸くなったなぁ」
「……」
「まぁ、あいつも十四だ。次の夏には我らが母校に入学するわけだろう。留守番くらいできんとならんな」
「本人は、若干、行くのを渋っているふうだが」
バツの悪さを誤魔化すように森の様子を明かせば、「甘やかしすぎたな」とまたイーサンが笑う。
「グリットンを離れたくないだけだろう」
王立魔法学院に入れば、三年間学院の敷地内で過ごすことになる。よほどのことがない限り、外出が許可されることはない。
今のように、父と母と月に一度会うことのできる環境でなくなるのだ。多少の寂しさを覚えても、致し方ないことだろう。淡々と応じて、カップを持ち上げる。
「しかし、不思議なものだな。魔力は遺伝ではないというが、俺の魔力はとうに枯れているというのに、まさか息子があれほどの魔力を持って生まれてくるとは」
しみじみとした口調に、アシュレイはそっと口元を笑ませた。
たしかに、テオバルドは逸材だ。持って生まれた才もだが、なによりも、まっすぐに学ぼうとするその心根が。自分を凌駕する魔法使いになるかもしれない。
「……なんだ?」
じっとした視線を感じて、小さく首を傾げる。問いかけに、イーサンがはっとしたような苦笑を浮かべた。
「いや、おまえのその顔をじっくり真正面から見るのも、随分ひさしぶりだと思ってな」
少し懐かしくなった、と続いた台詞に、しかたなく苦笑を返す。それは、まぁ、懐かしい顔だろうと呆れたからだ。なにせ、もう十年以上変わっていない顔である。
自分の見た目の成長はある時に止まって、そういうふうになったのだ。だから、こういった状況でない限り、アシュレイは絶対にフードを外さない。
「昔は俺の特権だったというのに」
「それこそ何年前の話だ、イーサン」
「さぁな。十年、いや、もう二十年近く前になるのか」
王立魔法学院に在籍した当時を思い出しているのか、眼鏡の奥のイーサンの瞳は柔らかく懐かしそうだった。
イーサンの言うとおり、もう二十年近く前の話だ。アシュレイは、あの学び舎でイーサンと出逢い、かけがえのない時間を過ごした。あのころのイーサンには、自分には及ばないにしても、十分な魔力があった。
「なぁ、アシュ」
伸びてきた大きな手が、跳ねた金髪をそっと撫でつける。アシュレイが嫌がらないと承知しているのだ。
「おまえの変わらない童顔も、緑の瞳も。どれも変わらず、俺は好きだぞ」
呪われた自分のすべてを無条件に肯定する台詞に、ふっと吐息をもらす。
「テオバルドとそっくりだな」
「おい、おい。そこはテオバルドが俺に似ていると言うところだろう」
冗談めかしたふうに笑ったイーサンが、手を離した。その手を顎に当てたまま、なにか考えていたかと思うと、「でも、そうか」とひとりごちるように呟いた。
「おまえの中では、もう、テオバルドのほうが大きいんだな」
予想していなかった台詞に驚いたものの、すぐにアシュレイは納得した。きっと、そうだ。もう、そうなってしまっている。
「……そうかもしれないな」
認めたアシュレイに、はは、とイーサンが笑う。
「そうもあっさり認められると、少し妬けるぞ」
「馬鹿を言うな」
アシュレイも笑った。
「おまえには、エレノアがいるだろう」
魔法学院にいたころから、エレノアはイーサンに夢中だった。
――アシュレイ。お願い、アシュレイ。この人を死なせないで!
あぁ、絶対に死なせるものか。おまえに頼まれなくとも、俺が俺の意思で、俺の命をかけても絶対に死なせない。
禁術に手を出すことに躊躇いはなかった。自分ならできるという自信もあった。
なにを対価に持っていかれるのかまでは承知していなかったが、なにを対価に取られてもいいと思っていた。イーサンの命と同等のものなどないと思っていたからだ。
だから、今もアシュレイはなにひとつ後悔していない。フードをずっと被っていることくらい、なんのわけもないことだ。
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