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1:箱庭の森

12.信頼と親愛 ①

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 師匠である自分がこう評すこともどうかと思うが、テオバルド・ノアは大変優秀な弟子である。
 物覚えが良く、素直で、向上心がある。加えて天賦の才もある。十年後には、立派な魔法使いになっていることであろう。

 だからこそ、夏の香りが近づく時期になると、アシュレイは確認せずにおれなくなるのだ。

「テオバルド。本当に学校に行かなくてよいのか?」

 その問いかけに、夕餉の片づけを終え、居間の丸テーブルで熱心に魔法書を読んでいたテオバルドが、またかという顔をした。

「またその話ですか、師匠」

 表情そのまま問い返されて、アシュレイは眉間を寄せた。
 毎年確認していることなので「また」に違いはないにせよ、もう少しかわいい言い方があるだろう。

「またとはなんだ。おまえが行かないと言い張るからだろう」
「ですが、べつによいと師匠も最初に仰ったではないですか」

 言った。弟子に取ってすぐのころ、たしかに了承した。二度ほど確認したが言い張ったので、それ以上を諭すことが面倒になったからだ。だが、しかし。

「それはそうだが」

 重苦しく響くように、アシュレイは溜息を吐いた。

「おまえは同年代の人間とまったく触れ合っていないだろう。それが良くないのではないかと言っている」

 この弟子の父親が聞けば、「おまえが言うか」と大笑いするだろうが、今のアシュレイは本気でそう案じているのだ。
 それなのに、師匠心をまったく意に介さない調子で、「あぁ、それなら」とおかしそうにテオバルドが笑う。

「師匠で問題ないでしょう。父さんがよく言ってます。あいつは見た目と一緒で中身も止まってるんだって」
「……」
「だから問題ありません。師匠がいたら、それで」
「……あの老け顔が」

 腹立ち紛れに呟いて、アシュレイは金色の髪をぐしゃりと掻きやった。本当に、余計な口ばかりが回る男だ。こちらはおまえの息子を心配しているというのに。
 もう一度溜息を吐いて、読み途中だった書物に意識を戻す。テオバルドはと言えば、もう話は済んだとばかりの素知らぬ顔だ。

 ――まったく、かわいげのない。

 出逢ったばかりのころは、どれほど大人びた仕草をしようとも、所詮は子どもだった。今も子どもだ。エレノアと会えばうれしそうな顔をするし、あいかわらずイーサンの冗談を真に受ける。
 けれど、最近はごくたまに、大人に近づき始めたな、と感じる瞬間がある。目にかかった前髪を払いのけて、アシュレイは頁を繰った。いつまでも子どもであればいいと思うことは、正しくはないのであろう。

「師匠」

 夜にふさわしい静かな声に、ちらりと視線を上げる。ランタンの光の中でも、テオバルドの夜色の髪はきれいだ、と。見るたびにアシュレイは思ってしまう。
 イーサンの髪も夜の色をしていたが、テオバルドのほうが一段と夜が深い。その深さに惹かれるのだろうか。
 じっと見つめていると、かすかにテオバルドがほほえんだ。伸ばされた指が、そっとアシュレイの金糸に触れる。

「少し伸びましたね」

 切りましょうか、とあたりまえにテオバルドが提案する。テオバルドがするあたりまえは、この五年で随分と増えてしまっていた。
 アシュレイの身体のほとんどは、テオバルドでできているのかもしれない、と思うほどに。

「おまえもマメだな」

 イーサンみたいだと言う代わりに、アシュレイは笑った。

「師匠だからですよ」

 声変わりもまだの甘い声が、歌うように告げる。

「ぜんぶ、師匠だからです」

 ――おまえだからに決まってるだろう。誰でも彼でも世話を焼くわけじゃないさ。なぁ、アシュ。おまえだから、俺は放っておけないんだ。

 大昔に聞いた、イーサンの苦笑まじりの声。思い出したのは、トーンが似ていたせいなのだろう。

「好きにしろ」

 古い記憶に鍵をかけたアシュレイは、いかにも師匠らしい調子で頷いた。
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