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1:箱庭の森

7.星をかずく ②

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「だが、まずは勉強だ。正しい知識がないと、どういった魔石を選べばいいかもわからないだろう」

 材質と埋め込む魔石の配合如何で、杖の属性は細かく変化する。自分に合った杖を保有することは、能力を向上させるためにも重要なことだ。
 日中に、このテーブルで。魔法について教えるときと同じ調子で、アシュレイは淡々と言い諭した。
 魔法学院でも多くを学ぶだろうが、早いうちに学んでおいて損はない。アシュレイも、師であるルカからそうして学んできたのだ。

 正しい知識は力になる。そう信じるアシュレイは、テオバルドに惜しみなく知識を与えようとしていた。魔法の成り立ち、原理。そうして、禁術についても。


 ――もしそこに踏み込んだら、どうなるのですか?

 子どもらしい好奇心に満ちた声が問う。
 まだ、夏と言える時期だったころのことだ。夜色の髪が煌めいていたことを、アシュレイはよく覚えている。窓から入る光に照らされた色が美しかったからだ。

 魔法には踏み入ってはならない領域がある、という話をしていたのだ。魔法にも不可能はあり、不可能のままにしておくべき事象はあるのだ、と、そう。
 先人によって正しく禁じられた術があるのは、そのためだ。その術を使おうなどということは、絶対に考えてはならない。とりわけ、人の生死に関わるものについては、絶対に。

 もし、そこに踏み込めば。純粋な知識欲に染まった瞳を見下ろして、アシュレイは答えた。

 ――人ではなくなる。

 テオバルドの表情が驚きに固まる。その驚きに触れることなく、アシュレイは淡々と続けた。

 ――対価は、それほど大きいということだ。

 魔法には、必ず対価が必要となる。そういうものだとアシュレイはルカに教わった。身を持って痛感もした。

 ――だから、おまえはこの道を絶対に開いてはならない。いいな、テオバルド。

 はじめての弟子に「わかったな」と静かに念を押す。良い機会だと思ったからだ。このことは、しっかりと伝えなければならないと決めていた。

 ――はい。

 真剣な表情でテオバルドが頷く。

 ――はい、わかりました。師匠。

 その了承を聞いた瞬間。覚えた安堵の深さに、思っていたよりも、この弟子を愛していたらしいことをアシュレイは知ったのだ。



 師匠、と自分を呼ぶ声に、アシュレイは手を止めた。

「なんだ?」
「ここで見ていてもいいですか?」

 早く寝ろと言いに来たのではなかったのか、と揶揄することなく、アシュレイは許可を出した。真剣な瞳をしていたからだ。

「かまわないが、見るなら座っていろ」

 気が散る、と言い足して、空いている椅子を視線で示す。テオバルドがいつも使用しているものだ。

「ありがとうございます」

 うれしそうに頷いたテオバルドが椅子を動かす。こちらの手元がよく見える、けれど、邪魔になることはない位置。本当に、頭の良い子どもである。
 座ったことを確認したアシュレイは、三度手を動かし始めた。その手元をじっと見つめていたテオバルドが「ありがとうございます」と呟く。

「師匠が教えてくれることは、ぜんぶ覚えていたい。だから、がんばります」

 ちら、と視線を向ける。言葉のとおり、テオバルドの星の瞳は熱心な光を灯していた。こちらの一挙手一投足も見逃すまいと言わんばかりで、穴が開いてしまいそうなほど。
 ふっと小さくアシュレイは笑った。

 魔法を使うことができるかどうかは、持って生まれた素質で決まる。魔力を持たない人間は、どう転がっても魔法を使うことはできない。
 けれど、魔力を高めるために必要なことは、正しい知識だ。もちろん経験も必要ではあるが、学ぼうという意欲がないことには始まらない。

 ――良い魔法使いになるかもしれないな。

 夜は深く、森は暗闇に包まれている。窓を揺らす風が吹いても、テオバルドは怖いとはもう言わなかった。
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