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八瀬の言うことはある意味で正しいとわかっていた。自分が彼を好きだと、特別だと思い始めたきっかけは、彼が計算した優しい言動だったのかもしれない。でも、それだけじゃ、きっとない。
でも、それだけでも、よかった。だって、こんなにも苦しい。捨てられたくないと、こんなにも願っている。
「好きなんです。あなたが、……あなたが、どんな人でも、俺のことをどうとも思ってもなくても」
あのとき言えなかった「好き」を切り札のように使う自分が滑稽だった。それでも、その幼稚さを武器にすることにしかできなかった。
だって、きっと、この人は、今日、当初の自分と同じ目的で――自分を諦めさせるために家に呼ぶことを了承したのだとわかったから。
「好きなんです」
誰かのことを好きになるなんて、絶対にないと思っていた。もし仮に好きになったとしても、自分の気持ちを相手に伝えることは絶対にないだろうと思っていた。
この人と出会って、すべてが変わった。はじめて伝えたいと思った。それだけではなく、もっと、もっと、と望んでしまっている。
へぇ、そうなんだ、という一言で受け流してくれる、決して深入りをしない彼のやさしさが好ましかった。一緒にいると楽だった。けれど、今なら違うとわかる。あれは本当にどうでもよかったからなのだ、と。
彼にとっての、どうでもよくない人間になりたい。
表面上だけでも優しくしてもらえたら十分だったはずなのに、馬鹿みたいに欲張りになってしまった。
この人の一番になりたい。そんなあさましい欲望を抱いたのは、生まれてはじめてのことだった。
「それで」
すべてを見透かすような瞳を見つめたまま、続ける。
「好きになってほしい、です」
言葉にした瞬間、息が詰まった。喉が震える。そんなことを自分が望む日が来るなんて、思いもよらなかった。苦しい。怖い。
仮に受け入れてもらえたとしても、そのあとにくる「いつか」が怖い。いつか捨てられたら。そう想像するだけで身体がすくむ。だから、そんな思いをするくらいなら、一生誰も好きにならなくていいと思ったのだ。でも、もう逃げたくない。踏み出したい。踏み出さないと、変わることはできない。
「俺はまだ子どもですけど、あなたが好きです。いつか、……いつか、大人になるから。ちゃんと、あなたに対等だと思ってもらえるような人間になるから。だから」
具体性もなにもない、子どもの駄々のようなことを言っていると、自分でもわかっていた。本当にみっともない。でも。
ぎゅっとカップを握る指先に力が入る。静かに息を吐いて、浅海はうつむきそうになっていた視線を持ち上げた。
「だから、――待っていて、ほしいです」
いつか、自分が、無条件に庇われる子どもではなくなるまで。そのときに、選んでもいいと思ってもらえるような自分になるから。
八瀬への告白というよりも、自分への宣言のようなつもりで、浅海は言った。
それで、もし、この先もまったく可能性がないと彼が言うのであれば、諦めようとも思っていた。すぐに諦めることはできないかもしれないけれど、なにも言わないままでいたよりは、きっと区切りもつく。
「浅海くんは、大学行くためにがんばってるんでしょ。それで、そのあと、どんな職種かは知らないけど、社会に出て働きたいともあたりまえに思ってるわけだ」
「それは、……そうです、けど」
「今よりもずっと浅海くんの世界は広がって、浅海くんのことを理解してくれる人間も増えるんじゃないかな。それになにより、俺と繋がってると困る場面が増えると思うよ」
今はまだ若気の至りで済んでもね、と彼が苦笑を浮かべる。逸る子供を宥める、大人としての態度。その調子のまま、だから、と八瀬は続ける。ああ、これは、きっと振られるのだろうな、と覚悟を決めた瞬間。
「浅海くんの選択を、尊重しようと思ってたんだけどな」
「え……」
予想外の台詞に、思わず小さな声がこぼれた。その浅海を真正面から見つめ、八瀬がほほえむ。苦笑の名残のある、けれど、優しげなそれ。
「大丈夫」
伸びてきた指先が、そっと前髪に触れる。くしゃりと撫でる指先は、どこまでも優しかった。この人を怖いとは、どうしても思えそうになくて。
視界の中心で、自分にとってのただただ優しい人が、柔らかく言葉を継ぐ。
「浅海くんがそれでいいなら、俺の隣でゆっくり大人になったらいい」
無理をして急いで大人になる必要はないのだというそれに、浅海はひとつ瞬いた。
「そのままでいいって、言ったでしょ」
変わらないでいてほしい、と。そう彼が言ったときの声音がよみがえって、こくりと頷く。それしかできなかったのだ。
彼が諭そうとしてくれた言葉の正しさはわかっている。それでも、今、「そのままでいい」と請け負ってことのほうが、ずっと自分にとっては幸せに思えた。
もし、本当に許されるのなら、この人の隣で大人になりたい。もっと我儘を言っていいのであれば、この人の隣で生きていきたい。
ただ、そう思った。
でも、それだけでも、よかった。だって、こんなにも苦しい。捨てられたくないと、こんなにも願っている。
「好きなんです。あなたが、……あなたが、どんな人でも、俺のことをどうとも思ってもなくても」
あのとき言えなかった「好き」を切り札のように使う自分が滑稽だった。それでも、その幼稚さを武器にすることにしかできなかった。
だって、きっと、この人は、今日、当初の自分と同じ目的で――自分を諦めさせるために家に呼ぶことを了承したのだとわかったから。
「好きなんです」
誰かのことを好きになるなんて、絶対にないと思っていた。もし仮に好きになったとしても、自分の気持ちを相手に伝えることは絶対にないだろうと思っていた。
この人と出会って、すべてが変わった。はじめて伝えたいと思った。それだけではなく、もっと、もっと、と望んでしまっている。
へぇ、そうなんだ、という一言で受け流してくれる、決して深入りをしない彼のやさしさが好ましかった。一緒にいると楽だった。けれど、今なら違うとわかる。あれは本当にどうでもよかったからなのだ、と。
彼にとっての、どうでもよくない人間になりたい。
表面上だけでも優しくしてもらえたら十分だったはずなのに、馬鹿みたいに欲張りになってしまった。
この人の一番になりたい。そんなあさましい欲望を抱いたのは、生まれてはじめてのことだった。
「それで」
すべてを見透かすような瞳を見つめたまま、続ける。
「好きになってほしい、です」
言葉にした瞬間、息が詰まった。喉が震える。そんなことを自分が望む日が来るなんて、思いもよらなかった。苦しい。怖い。
仮に受け入れてもらえたとしても、そのあとにくる「いつか」が怖い。いつか捨てられたら。そう想像するだけで身体がすくむ。だから、そんな思いをするくらいなら、一生誰も好きにならなくていいと思ったのだ。でも、もう逃げたくない。踏み出したい。踏み出さないと、変わることはできない。
「俺はまだ子どもですけど、あなたが好きです。いつか、……いつか、大人になるから。ちゃんと、あなたに対等だと思ってもらえるような人間になるから。だから」
具体性もなにもない、子どもの駄々のようなことを言っていると、自分でもわかっていた。本当にみっともない。でも。
ぎゅっとカップを握る指先に力が入る。静かに息を吐いて、浅海はうつむきそうになっていた視線を持ち上げた。
「だから、――待っていて、ほしいです」
いつか、自分が、無条件に庇われる子どもではなくなるまで。そのときに、選んでもいいと思ってもらえるような自分になるから。
八瀬への告白というよりも、自分への宣言のようなつもりで、浅海は言った。
それで、もし、この先もまったく可能性がないと彼が言うのであれば、諦めようとも思っていた。すぐに諦めることはできないかもしれないけれど、なにも言わないままでいたよりは、きっと区切りもつく。
「浅海くんは、大学行くためにがんばってるんでしょ。それで、そのあと、どんな職種かは知らないけど、社会に出て働きたいともあたりまえに思ってるわけだ」
「それは、……そうです、けど」
「今よりもずっと浅海くんの世界は広がって、浅海くんのことを理解してくれる人間も増えるんじゃないかな。それになにより、俺と繋がってると困る場面が増えると思うよ」
今はまだ若気の至りで済んでもね、と彼が苦笑を浮かべる。逸る子供を宥める、大人としての態度。その調子のまま、だから、と八瀬は続ける。ああ、これは、きっと振られるのだろうな、と覚悟を決めた瞬間。
「浅海くんの選択を、尊重しようと思ってたんだけどな」
「え……」
予想外の台詞に、思わず小さな声がこぼれた。その浅海を真正面から見つめ、八瀬がほほえむ。苦笑の名残のある、けれど、優しげなそれ。
「大丈夫」
伸びてきた指先が、そっと前髪に触れる。くしゃりと撫でる指先は、どこまでも優しかった。この人を怖いとは、どうしても思えそうになくて。
視界の中心で、自分にとってのただただ優しい人が、柔らかく言葉を継ぐ。
「浅海くんがそれでいいなら、俺の隣でゆっくり大人になったらいい」
無理をして急いで大人になる必要はないのだというそれに、浅海はひとつ瞬いた。
「そのままでいいって、言ったでしょ」
変わらないでいてほしい、と。そう彼が言ったときの声音がよみがえって、こくりと頷く。それしかできなかったのだ。
彼が諭そうとしてくれた言葉の正しさはわかっている。それでも、今、「そのままでいい」と請け負ってことのほうが、ずっと自分にとっては幸せに思えた。
もし、本当に許されるのなら、この人の隣で大人になりたい。もっと我儘を言っていいのであれば、この人の隣で生きていきたい。
ただ、そう思った。
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