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「最近、浅海さん元気なくないですか?」
かたちだけは疑問形を取っているものの、昂輝の顔は確信に満ちている。おまけに、正直に答えるまでは逃さないと言わんばかりだ。
頼んでもいないのに、最近ずっと近くにいた幼馴染みがいないことも、根回しの一環なのだろうな。
そんなふうに推測しつつも、浅海は「そうかな」とほほえんだ。
放課後の屋上に、自分たち以外に生徒の姿はない。この調子だと、たぶん、誰も来ることはないのだろう。
少し涼しくなった風が昂輝の髪を揺らし、昂輝はひとつ溜息を吐いた。
「そうかな、じゃなくて、そうなんですって。……まぁ、その、元気があるほうがおかしいのかもしれないですけど」
「まぁ、それはそうかも」
なにせ、あんな場面を見られている相手だ。軽い調子で、浅海は笑った。
そのあとにあったことはなにも話していないけれど、昂輝のことだ。ある程度は把握しているに違いない。
――でも、だったら、元気がない理由はそれってことにしておいてくれたらいいのに。
そもそもとして、元気がないと評されるような態度を取っているつもりはないのだが。
笑っていなそうとした浅海を諫めるように、昂輝はぐっと眉を寄せた。正面からぶつかろうとする、真摯な態度。
「こんなこと言いたくないですけど、俺の知ってる浅海さんは、そんなことでそこまでやられません」
「そんなことって、俺も人間なんだけど」
「わかってますよ。わかってますけど、浅海さんがそんなふうなのは一基さんのせいですよね」
「……」
「違いますか」
あまりにもまっすぐな問いかけだったせいか、否定し損ねてしまった。いまさら違うと言い直すことは、さすがに白々しい。
沈黙を選んだ浅海に、昂輝ははっきりと言い切った。
「あの人がいたから、傷ついたんですよね」
そうなのかもしれない。他人事のように浅海は得心した。だから、自分は苦しかったのだろうか。
……でも、そうだな。あの人がいなかったら、もっとうまく割り切れたんだろうな。
あの人にあんな感情を抱いていなかったら、自分は「たいしたことはない」で済ませたはずだ。それができなかったのは、それは――。
「あの人のことが、好きなんですか」
流れた沈黙に、昂輝がこちらに手を伸ばした。かすかに震えたことを見とめた上で浅海の腕を掴む。
一度目を伏せ、そっと息を吐く。顔を上げた昂輝は、静かに話し始めた。
「今ここでこんなことを言うのはどうかと思いますけど、言わせてください。あの人は、……一応、小さいころから知ってるし、根っからの悪人だとはさすがに言いません。でも、やくざです」
やくざ。その言葉を浅海は心の内で転がした。感情を抑えたままの声が「それで」と言い募る。
「人の機微を読み取ることに長けた頭のいい人で、――だから、あなたが望む人物像も簡単に演じてみせますよ。やさしくだってふるまえる。内心がどうであれ、誰にだって。相手があなたじゃなくても、誰にでも」
「うん」
「そういう人です」
「……うん」
「そういう人なんです」
腕をつかんだまま、昂輝は迫った。
「わかってますか」
うん、と三度頷く。わかっているつもりだった。
眉間にしわを寄せたまま、昂輝が息を吐く。苛立ちを押し込もうとするときの癖だと知っていた。たぶん、すごく腹を立てている。昔の昂輝なら手が出ていてもおかしくないはずだ。
それでも、理性的に諭そうとしてくれている。紛いない誠実さとわかっているのに、昂輝の望む返事を選ぶことはできなかった。
「浅海さんは、やくざの家に生まれたことと俺は関係ないって言ってくれましたけど。あの人は違います。やくざの家に生まれて、やくざになることを決めた人です。それで、――そういう人を選ぶというのも、また違います」
「うん」
「関係がないじゃ、とおりません」
ひたとこちらを見据えたまま、昂輝は言った。
「それでも、いいんですか」
「うん」
まっすぐにその瞳を見つめ、浅海も頷いた。前にも似たようなことを言ってもらったな、と思い返しながら。
それほど昔の話ではないのに、ずっと昔のことみたいな気がするから不思議だった。多くの時間を積み重ねたわけではない。昂輝のほうが、きっと、ずっと、あの人のことを知っている。自分が知らないことは、真実、山ほどあるに違いない。
それなのに、どうして、こんなに好きになってしまったんだろう。
「最近、浅海さん元気なくないですか?」
かたちだけは疑問形を取っているものの、昂輝の顔は確信に満ちている。おまけに、正直に答えるまでは逃さないと言わんばかりだ。
頼んでもいないのに、最近ずっと近くにいた幼馴染みがいないことも、根回しの一環なのだろうな。
そんなふうに推測しつつも、浅海は「そうかな」とほほえんだ。
放課後の屋上に、自分たち以外に生徒の姿はない。この調子だと、たぶん、誰も来ることはないのだろう。
少し涼しくなった風が昂輝の髪を揺らし、昂輝はひとつ溜息を吐いた。
「そうかな、じゃなくて、そうなんですって。……まぁ、その、元気があるほうがおかしいのかもしれないですけど」
「まぁ、それはそうかも」
なにせ、あんな場面を見られている相手だ。軽い調子で、浅海は笑った。
そのあとにあったことはなにも話していないけれど、昂輝のことだ。ある程度は把握しているに違いない。
――でも、だったら、元気がない理由はそれってことにしておいてくれたらいいのに。
そもそもとして、元気がないと評されるような態度を取っているつもりはないのだが。
笑っていなそうとした浅海を諫めるように、昂輝はぐっと眉を寄せた。正面からぶつかろうとする、真摯な態度。
「こんなこと言いたくないですけど、俺の知ってる浅海さんは、そんなことでそこまでやられません」
「そんなことって、俺も人間なんだけど」
「わかってますよ。わかってますけど、浅海さんがそんなふうなのは一基さんのせいですよね」
「……」
「違いますか」
あまりにもまっすぐな問いかけだったせいか、否定し損ねてしまった。いまさら違うと言い直すことは、さすがに白々しい。
沈黙を選んだ浅海に、昂輝ははっきりと言い切った。
「あの人がいたから、傷ついたんですよね」
そうなのかもしれない。他人事のように浅海は得心した。だから、自分は苦しかったのだろうか。
……でも、そうだな。あの人がいなかったら、もっとうまく割り切れたんだろうな。
あの人にあんな感情を抱いていなかったら、自分は「たいしたことはない」で済ませたはずだ。それができなかったのは、それは――。
「あの人のことが、好きなんですか」
流れた沈黙に、昂輝がこちらに手を伸ばした。かすかに震えたことを見とめた上で浅海の腕を掴む。
一度目を伏せ、そっと息を吐く。顔を上げた昂輝は、静かに話し始めた。
「今ここでこんなことを言うのはどうかと思いますけど、言わせてください。あの人は、……一応、小さいころから知ってるし、根っからの悪人だとはさすがに言いません。でも、やくざです」
やくざ。その言葉を浅海は心の内で転がした。感情を抑えたままの声が「それで」と言い募る。
「人の機微を読み取ることに長けた頭のいい人で、――だから、あなたが望む人物像も簡単に演じてみせますよ。やさしくだってふるまえる。内心がどうであれ、誰にだって。相手があなたじゃなくても、誰にでも」
「うん」
「そういう人です」
「……うん」
「そういう人なんです」
腕をつかんだまま、昂輝は迫った。
「わかってますか」
うん、と三度頷く。わかっているつもりだった。
眉間にしわを寄せたまま、昂輝が息を吐く。苛立ちを押し込もうとするときの癖だと知っていた。たぶん、すごく腹を立てている。昔の昂輝なら手が出ていてもおかしくないはずだ。
それでも、理性的に諭そうとしてくれている。紛いない誠実さとわかっているのに、昂輝の望む返事を選ぶことはできなかった。
「浅海さんは、やくざの家に生まれたことと俺は関係ないって言ってくれましたけど。あの人は違います。やくざの家に生まれて、やくざになることを決めた人です。それで、――そういう人を選ぶというのも、また違います」
「うん」
「関係がないじゃ、とおりません」
ひたとこちらを見据えたまま、昂輝は言った。
「それでも、いいんですか」
「うん」
まっすぐにその瞳を見つめ、浅海も頷いた。前にも似たようなことを言ってもらったな、と思い返しながら。
それほど昔の話ではないのに、ずっと昔のことみたいな気がするから不思議だった。多くの時間を積み重ねたわけではない。昂輝のほうが、きっと、ずっと、あの人のことを知っている。自分が知らないことは、真実、山ほどあるに違いない。
それなのに、どうして、こんなに好きになってしまったんだろう。
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