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「この家にはじめて来てくれたときにも言ったよね。坊ちゃんが懐いてるなら信用できるって」
覚えている。うれしかったからだ。そのときも、この人は自分の容姿について、ほとんど言及しないでくれた。
そのことが、浅海はうれしかった。もしかすると、だから、もっと関わりたいと願うようになったのかもしれない。
まっすぐに目を見つめたまま、八瀬は「大丈夫」と言い切った。まるで、保証でもしてくれるみたいに。
「ちゃんと浅海くんには、浅海くんのなかに魅力があるよ」
「……はい」
当たり障りのない慰めの言葉なのに、ほかでもないこの人が、まっすぐに告げてくれたことが、うれしかった。
噛みしめるようにして、もう一度頷く。
「ありがとうございます」
「うん」
その一言であっさり受け止めた八瀬が、おもむろに室内を見渡した。
「それはそうとして、どうしようかな」
「なにがですか?」
「いや、寝るとこ」
この家、誰かが泊まることなんてねぇからな。続いたのは、ひとりごとに近い調子だった。いつも聞いているものより少し低く感じるこれが、普段の彼の声なのだろうか。
落ち着かない心地で見守っているうちに、ばちりと目が合った。小さく八瀬が頷く。
「いいか、俺と一緒で」
「え?」
「ん、寝るとこ。布団の予備も置いてないし。俺と一緒で大丈夫?」
きょとんと見上げてしまってから、ぶんぶんと首を振る。そんなの申し訳がないし、たぶん絶対に落ち着かない。
「いや、あの、ここで大丈夫です」
「ここって、ソファ? やめときな、身体痛くなるよ」
その誘いになんの他意もなく、気遣ってくれているだけだとわかっている。わかっているのだけれど、自分が眠れる気がしなかったのだ。
「いや、あの、本当にソファでいいです! 大丈夫です!」
「いいから、おいで。浅海くんひとり来たところで、邪魔でもなんでもないから」
それは、まぁ、一基さんのベッドは大きいのかもしれないけれど、はたしてそういう問題なのだろうか。
「あ、あの……っ」
手招くなり背を向けられて、焦って引き留める。本当に心の底から落ち着ける気がしない。
「なに?」
振り返った彼の顔には、いつもと同じ優しいほほえみが浮かんでいたのだけれど。妙な既視感を覚えて、浅海は言うつもりだったものとはべつの言葉を投げかけた。
「俺が困ってるの見て、おもしろがってます?」
「人聞きの悪い。かわいいなと思ってるだけだよ」
あの人は、と。釘を差すようだった昂輝の声が、また鼓膜によみがえった。
あの人は、優しい人なんかじゃないです。なんの目的もなしに、優しくなんてしない。
俺は、そういう意味では、浅海さんより、ずっと昔からあの人のことを知っています。
昂輝が嘘を吐いているとは思わなかった。ただ、自分の目に映る彼は、いつも優しい。ずっと求めていたものを、惜しみなく与えてもらっていると錯覚してしまうほどに。
甘やかされることが、これほどあたたかなものだなんて、自分はなにも知らなかった。
「じゃあ、……その、ちょっとだけ失礼します。邪魔だったら、あの、蹴飛ばしてくださいね?」
「なに、浅海くん、そんなに寝相悪いの?」
「言われたことはないです、けど」
おかしそうに問われて、言葉尻が小さくなる。誰かと同じベッドで眠ったという経験自体が、そう多いわけでもないのだけれど。
――でも、そういう問題でもないよな。
たとえば相手が幼馴染みだったら、こんなふうに緊張したりはきっとしない。
ぎしとスプリングが揺れて、明るい毛先が視界に飛び込んできた。地毛なのかもしれないと疑ってしまうような、どこか優しい風合い。少しも傷んでいなさそうで、指が伸びそうになる。寸前でやめたのだけれど、視線で追っていたこともふくめて気がつかれていたらしい。
なに、と囁かれて、浅海は他愛のない笑みを取り繕った。
「一基さんも、そういうかっこうするんですね」
「浅海くんは、俺が寝るときもスーツ着てるとでも思ってたの?」
「それも、そうですよね」
でも、なんだか俺には、そういった場面が想像できないような、遠い人で。あなたは、そういう存在で。後半は口にできるわけもなかったから、すべてを呑み込んで、シーツに額を擦り付けた。
この人の、匂いがする。シーツからも布団からも。そして、すぐ傍らから。幸せだと思った。
覚えている。うれしかったからだ。そのときも、この人は自分の容姿について、ほとんど言及しないでくれた。
そのことが、浅海はうれしかった。もしかすると、だから、もっと関わりたいと願うようになったのかもしれない。
まっすぐに目を見つめたまま、八瀬は「大丈夫」と言い切った。まるで、保証でもしてくれるみたいに。
「ちゃんと浅海くんには、浅海くんのなかに魅力があるよ」
「……はい」
当たり障りのない慰めの言葉なのに、ほかでもないこの人が、まっすぐに告げてくれたことが、うれしかった。
噛みしめるようにして、もう一度頷く。
「ありがとうございます」
「うん」
その一言であっさり受け止めた八瀬が、おもむろに室内を見渡した。
「それはそうとして、どうしようかな」
「なにがですか?」
「いや、寝るとこ」
この家、誰かが泊まることなんてねぇからな。続いたのは、ひとりごとに近い調子だった。いつも聞いているものより少し低く感じるこれが、普段の彼の声なのだろうか。
落ち着かない心地で見守っているうちに、ばちりと目が合った。小さく八瀬が頷く。
「いいか、俺と一緒で」
「え?」
「ん、寝るとこ。布団の予備も置いてないし。俺と一緒で大丈夫?」
きょとんと見上げてしまってから、ぶんぶんと首を振る。そんなの申し訳がないし、たぶん絶対に落ち着かない。
「いや、あの、ここで大丈夫です」
「ここって、ソファ? やめときな、身体痛くなるよ」
その誘いになんの他意もなく、気遣ってくれているだけだとわかっている。わかっているのだけれど、自分が眠れる気がしなかったのだ。
「いや、あの、本当にソファでいいです! 大丈夫です!」
「いいから、おいで。浅海くんひとり来たところで、邪魔でもなんでもないから」
それは、まぁ、一基さんのベッドは大きいのかもしれないけれど、はたしてそういう問題なのだろうか。
「あ、あの……っ」
手招くなり背を向けられて、焦って引き留める。本当に心の底から落ち着ける気がしない。
「なに?」
振り返った彼の顔には、いつもと同じ優しいほほえみが浮かんでいたのだけれど。妙な既視感を覚えて、浅海は言うつもりだったものとはべつの言葉を投げかけた。
「俺が困ってるの見て、おもしろがってます?」
「人聞きの悪い。かわいいなと思ってるだけだよ」
あの人は、と。釘を差すようだった昂輝の声が、また鼓膜によみがえった。
あの人は、優しい人なんかじゃないです。なんの目的もなしに、優しくなんてしない。
俺は、そういう意味では、浅海さんより、ずっと昔からあの人のことを知っています。
昂輝が嘘を吐いているとは思わなかった。ただ、自分の目に映る彼は、いつも優しい。ずっと求めていたものを、惜しみなく与えてもらっていると錯覚してしまうほどに。
甘やかされることが、これほどあたたかなものだなんて、自分はなにも知らなかった。
「じゃあ、……その、ちょっとだけ失礼します。邪魔だったら、あの、蹴飛ばしてくださいね?」
「なに、浅海くん、そんなに寝相悪いの?」
「言われたことはないです、けど」
おかしそうに問われて、言葉尻が小さくなる。誰かと同じベッドで眠ったという経験自体が、そう多いわけでもないのだけれど。
――でも、そういう問題でもないよな。
たとえば相手が幼馴染みだったら、こんなふうに緊張したりはきっとしない。
ぎしとスプリングが揺れて、明るい毛先が視界に飛び込んできた。地毛なのかもしれないと疑ってしまうような、どこか優しい風合い。少しも傷んでいなさそうで、指が伸びそうになる。寸前でやめたのだけれど、視線で追っていたこともふくめて気がつかれていたらしい。
なに、と囁かれて、浅海は他愛のない笑みを取り繕った。
「一基さんも、そういうかっこうするんですね」
「浅海くんは、俺が寝るときもスーツ着てるとでも思ってたの?」
「それも、そうですよね」
でも、なんだか俺には、そういった場面が想像できないような、遠い人で。あなたは、そういう存在で。後半は口にできるわけもなかったから、すべてを呑み込んで、シーツに額を擦り付けた。
この人の、匂いがする。シーツからも布団からも。そして、すぐ傍らから。幸せだと思った。
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