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――でもそれって、色恋営業ってやつじゃないのかな。
八瀬の家のキッチンに立ちながら、浅海はそんなことを考えていた。
風見がいつもさらりとかわして、ほかのバーテンにもそういうことをさせないように目を配っていたもの。
だから彼女たちも、「前の店長さんと違って話がわかる」という反応だったのではないだろうか。
――それとも、来店を催促したりとか、高い酒を入れてほしいとか、そういう直接的なことを言わなかったらセーフなのか?
そう思おうとしてみたが、そんなわけがなかった。
常連になったら連絡先を交換できる、みたいな餌をぶらつかせた時点で間違いなくアウトだろう。
でも、どちらにしても。灰汁をすくいながら、浅海は無言のまま首をひねった。
客寄せパンダの色恋営業って、最悪すぎないか。おまけに年齢も誤魔化してるわけだし。
特に年齢のほうはバレたら大変よろしくない。高校生の自分が二十二時を超えて働いている時点で、法令的には完全にアウトだ。
達昭は「バレない、バレない」と笑うだけなので、気を揉んでいるのは自分ばかりではあるのだが。
――って言っても、風見さんに余計な心配も、迷惑もかけたくないしなぁ。
恋しいは恋しいのだが、入院中で大変だろう風見を巻き込みたくはないのだ。
達昭の要領がいいのは事実なので、たぶんきっと大丈夫なのだろうとも思う。それに、たった一ヶ月のことだ。
そう自分に言い聞かせてから、ぽつりとひとりごちる。
「落ち着く……」
あのアルバイトに比べたら、八瀬の家のアルバイトなんて天国みたいなものだ。最近は忙しいのか会えないことがあって、それが少し残念ではあるのだけれど。
向こうでのことを思えば、料理を作るのも掃除をするのも、どちらもものすごく健全だし、なにより八瀬のために少しでもなるのなら、素直にやりがいがある。
――あっちのは、その、騙してるみたいで気が引けるっていうか。
まぁ、みたいもなにも、実際ちょっと騙しているわけだが。罪悪感を溜息とともに呑み込んで、コンロの火を止める。
時間を確認すると、ちょうど九時になるところだった。この調子だと、今日も八瀬は帰ってこなさそうだ。
戻ってこなければ適当に帰っていていいと言われているし、そのための合鍵も預かっている。それなのに、もう少しだけ待ってみようかなという考えが消えなかった。
「……先週も会ってないし」
二回続けてなにも言わずに帰るのはちょっと。
呟いてみたものの、言い訳めいていたかもしれない。どうしようかな、と悩んでいるうちに眉間のしわが深くなっていく。
――きっと一基さんなら、こんなことで悩まないんだろうなぁ。
対人関係でもなんでも、スマートに対処するにちがいない。だって、八瀬だ。
自分よりずっと大人で、なんでもできる、頭のいい人で、それで。
――試してみる、か。
そう囁いた彼の、いつもとは違って響いた声を、なぜか思い出してしまった。
忘れよう、と慌ててかぶりを振る。
気にするようなことじゃないし、思い出すようなことじゃない……はずだ。
それに。
「本当にからかっただけ、だったんだろうし」
向こうがなにも気にしていないのに、自分ばかりが気にしているのは、なんだかすごく馬鹿みたいに思えてしまう。でも、嫌だったわけではない。
戸惑ったし、混乱もした。恥ずかしいとも思った。でもそれだけで、嫌悪感は感じなかった。
じゃあ、「試した」結果、嫌悪感を感じないから男でも平気なのかと問われると、やっぱりよくわからない。
だって、たぶん、あれは――。
八瀬の家のキッチンに立ちながら、浅海はそんなことを考えていた。
風見がいつもさらりとかわして、ほかのバーテンにもそういうことをさせないように目を配っていたもの。
だから彼女たちも、「前の店長さんと違って話がわかる」という反応だったのではないだろうか。
――それとも、来店を催促したりとか、高い酒を入れてほしいとか、そういう直接的なことを言わなかったらセーフなのか?
そう思おうとしてみたが、そんなわけがなかった。
常連になったら連絡先を交換できる、みたいな餌をぶらつかせた時点で間違いなくアウトだろう。
でも、どちらにしても。灰汁をすくいながら、浅海は無言のまま首をひねった。
客寄せパンダの色恋営業って、最悪すぎないか。おまけに年齢も誤魔化してるわけだし。
特に年齢のほうはバレたら大変よろしくない。高校生の自分が二十二時を超えて働いている時点で、法令的には完全にアウトだ。
達昭は「バレない、バレない」と笑うだけなので、気を揉んでいるのは自分ばかりではあるのだが。
――って言っても、風見さんに余計な心配も、迷惑もかけたくないしなぁ。
恋しいは恋しいのだが、入院中で大変だろう風見を巻き込みたくはないのだ。
達昭の要領がいいのは事実なので、たぶんきっと大丈夫なのだろうとも思う。それに、たった一ヶ月のことだ。
そう自分に言い聞かせてから、ぽつりとひとりごちる。
「落ち着く……」
あのアルバイトに比べたら、八瀬の家のアルバイトなんて天国みたいなものだ。最近は忙しいのか会えないことがあって、それが少し残念ではあるのだけれど。
向こうでのことを思えば、料理を作るのも掃除をするのも、どちらもものすごく健全だし、なにより八瀬のために少しでもなるのなら、素直にやりがいがある。
――あっちのは、その、騙してるみたいで気が引けるっていうか。
まぁ、みたいもなにも、実際ちょっと騙しているわけだが。罪悪感を溜息とともに呑み込んで、コンロの火を止める。
時間を確認すると、ちょうど九時になるところだった。この調子だと、今日も八瀬は帰ってこなさそうだ。
戻ってこなければ適当に帰っていていいと言われているし、そのための合鍵も預かっている。それなのに、もう少しだけ待ってみようかなという考えが消えなかった。
「……先週も会ってないし」
二回続けてなにも言わずに帰るのはちょっと。
呟いてみたものの、言い訳めいていたかもしれない。どうしようかな、と悩んでいるうちに眉間のしわが深くなっていく。
――きっと一基さんなら、こんなことで悩まないんだろうなぁ。
対人関係でもなんでも、スマートに対処するにちがいない。だって、八瀬だ。
自分よりずっと大人で、なんでもできる、頭のいい人で、それで。
――試してみる、か。
そう囁いた彼の、いつもとは違って響いた声を、なぜか思い出してしまった。
忘れよう、と慌ててかぶりを振る。
気にするようなことじゃないし、思い出すようなことじゃない……はずだ。
それに。
「本当にからかっただけ、だったんだろうし」
向こうがなにも気にしていないのに、自分ばかりが気にしているのは、なんだかすごく馬鹿みたいに思えてしまう。でも、嫌だったわけではない。
戸惑ったし、混乱もした。恥ずかしいとも思った。でもそれだけで、嫌悪感は感じなかった。
じゃあ、「試した」結果、嫌悪感を感じないから男でも平気なのかと問われると、やっぱりよくわからない。
だって、たぶん、あれは――。
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