やさしいひと

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
15 / 46

4-3

しおりを挟む
 ――でもそれって、色恋営業ってやつじゃないのかな。

 八瀬の家のキッチンに立ちながら、浅海はそんなことを考えていた。
 風見がいつもさらりとかわして、ほかのバーテンにもそういうことをさせないように目を配っていたもの。
 だから彼女たちも、「前の店長さんと違って話がわかる」という反応だったのではないだろうか。

 ――それとも、来店を催促したりとか、高い酒を入れてほしいとか、そういう直接的なことを言わなかったらセーフなのか?

 そう思おうとしてみたが、そんなわけがなかった。
 常連になったら連絡先を交換できる、みたいな餌をぶらつかせた時点で間違いなくアウトだろう。
 でも、どちらにしても。灰汁をすくいながら、浅海は無言のまま首をひねった。
 客寄せパンダの色恋営業って、最悪すぎないか。おまけに年齢も誤魔化してるわけだし。
 特に年齢のほうはバレたら大変よろしくない。高校生の自分が二十二時を超えて働いている時点で、法令的には完全にアウトだ。
 達昭は「バレない、バレない」と笑うだけなので、気を揉んでいるのは自分ばかりではあるのだが。

 ――って言っても、風見さんに余計な心配も、迷惑もかけたくないしなぁ。

 恋しいは恋しいのだが、入院中で大変だろう風見を巻き込みたくはないのだ。
 達昭の要領がいいのは事実なので、たぶんきっと大丈夫なのだろうとも思う。それに、たった一ヶ月のことだ。
 そう自分に言い聞かせてから、ぽつりとひとりごちる。

「落ち着く……」

 あのアルバイトに比べたら、八瀬の家のアルバイトなんて天国みたいなものだ。最近は忙しいのか会えないことがあって、それが少し残念ではあるのだけれど。
 向こうでのことを思えば、料理を作るのも掃除をするのも、どちらもものすごく健全だし、なにより八瀬のために少しでもなるのなら、素直にやりがいがある。

 ――あっちのは、その、騙してるみたいで気が引けるっていうか。

 まぁ、みたいもなにも、実際ちょっと騙しているわけだが。罪悪感を溜息とともに呑み込んで、コンロの火を止める。
 時間を確認すると、ちょうど九時になるところだった。この調子だと、今日も八瀬は帰ってこなさそうだ。
 戻ってこなければ適当に帰っていていいと言われているし、そのための合鍵も預かっている。それなのに、もう少しだけ待ってみようかなという考えが消えなかった。

「……先週も会ってないし」

 二回続けてなにも言わずに帰るのはちょっと。
 呟いてみたものの、言い訳めいていたかもしれない。どうしようかな、と悩んでいるうちに眉間のしわが深くなっていく。

 ――きっと一基さんなら、こんなことで悩まないんだろうなぁ。

 対人関係でもなんでも、スマートに対処するにちがいない。だって、八瀬だ。
 自分よりずっと大人で、なんでもできる、頭のいい人で、それで。

 ――試してみる、か。

 そう囁いた彼の、いつもとは違って響いた声を、なぜか思い出してしまった。
 忘れよう、と慌ててかぶりを振る。
 気にするようなことじゃないし、思い出すようなことじゃない……はずだ。
 それに。

「本当にからかっただけ、だったんだろうし」

 向こうがなにも気にしていないのに、自分ばかりが気にしているのは、なんだかすごく馬鹿みたいに思えてしまう。でも、嫌だったわけではない。
 戸惑ったし、混乱もした。恥ずかしいとも思った。でもそれだけで、嫌悪感は感じなかった。
 じゃあ、「試した」結果、嫌悪感を感じないから男でも平気なのかと問われると、やっぱりよくわからない。
 だって、たぶん、あれは――。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【続編】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ワンコとわんわん

葉津緒
BL
あのう……俺が雑種のノラ犬って、何なんスか。 ちょっ、とりあえず書記さまは落ち着いてくださいぃぃ! 美形ワンコ書記×平凡わんわん ほのぼの全寮制学園物語、多分BL。

処理中です...