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「えっと……」
もちろん、という彼の言葉に頷いたものの、本当に自分でいいのかという疑念は残っている。
だって、どう考えてもいいとは思えない。思い切って、浅海は口火を切った。
「あの、でも、やっぱり、ちゃんとしたプロの方に頼んだほうがいいと思いますけど」
「俺、よく知らない人間に、自分の家のもの触られるの嫌なんだよね」
それも、まぁ、わからなくはないけれど。逡巡しているうちに、駄目押しで畳みかけられてしまった。
「だから、浅海くんさえよかったら。もちろんバイト代も払うし」
どうかな、と再度ほほえまれること数秒。浅海はその提案に頷いた。
押し負けた感は拭えないし、務まるのだろうかと危惧したことも事実だ。けれど、頼みごとをされること自体は好きだし、自分なんかで役に立つのならやりたいとは思う。ただ。
「俺でいいなら。でも、本当に俺でいいんですか。一基さん、俺のこともよくは知らないですよね」
「浅海くんのつくるごはんはおいしかったし、ちゃんとコミュニケーションも取れる。それで十分だよ」
「それならいいんですけど」
明瞭に不安を払拭してもらえて、肩から力が抜ける。八瀬もにこりと目元を笑ませて応えた。
「それに、あの気難しい坊ちゃんが気に入ってるってことは、つまり、そういうことかな」
「気難しいって、昂輝のことですか?」
「そう。昔から知ってるけど、あんまり友達もいなかったみたいだし」
「いい子ですよ、昂輝」
それこそ自分が言わなくても、彼なら知っているだろうけれど。迷いながらも、浅海は言い足した。
「人見知りなところはあるかもしれないですけど。――あ、だから、もしかしたらちょっと緊張してるのかも。一基さん、かっこいいから」
「浅海くんに言われたくないな。モテるでしょ」
からかうようなそれに、ぶんぶんと首を横に振る。
「そんなことないです。侑……、前に昂輝の家でお会いしたときに一緒だったんですけど、その幼馴染みのほうが昔からモテます。昂輝も人気ありますよ?」
「へぇ、坊ちゃんが」
「はい。同学年の女の子というよりは、年上からのほうが多いみたいですけど。たまに俺のクラスの子に声かけられてます」
勝手に怖がって距離を取る子がいるのも事実だが、ちょっと不良っぽい女の子にはよく構われているのだ。
照れているのか、それとも本当に嫌なのか、昂輝自身はつれない態度を崩さないのだけれど。それがまたかわいいらしい。
「そういえば、坊ちゃんよりひとつ上なんだったっけ。どこで仲良くなったの?」
「中学生のころに、ちょっとだけ荒れてた時期があって。地元のチームに入ってたことがあったんですけど。そのときに」
自分に懐いてくれている今の後輩からは想像できないほどに、あのころの昂輝は荒れていた。あまり人のことは言えないかもしれないが。
「浅海くんが?」
「高校に入ったときに抜けたんですけど、いろいろ教えてもらえて楽しかったです。今もたまに……って、まずかったですか、この話」
「どうして?」
「だって、バイトお世話になるのに」
外聞の悪い話を、ついたらたらと。口を閉ざした浅海を見つめていた八瀬が、ふっと小さく笑った。どこかおもしろがるように。
「そんなこと言ったら、俺やくざだよ?」
その言葉に、きょとんと瞳を瞬かせる。やくざ。
「そういえば、そうでしたね」
そういえばもなにも、あったものではないのだろうが、そうとしか言えなかったのだ。
そのとおりではあるし、昂輝の家で会ったときは、雰囲気のある人だなぁと思った。怖いとは思わなかったけれど。それに――。
――昂輝とはまた違った意味で、そういうふうに思えないというか。
「一基さんがいいなら、お世話になりたいです。よかった」
「それなら、俺もよかった」
にこりと頷いた八瀬が、そうだなと少し悩むようにしてから切り出した。
「とりあえず、週に一回、木曜日。家のことを片づけてもらうのと、ごはんの用意。一回あたり五千円でどう?」
もらいすぎている気がして、返事に迷ってしまった。
交通費もさしてかからないところだし、今日も来て二時間くらいしか経っていないのだ。時給換算したら高すぎる。
買ってきてくれた分は清算するから、とお礼のはずの今日も押し切られていることから鑑みて、買い物代が含まれているようにも思えない。
「もらいすぎじゃないですか?」
「そう? 一万円でもいいかなと思ってたんだけど」
まったくそうは思いませんというふうに首を傾げられるに至って、浅海は曖昧にほほえんだ。
「十分です、五千円で」
もらいすぎだとは思うが、自分が口をはさみすぎていい話でもないし、彼がそうと言う以上、見合う働きをするしかない。
でも。
――やっぱり、そんな掃除が必要な部屋には思えないけどなぁ。
もちろん、という彼の言葉に頷いたものの、本当に自分でいいのかという疑念は残っている。
だって、どう考えてもいいとは思えない。思い切って、浅海は口火を切った。
「あの、でも、やっぱり、ちゃんとしたプロの方に頼んだほうがいいと思いますけど」
「俺、よく知らない人間に、自分の家のもの触られるの嫌なんだよね」
それも、まぁ、わからなくはないけれど。逡巡しているうちに、駄目押しで畳みかけられてしまった。
「だから、浅海くんさえよかったら。もちろんバイト代も払うし」
どうかな、と再度ほほえまれること数秒。浅海はその提案に頷いた。
押し負けた感は拭えないし、務まるのだろうかと危惧したことも事実だ。けれど、頼みごとをされること自体は好きだし、自分なんかで役に立つのならやりたいとは思う。ただ。
「俺でいいなら。でも、本当に俺でいいんですか。一基さん、俺のこともよくは知らないですよね」
「浅海くんのつくるごはんはおいしかったし、ちゃんとコミュニケーションも取れる。それで十分だよ」
「それならいいんですけど」
明瞭に不安を払拭してもらえて、肩から力が抜ける。八瀬もにこりと目元を笑ませて応えた。
「それに、あの気難しい坊ちゃんが気に入ってるってことは、つまり、そういうことかな」
「気難しいって、昂輝のことですか?」
「そう。昔から知ってるけど、あんまり友達もいなかったみたいだし」
「いい子ですよ、昂輝」
それこそ自分が言わなくても、彼なら知っているだろうけれど。迷いながらも、浅海は言い足した。
「人見知りなところはあるかもしれないですけど。――あ、だから、もしかしたらちょっと緊張してるのかも。一基さん、かっこいいから」
「浅海くんに言われたくないな。モテるでしょ」
からかうようなそれに、ぶんぶんと首を横に振る。
「そんなことないです。侑……、前に昂輝の家でお会いしたときに一緒だったんですけど、その幼馴染みのほうが昔からモテます。昂輝も人気ありますよ?」
「へぇ、坊ちゃんが」
「はい。同学年の女の子というよりは、年上からのほうが多いみたいですけど。たまに俺のクラスの子に声かけられてます」
勝手に怖がって距離を取る子がいるのも事実だが、ちょっと不良っぽい女の子にはよく構われているのだ。
照れているのか、それとも本当に嫌なのか、昂輝自身はつれない態度を崩さないのだけれど。それがまたかわいいらしい。
「そういえば、坊ちゃんよりひとつ上なんだったっけ。どこで仲良くなったの?」
「中学生のころに、ちょっとだけ荒れてた時期があって。地元のチームに入ってたことがあったんですけど。そのときに」
自分に懐いてくれている今の後輩からは想像できないほどに、あのころの昂輝は荒れていた。あまり人のことは言えないかもしれないが。
「浅海くんが?」
「高校に入ったときに抜けたんですけど、いろいろ教えてもらえて楽しかったです。今もたまに……って、まずかったですか、この話」
「どうして?」
「だって、バイトお世話になるのに」
外聞の悪い話を、ついたらたらと。口を閉ざした浅海を見つめていた八瀬が、ふっと小さく笑った。どこかおもしろがるように。
「そんなこと言ったら、俺やくざだよ?」
その言葉に、きょとんと瞳を瞬かせる。やくざ。
「そういえば、そうでしたね」
そういえばもなにも、あったものではないのだろうが、そうとしか言えなかったのだ。
そのとおりではあるし、昂輝の家で会ったときは、雰囲気のある人だなぁと思った。怖いとは思わなかったけれど。それに――。
――昂輝とはまた違った意味で、そういうふうに思えないというか。
「一基さんがいいなら、お世話になりたいです。よかった」
「それなら、俺もよかった」
にこりと頷いた八瀬が、そうだなと少し悩むようにしてから切り出した。
「とりあえず、週に一回、木曜日。家のことを片づけてもらうのと、ごはんの用意。一回あたり五千円でどう?」
もらいすぎている気がして、返事に迷ってしまった。
交通費もさしてかからないところだし、今日も来て二時間くらいしか経っていないのだ。時給換算したら高すぎる。
買ってきてくれた分は清算するから、とお礼のはずの今日も押し切られていることから鑑みて、買い物代が含まれているようにも思えない。
「もらいすぎじゃないですか?」
「そう? 一万円でもいいかなと思ってたんだけど」
まったくそうは思いませんというふうに首を傾げられるに至って、浅海は曖昧にほほえんだ。
「十分です、五千円で」
もらいすぎだとは思うが、自分が口をはさみすぎていい話でもないし、彼がそうと言う以上、見合う働きをするしかない。
でも。
――やっぱり、そんな掃除が必要な部屋には思えないけどなぁ。
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