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情けは人の為ならず、とはよく言ったものだが、とどのつまり、自分の行動理念はそれに倣っているのだと思う。
「ごめんね、藤守くん。昼休みなのに運ぶの手伝ってもらっちゃって」
「ぜんぜん。というか、女の子ひとりに押し付けたやつがどうかと思うし」
浅海自身ももうひとりの担当が誰なのかは覚えていないので、本人も忘れていただけかもしれないが。
四時間目の選択授業で使っていた教材と、選択者が提出した課題ノート。ふたつをあわせれば、それなりの量になる。女子生徒ひとりで運ぶのは大変だろうと手伝いを買って出たのは、親切心というより義務感に近かった。
それだけのことで、たいした手間でもないのだ。申し訳なさそうな顔をされると、逆に申し訳ない。
職員室に向かいながら、そう応じると、彼女がふふと頬を緩めた。
「ほんと優しいよね、藤守くん。だからあの子も懐くんだろうな」
「あの子?」
「ほら。あの一年のやくざの……」
内緒話をするように潜められた声が、背後からかかった呼び声で中途半端に途切れる。
「浅海さん」
「昂輝」
振り返ると、正に今、話題に上ろうとしていた後輩が仏頂面で近づいてくるところだった。その隣には、浅海の幼馴染の姿もある。昂輝が入学してきてからは三人で昼休みを過ごすことがあたりまえになっていた。もしかして、迎えに来てくれたのかもしれない。
そう思い当たって、浅海は昂輝に断りを入れた。
「あ、ちょっと待って。これ職員室まで持っていくから」
「いい、いい! もう、すぐそこだし! ありがとね!」
言いざま、問答無用の勢いで持っていた段ボール箱を取り上げられてしまった。「やばい、絶対聞かれた」と呟いたのを最後に走り去っていく。止める間もなかった。
「えっと……」
取り残されるかたちになって、浅海はへらりと笑いかけた。
「そんなに怯えなくてもいいのにな」
「べつにどうでもいいです、そんなことは」
にべもない調子だが、いつにも増して不機嫌そうに見える。
――せっかくかわいい顔してるのになぁ。
言うと拗ねるのはわかっているから、口にはしないけれど。はじめて出会ったころの中学生だった昂輝なんて、黙っていればそれこそ美少女といった風貌だったのだ。
まぁ、そのころから性格は浅海の幼馴染みいわくの「猛獣」だったわけだが。
完全に傍観者に徹していた幼馴染の侑平に視線を向けると、諦めた顔で首を横に振られてしまった。
「こいつがおまえはどこだってうるさくて」
「うるさくなんてしてねぇ」
「屋上で待ってろって言ったのに聞かねぇから」
「おい、だから、――なんだよ、見てんじゃねぇよ」
こちらを窺っていた何人か、その言葉にぱっと目をそらした。それでも足りないというように、昂輝は睨んで周囲を威嚇している。
「昂輝」
しかたないなと浅海は、ふわふわとした茶色い頭に手を伸ばした。ぽんぽんと宥めるように撫ぜると、昂輝の顔から険が抜け落ちていく。バツの悪そうな顔。
侑平は「猛獣使い」だとか好き勝手に自分のことも評すけれど、昂輝の根が素直だというだけだと思う。
「それで、どうしたの?」
侑平の言うとおり屋上で待っていてくれたら、すぐに顔を出したのに。わざわざ呼びにくるなんて、急ぎの用事でもあったのだろうか。
「ちょっと、早く聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「やっぱり、その、……屋上行ってからでいいです」
言い淀まれて首を傾げた浅海と反対に、侑平は呆れたようにぼやいている。
「だから素直に上で待っときゃよかったのに」
「うるせぇな」
「おまえな、佐合。もうちょっと浅海に対するみたいな口の利き方できねぇの? 俺も先輩なんだけど」
「なんであんたに敬語使わなきゃならないんだ」
「仲良いな」
歩きながらもずっとやり合っているふたりを見ているうちに、そんな感想が口をついた。知り合った当初のギスギスしていた雰囲気を思えば、かわいい兄弟げんかにしか見えない。
「仲良くはないです」
「仲良くはない」
「ほら」
重なった返答を指摘すると、今度はふたり揃って黙り込む。昂輝はきらいな人間とは付き合わないし、侑平にしても本当に嫌だったら構わないだろうから、つまり、そういうことでしかない。
情けは人の為ならず、とはよく言ったものだが、とどのつまり、自分の行動理念はそれに倣っているのだと思う。
「ごめんね、藤守くん。昼休みなのに運ぶの手伝ってもらっちゃって」
「ぜんぜん。というか、女の子ひとりに押し付けたやつがどうかと思うし」
浅海自身ももうひとりの担当が誰なのかは覚えていないので、本人も忘れていただけかもしれないが。
四時間目の選択授業で使っていた教材と、選択者が提出した課題ノート。ふたつをあわせれば、それなりの量になる。女子生徒ひとりで運ぶのは大変だろうと手伝いを買って出たのは、親切心というより義務感に近かった。
それだけのことで、たいした手間でもないのだ。申し訳なさそうな顔をされると、逆に申し訳ない。
職員室に向かいながら、そう応じると、彼女がふふと頬を緩めた。
「ほんと優しいよね、藤守くん。だからあの子も懐くんだろうな」
「あの子?」
「ほら。あの一年のやくざの……」
内緒話をするように潜められた声が、背後からかかった呼び声で中途半端に途切れる。
「浅海さん」
「昂輝」
振り返ると、正に今、話題に上ろうとしていた後輩が仏頂面で近づいてくるところだった。その隣には、浅海の幼馴染の姿もある。昂輝が入学してきてからは三人で昼休みを過ごすことがあたりまえになっていた。もしかして、迎えに来てくれたのかもしれない。
そう思い当たって、浅海は昂輝に断りを入れた。
「あ、ちょっと待って。これ職員室まで持っていくから」
「いい、いい! もう、すぐそこだし! ありがとね!」
言いざま、問答無用の勢いで持っていた段ボール箱を取り上げられてしまった。「やばい、絶対聞かれた」と呟いたのを最後に走り去っていく。止める間もなかった。
「えっと……」
取り残されるかたちになって、浅海はへらりと笑いかけた。
「そんなに怯えなくてもいいのにな」
「べつにどうでもいいです、そんなことは」
にべもない調子だが、いつにも増して不機嫌そうに見える。
――せっかくかわいい顔してるのになぁ。
言うと拗ねるのはわかっているから、口にはしないけれど。はじめて出会ったころの中学生だった昂輝なんて、黙っていればそれこそ美少女といった風貌だったのだ。
まぁ、そのころから性格は浅海の幼馴染みいわくの「猛獣」だったわけだが。
完全に傍観者に徹していた幼馴染の侑平に視線を向けると、諦めた顔で首を横に振られてしまった。
「こいつがおまえはどこだってうるさくて」
「うるさくなんてしてねぇ」
「屋上で待ってろって言ったのに聞かねぇから」
「おい、だから、――なんだよ、見てんじゃねぇよ」
こちらを窺っていた何人か、その言葉にぱっと目をそらした。それでも足りないというように、昂輝は睨んで周囲を威嚇している。
「昂輝」
しかたないなと浅海は、ふわふわとした茶色い頭に手を伸ばした。ぽんぽんと宥めるように撫ぜると、昂輝の顔から険が抜け落ちていく。バツの悪そうな顔。
侑平は「猛獣使い」だとか好き勝手に自分のことも評すけれど、昂輝の根が素直だというだけだと思う。
「それで、どうしたの?」
侑平の言うとおり屋上で待っていてくれたら、すぐに顔を出したのに。わざわざ呼びにくるなんて、急ぎの用事でもあったのだろうか。
「ちょっと、早く聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「やっぱり、その、……屋上行ってからでいいです」
言い淀まれて首を傾げた浅海と反対に、侑平は呆れたようにぼやいている。
「だから素直に上で待っときゃよかったのに」
「うるせぇな」
「おまえな、佐合。もうちょっと浅海に対するみたいな口の利き方できねぇの? 俺も先輩なんだけど」
「なんであんたに敬語使わなきゃならないんだ」
「仲良いな」
歩きながらもずっとやり合っているふたりを見ているうちに、そんな感想が口をついた。知り合った当初のギスギスしていた雰囲気を思えば、かわいい兄弟げんかにしか見えない。
「仲良くはないです」
「仲良くはない」
「ほら」
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