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6:終わりと始まり 編

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「ハヤギ・リュウトの処分について、ですって?」

 仕事中に呼び止めたあたしを邪険にするでもなく、まなみさんは少し輪から離れたところで時間を割いてくれた。その腕のなかで、リュウくんは穏やかな顔で眠っているように見える。

「そうね、明言はできないけれど、余程の余罪が出てこない限りは有期刑になるのではないかしら」
「そうですか……」

 良かった、とはまなみさんの前ではさすがに言えない。けれど、良かった、とあたしは心の底から思った。リュウくんに、あんな大見得を切って、現場に踏み込んだのだ。せめてそこだけでも嘘にならなくて良かった。またお父さんと会える未来を奪わずに済んで、本当に良かった。
 これも全部、あたしのわがままだと分かってはいるけれど。
 あたしを静かに見つめていたまなみさんが、ゆっくりと口を開く。

「さっきはごめんなさいね。つい、あいつらに向かう調子で声をかけてしまって」
「え、いえ! その、全然、大丈夫です」
「まったくあいつは目敏いから嫌なのよ。年下のくせに」

 ひとり言のようにぼやいて、それから、まなみさんが微笑んだ。

「この子はしばらく保護施設に入ることになるかと思います。あちらと連絡が付き次第、引き渡すことになると思うけれど」
「あの、この子が、リュウくんは、またハヤギ・リュウトと面会することは……」
「可能よ。この子が望めば、こちらにいる間に話すことができるわ」

 断言して、まなみさんが視線を胸元に落とす。その表情は柔らかで、胸が温かくなった。

「ハヤギ・リュウトの行いは罪でも、いきなり父親がいなくなるのは可哀そうだもの。この子に罪はないわ」

 やっぱり、鬼狩りに悪い人なんていないんだ。所長たちが言うように、リュウくんの立場の子鬼を処分しようと思う人もいるのかもしれない。けれど、所長たちやまなみさんのように保護しようとしてくれる人もいる。あたしはその善を信じていたいし、もしそうでない場面に出逢ったときに、立ち向かっていける判断力と力を付けていきたい。

「あの、もう一つだけ良いですか」
「どうぞ」 
「リュウくんが罪になるようなことってないですよね」
「あら。この子はなにか法に問われるようなことをしたのかしら」

 含んだ微笑で首を傾げたまなみさんに、あたしはぶんぶんと首を横に振る。

「い、いえ!」
「そう。なら良いわ」

 満足そうに頷いて、まなみさんが言い足した。リュウくんに一度、視線を落として。

「あなたの口から伝えたいことがあるのなら、会いに来たら良いわ。紅に頼めばそのくらいの手続きはしてくれるはずよ」
「……はい。頼んでみます」

 噛みしめて、あたしはしっかりと首肯する。

「ちゃんと謝りに行って、あたしも話さないといけないんです」

 あのときのことを。そして、リュウくんの思いを。聞かなければならない。聞いて、謝ることしかできないけれど。もし、それで少しでもリュウくんの慰めになるのなら。お父さんを待つ一歩になるのなら。その手助けをしたい、と願う。あたしに許されるのなら、ではあるけれど。

「お姉ちゃん」
「え?」

 不意に聞こえた小さな声に、あたしはまなみさんの手元を凝視した。リュウ、くん? 

「待ってる」

 毛布の隙間から覗いた黒い瞳に、あたしは一瞬、息が止まりそうになった。リュウくん。

「っ、ごめ……」

 反射のように飛び出し掛けた謝罪を呑み込んで、小さな顔を覗き込む。

「リュウくん」

 今、謝ってしまって楽になるのはあたしだけだ。

「逢いに行くね、絶対。逢いに行くから。そのときにまたお話を聞かせてね」

 応えないリュウくんの背をあやすようにまなみさんが撫ぜる。毛布をすっぽりとかぶって、リュウくんはその胸に顔を埋めているみたいだった。あたしがあんな風だったのに、人間の、――鬼狩りのぬくもりに身をゆだねてくれている姿に、感情が揺らぐ。なんとかそれを整えてまなみさんを見上げる。

「起きてたわよ、この子。少し前から。駄目ねぇ、あなた。その調子じゃすぐに騙されるわよ」

 馬鹿にする風でもなく笑って、まなみさんはちらりと所長たちの方を見た。

「でも、それがあなたの良いところなのかしらね」
「……へ?」
「もし、あの馬鹿どもに何かされたら直に私に言いなさい。すぐに制裁を食らわせてやるわ。良い機会よ」

 それがもしセクハラだとかそう言った類だったらば、絶対に有り得ないだろうなぁと思いながら愛想笑いを浮かべたあたしに、まなみさんが小さく肩を竦めた。

「書類の提出日はちゃんと守るのよ、ラッキー☆フジコちゃん」

 書類。提出期限。
 その言葉に、月末が締切りだったはずの月報が結局できあがっていない事実を思い出して、あたしは思わず小さく叫んだのだった。
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