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5:鬼を狩る 編
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「ぼ、僕」
じわりと涙を浮かべたかと思うと、男の子は堰を切ったように喋り出した。
「ちょっと、外に出て見たかっただけなの。今日が初めてだったの。いつも、パパが僕が寝てから外に行くのも知ってたから。外はどんなところだろうって思ったの。それだけだったの」
こんな小さな子に、外に興味を持つなと言う方が無理な話だ。この子が、いつからこんな風にして過ごしていたのかは分からないけれど。もしかすると、生まれたころから、鬼とも人間とも隔絶された世界で、父親と二人、時を刻んでいたのだろうか。
「パパに心配させるつもりもなかったし、怒られたくなかったの」
怒られたくなんて、ないよね。どんなことよりも、肉親に叱責される怖さの方が強い。あたしも小さい頃はそうだったかもしれないな。でも。
「大丈夫だよ」
怒られるのは、心配されているからで。愛されているからで。生きているからだ。
「あとで、ちゃんと、怒られよう? それから、ごめんなさいもしよう?」
片手にクロスボウを持ったまま、男の子の身体を抱き上げる。あぁ、あの頃の瑛人と同じくらいだ。けれど、あの頃は、両手で抱き上げるのが精一杯だったっけ。本当だったら、いつか、あたしの身長なんてあっという間に追い越して。あたしを見下ろす顔があったのだろうけれど。甘えん坊で、戦隊ヒーローが大好きで、元気いっぱいで、ちょっとからかったら、すぐに拗ねていたっけ。そんなにすぐに拗ねちゃって、小学校に入ったらお友達と仲良くできるのかなと言ったあたしに、大丈夫だもん、とそう言って。歯をむき出しにして笑っていた。
瑛人はどんな男の子になっていたのだろう。あたしには成長したその顔が想像できない。いつまでも、小さくてかわいい、……守ることのできなかった、あたしの弟。
さわ、と風が吹いて、男の子の黒髪が揺れる。
倉庫に戻る最後、見上げた夜空に星が瞬いていた。きゅっとスーツの襟元を男の子の指が掴む。
もう見えないと思ったそれは、あたしの瞳にまたきれいに輝くようになった。
それは、生きているからだ。
あたしが生き残ったからだ。
生きていれば、痛みは和らぐ。そして、生きていける。どれだけつらくたって。幸せなことも、眼を逸らさなければ、きっとあるから。
あたしが、夢を見つけて生きてきたように。
それは、人間だって、鬼だって、同じはずだ。
じわりと涙を浮かべたかと思うと、男の子は堰を切ったように喋り出した。
「ちょっと、外に出て見たかっただけなの。今日が初めてだったの。いつも、パパが僕が寝てから外に行くのも知ってたから。外はどんなところだろうって思ったの。それだけだったの」
こんな小さな子に、外に興味を持つなと言う方が無理な話だ。この子が、いつからこんな風にして過ごしていたのかは分からないけれど。もしかすると、生まれたころから、鬼とも人間とも隔絶された世界で、父親と二人、時を刻んでいたのだろうか。
「パパに心配させるつもりもなかったし、怒られたくなかったの」
怒られたくなんて、ないよね。どんなことよりも、肉親に叱責される怖さの方が強い。あたしも小さい頃はそうだったかもしれないな。でも。
「大丈夫だよ」
怒られるのは、心配されているからで。愛されているからで。生きているからだ。
「あとで、ちゃんと、怒られよう? それから、ごめんなさいもしよう?」
片手にクロスボウを持ったまま、男の子の身体を抱き上げる。あぁ、あの頃の瑛人と同じくらいだ。けれど、あの頃は、両手で抱き上げるのが精一杯だったっけ。本当だったら、いつか、あたしの身長なんてあっという間に追い越して。あたしを見下ろす顔があったのだろうけれど。甘えん坊で、戦隊ヒーローが大好きで、元気いっぱいで、ちょっとからかったら、すぐに拗ねていたっけ。そんなにすぐに拗ねちゃって、小学校に入ったらお友達と仲良くできるのかなと言ったあたしに、大丈夫だもん、とそう言って。歯をむき出しにして笑っていた。
瑛人はどんな男の子になっていたのだろう。あたしには成長したその顔が想像できない。いつまでも、小さくてかわいい、……守ることのできなかった、あたしの弟。
さわ、と風が吹いて、男の子の黒髪が揺れる。
倉庫に戻る最後、見上げた夜空に星が瞬いていた。きゅっとスーツの襟元を男の子の指が掴む。
もう見えないと思ったそれは、あたしの瞳にまたきれいに輝くようになった。
それは、生きているからだ。
あたしが生き残ったからだ。
生きていれば、痛みは和らぐ。そして、生きていける。どれだけつらくたって。幸せなことも、眼を逸らさなければ、きっとあるから。
あたしが、夢を見つけて生きてきたように。
それは、人間だって、鬼だって、同じはずだ。
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