紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ

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5:鬼を狩る 編

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「こんばんは」

 あたしの声に、大きな男の子の瞳が上向く。少しくたびれているようにも見えるけれど、着ているのはよく街中で見かけるようなパーカーにハーフパンツ。足元もきちんとスニーカーを履いていた。

 ――見える部分に怪我もない。清潔さもちゃんと保たれている。と言うことは、やっぱり、この子はちゃんと大切にされているんだ。あの、「鬼」に。「お父さん」に。

「お姉さんも『鬼狩り』なの? 僕たちを狩りに来たの?」

 合った視線を逸らさないまま、男の子が呟いた。初めて聞いた声にほっとしながら、あたしはライセンスを提示した。

「特殊防衛官です。あなたとあなたのお父さんを害しに来たわけではありません」

 「鬼狩り」と言うのは、あちらさんにしたら失礼な呼称やから。絶対に使ったらあかんよ、と。教えてくれたのは桐生さんだったけれど、その通りだ。自分を「狩る」と宣言されて、気持ちの良いはずがない。
 静かに繰り返したあたしに、男の子は瞳をゆっくりと瞬かせた。幼いころの弟とよく似た、子ども特有の澄んだ瞳。

「悪い奴らだって、パパが言ってた」
「パパが?」
「捕まっちゃったら、もう僕と一緒にいれなくなるんだって」

 だから、と。男の子は目線を膝小僧に落とした。

「絶対に捕まっちゃ駄目だって」
「なんで、パパは捕まるって言ったのかな。あたしたちは、何もしてない人を捕まえたりはしないよ」

 この子は、きっと理解している。そう確信して、あたしは言い聞かせるように話しかけた。
 男の子の頭が自然に上がるまでじっと待つ。虫の羽音が耳のすぐそばで聞こえた。こんな季節だったと、ふと思った。あたしが初めて、鬼と出逢ったのは。
 男の子の顔がおもむろに上がろうとした瞬間、また倉庫の方から大きな音が響いた。男の子の身体が大きく揺れる。

「怖い」

 上がった面は、閃光を受けて真白く光っていた。白い瞳に映っているのは、恐怖だ。大切な家族を失うかもしれないと言う、それ。

 ――その瞳に宿る色を、あたしは知っている。

 人間も、鬼も、同じだ。誰かを大切に思うことも、だからこそ、その人を失うことを恐れることも。みんなみんな、同じだ。再認する。同じ。

「パパは何をしたの。パパが捕まるようなことをしたから、お姉さんはパパを殺しに来たの?」

 どう言えば良いのか分からない。特殊防衛官としてどうすれば正しいのか分からない。けれど、――せめて、目の前のこの子にとってだけでも、誠実でいたい。あの人が幼いあたしに対してそうであったように。

「あなたのパパは、悪いことをしました。でも、あたしたちはパパを害しに来たわけじゃありません。パパに改めてもらいに来ました」

 図るようにあたしを見つめていた男の子の唇が小さく動いた。
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