パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 13 ⑤

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 それはそうだろうと理屈ではわかる。自分も、ほかの誰かが似たようなことを言っていたら、そう諭すだろうとわかる。でも、自分には当てはめられないんだよ。虚勢でもなんでもなく、大丈夫だから。
 そう返す代わりに、視線を外して、おざなりに告げる。

「それこそ、向原に言われたくないんだけど。じゃあ、おまえもやめろよ。その、手っ取り早いでわざと怪我すんの」
「気になんの?」
「言っただろ。さすがに目の前で血の匂いがしたら気になる」

 これも、本当にそれだけのつもりだった、ことだった。その返事に、向原がまた少し笑った。
 
「おまえが気になるなら、やめてやってもいいけど」
「けど、なに」

 そんな妥協を見せたことは、ほとんど今までないくせに。内心でそう呆れつつ、問い返す。
 なんで、こんなことを話しているんだろう、とも思いながら。いまさらだ。放っておいたところで、なにも問題はないとわかっているのに。

 ――でも、まぁ、放っておけなかった時点で同じなんだろうな、俺も。

「簡単に触らせんな」
「……は?」

 視線が上がる。なにを考えているのかはわからなくて、けれど、真面目に言っていることだけはわかってしまった。
 どうしようもなくて、論点をずらして笑う。

「触らせんなって、茅野なんだけど」
「誰でも」

 誤魔化したかったのに、向原は誤魔化されてはくれなかった。

「一緒だろ。触らせんな」

 なにも言えないでいると、向原が繰り返した。

「触らせんな、誰にも」

 この五年のあいだに馴染むほど聞いた、静かな声。

 ――なんなんだろうな、本当に。

 なんで、そういう、反応に困るようなことばかりを言うのだろう。そっと視線を外す。
 再び流れ始めた沈黙の中で、頭に浮かぶのは、今だけだと思い切ることで箱に仕舞い続けてきた記憶の数々だった。
 ずっと気は張っていた。あたりまえだ。でも、楽しくなかったわけではない。気が緩みそうになったこともなかったわけではない。
 でも、だからこそ、期間限定のものでないといけなかった。

「向原は、さ」

 俺のなにがいいわけ、と問いかけそうになった言葉を、寸前で成瀬は呑み込んだ。
 なにを尋ねようとしているのだと我に返ったからだ。べつに、そんなこと、聞く必要などないことだ。
 自分には、なにがいいのかはさっぱりわからない。それでも、気持ち悪いくらいあの人に似たこの顔が、人の目を惹くらしいことは知っている。あるいは、もっと単純に、オメガだからかもしれない。

 ――アルファがオメガを呑もうとするのは、本能だ。

 オメガも同じだ。強いアルファを本能で欲する。強ければ強いほど、そのアルファになびかないオメガはいない。
 本来で、あったらば。
 その本来に反しているから、躍起になるのだろうか。なんでも手に入れることのできるはずの男が、思い通りにできないから。
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