パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 13 ④

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 自分が納得しない限りは、こちらがなにをどう言おうとも。篠原がどう思っていようとも、そうだ。
 口を閉ざすと、途端に医務室に沈黙が流れた。話すことはないということなのだろう。けれど、それは自分も同じだった。話せるようなことは、なにもない。
 やり場に迷った視線を手元に落として、ひとつ溜息を呑み込む。

 ――真摯に向き合ったほうがいい、か。

 引き上げるタイミングを逸しているうちに、数時間前に聞いた台詞がまた頭を過った。
 本当に、あの人は面倒なことばかりを言ってくる。そんなことをしてどうにかなるくらいのことなら、とっくに――。

「成瀬」
「なに……」

 呼びかけに、半ば反射で顔を上げた瞬間。伸びてきた指がこめかみに触れて、声が途切れた。消毒液の匂い。
 その指先が輪郭を伝って、首筋で止まる。

「次、俺も殴っていい? 顔」
「……いいもなにも」

 ぎこちない笑みを浮かべて、成瀬は否定した。触れたままの指から、自分の動揺が伝わっている気がして、落ち着かない。

「首絞められるかと思ったんだけど」
「なんでだよ」

 ふっと笑って、あっさりと向原は指を離した。

「茅野には殴らせてやったんだろ」
「殴るなんてかわいいものじゃなかった気もするけど」

 三日は首が痛かったと言うと、いいな、それ、とどこか楽しそうに向原が笑った。

「なにがいいんだよ。ちょっとは大人しくなったと思ってたのに、ぜんぜん、あいつ変わってな……」
「残るだろ」

 じっと見つめてくる瞳に押し負けた気分で、適当なことばかりを喋っていた口を閉ざす。
 その目は、苦手だ。自分が必死に取り繕っているものすべてを、引きはがしていきそうで。その下にあるものを、いったいなんだと、この男は思っているのだろう。

「べつに、なにも残ってないよ」

 張り付けていた笑みも仕舞って、溜息まじりに成瀬は応じた。

「というか、なんでもそうだろ。そのとき一瞬痛かったとしても、ぜんぶいつかは消える」

 だから、べつに、なんでもよかった。面倒極まりないものから解放されるのなら、誰とやっても。
 それだけのことのつもりだった。少なくとも、誘いに乗ろうとしたときは。

「馬鹿だよな、おまえ」

 自分が連想したことを、どこまで気づいているのか。呆れたふうに向原が笑う。

「記憶は残るんだよ。あたりまえだろ」
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