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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 13 ②
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「医務室行くつもりだったんだろ」
そういえば、中等部にいたころも、よくそうしていたのだった。
誰の目にもつきたくないのか、医務室近くの窓から出入りしていたことがあった。覚えているのは、自分もたまにしていたからだ。
「洗い流した?」
「洗い流した」
来る以前に済ませているとばかりの、おざなりな返事だった。医務室内に設置された洗面台のところにもたれたままでいるのを一瞥して、目の前の椅子を指し示す。
「じゃあ、座ったら?」
「……」
「消毒くらいするけど」
反応がないことは気にせず、成瀬は続けた。
「そもそも、なにもする気がなかったら、引き留めてないし。だから、そのくらい」
付き合った時点で、こうなることはわかっていただろうに。そう内心で呆れつつ、机に置いた救急箱から消毒液を取り出す。
――懐かしい匂いだな、なんか。
最近は、さすがにもうめったに使っていなかったけれど。手元を見たまま、座ったら、と繰り返した。
「自分でできても、人がいるなら、してもらったほうが早いし確実だろ」
根負けしたような溜息を吐いて、向原が椅子を引いた。
「変なとこで世話焼こうとするよな、おまえも」
「それこそ、向原に言われたくないんだけど」
それは、本当に。嫌味でもなんでもなく、そう思っている。焼かなくていいのに、余計な世話ばかりを人知れず焼こうとする。
そう指摘する代わりに、なんでもないように笑う。
「というか、おまえが俺のことどう思ってんのか知らないけど、目の前で血の匂いがしたら、さすがに気にする」
「へぇ」
それもまた信じる気のない、呆れた調子だった。
「まぁ、べつにいいけど。――ほら」
無言で差し出された左手に、遠慮なく消毒液をかけたが、なんの反応もなかった。
しみているだろうに。そういうところが、本当に昔からかわいげがない。
――これだろうな、血の匂いの原因。
ほとんどは細かな傷だが、甲のあたりが、少し深く切れている。消毒液を机に置いて視線を戻すと、静かな瞳と目が合った。
「なにしたら、こうなるわけ?」
「窓」
「なんで拳でいくんだよ……」
「血が出るほうが興奮するやつがいるからだろ」
人のことはなんだかんだと言うくせに、自分のことについては、向原もたいがい無頓着だ。
患部にテープを貼って、もう一度、その顔に視線を向ける。
懐かしい匂いが充満しているせいか、流れる空気まで昔に戻ったような感じがした。
将来のことなんて、まだ遠くてよくて、もっとずっと子どもでいることができたころ。
あのころは、今よりほんの少し息がしやすかった気がする。自然に笑うことも、もう少しまともにできていたかもしれない。
感慨に蓋をして、もうひとつを問いかける。
「それも?」
そういえば、中等部にいたころも、よくそうしていたのだった。
誰の目にもつきたくないのか、医務室近くの窓から出入りしていたことがあった。覚えているのは、自分もたまにしていたからだ。
「洗い流した?」
「洗い流した」
来る以前に済ませているとばかりの、おざなりな返事だった。医務室内に設置された洗面台のところにもたれたままでいるのを一瞥して、目の前の椅子を指し示す。
「じゃあ、座ったら?」
「……」
「消毒くらいするけど」
反応がないことは気にせず、成瀬は続けた。
「そもそも、なにもする気がなかったら、引き留めてないし。だから、そのくらい」
付き合った時点で、こうなることはわかっていただろうに。そう内心で呆れつつ、机に置いた救急箱から消毒液を取り出す。
――懐かしい匂いだな、なんか。
最近は、さすがにもうめったに使っていなかったけれど。手元を見たまま、座ったら、と繰り返した。
「自分でできても、人がいるなら、してもらったほうが早いし確実だろ」
根負けしたような溜息を吐いて、向原が椅子を引いた。
「変なとこで世話焼こうとするよな、おまえも」
「それこそ、向原に言われたくないんだけど」
それは、本当に。嫌味でもなんでもなく、そう思っている。焼かなくていいのに、余計な世話ばかりを人知れず焼こうとする。
そう指摘する代わりに、なんでもないように笑う。
「というか、おまえが俺のことどう思ってんのか知らないけど、目の前で血の匂いがしたら、さすがに気にする」
「へぇ」
それもまた信じる気のない、呆れた調子だった。
「まぁ、べつにいいけど。――ほら」
無言で差し出された左手に、遠慮なく消毒液をかけたが、なんの反応もなかった。
しみているだろうに。そういうところが、本当に昔からかわいげがない。
――これだろうな、血の匂いの原因。
ほとんどは細かな傷だが、甲のあたりが、少し深く切れている。消毒液を机に置いて視線を戻すと、静かな瞳と目が合った。
「なにしたら、こうなるわけ?」
「窓」
「なんで拳でいくんだよ……」
「血が出るほうが興奮するやつがいるからだろ」
人のことはなんだかんだと言うくせに、自分のことについては、向原もたいがい無頓着だ。
患部にテープを貼って、もう一度、その顔に視線を向ける。
懐かしい匂いが充満しているせいか、流れる空気まで昔に戻ったような感じがした。
将来のことなんて、まだ遠くてよくて、もっとずっと子どもでいることができたころ。
あのころは、今よりほんの少し息がしやすかった気がする。自然に笑うことも、もう少しまともにできていたかもしれない。
感慨に蓋をして、もうひとつを問いかける。
「それも?」
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