パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
314 / 484
第三部

閑話「プロローグ」⑩

しおりを挟む

**

「それはそうとして、成瀬、か」

 騒動の顛末をひととおり聞き終えたところで、茅野はそう言って溜息を吐いた。窺う視線を無視したままでいると、またひとつ新たな溜息が寮の相談室に響く。

「今言ったとおりで、本尾とおまえの喧嘩はべつにどうでもいいんだ。どうでもいいと言うと語弊はある気はするが、おまえに限って事情もなにもなくはしないだろうし。強いて言うなら、もう少し目立たない場所でやってはほしかったが」

 生徒会と風紀のもめごとの始末を押しつけられて、うちは大迷惑だ、と茅野が顔をしかめる。
 面倒をかけたという点についてのみ、悪かったな、と向原は謝罪を口にした。

「謝ってほしいわけでもないんだが」

 鼻白んだ調子で呟いた茅野が、また溜息をこぼす。

「というか、謝ってくれる気があるなら、成瀬との喧嘩のほうをどうにかしてくれ」
「だろうな」

 気疲れしているのが見て取れて、向原は小さく笑った。この数週間ほどの寮の運営は、面倒だったことだろう。
 べつに、そこまで全方位に気を回してやらなくてもいいだろうに、とは思うが。

「笑いごとか」

 それもまた、心底嫌そうな調子だった。

「もう少しくらい協力をしてやろうという気はないのか、おまえには。ただでさえ、最近は空気が浮ついているというのに。……まぁ、うちの寮はお通夜状態のままなわけだが」
「楽になっただろ、問題児がいなくなって」
「そういう問題じゃない」

 いやにはっきりと言い切ってから、茅野は重々しく口を開いた。

「前にも言ったが、やりすぎだ。そもそも、おまえ、あのとき、救護室でなにをしていた? あいつらは、気味の悪いくらいなにも言わなかったんだが」
「べつに? 生徒会の人間として、話をしてただけだ。寮内のこととは言え、さすがに目に余ったからな」
「おまえにそういった責任感があるとは思えないんだが」
「おまえこそ」

 真面目くさった顔を一瞥して、向原は笑った。

「わざと自分が不在の時間を置いただろうが」
「人聞きの悪いことを言うな。あいつらに自分を省みる時間を与えてやっていただけだ。まさかおまえがやってくるとは思わなかったからな」
「よく言う」

 いかにも、真面目で公平な寮長らしい台詞だったが、そうでないことは知っている。

「ドアも開けれたのに、開けなかっただろ」

 止めようと思えば、本当はいつでも止められた、ということも。それをしなかったのは、茅野だ。

「そんなことはないぞ」

 向原の目を見たまま、茅野ははっきりと否定してみせた。

「まぁ、先に言ったとおりで、あいつらは最後までなにも言わなかったからな。おまえの言うとおり、俺が止められるのに止めなかったのだとしても、いまさらな話ではあるが」
「……」
「どちらにしろ、闇の中だな。あいつらは言わないまま去った。おまえも言う気がない。なら、しかたがないだろう。寮長として解明しておいたほうがいいかとは思ったが」

 しかたないと言わんばかりのそれに、「よく言う」と同じ台詞を向原は繰り返した。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幸せのカタチ

杏西モジコ
BL
幼馴染の須藤祥太に想いを寄せていた唐木幸介。ある日、祥太に呼び出されると結婚の報告をされ、その長年の想いは告げる前に玉砕する。ショックのあまり、その足でやけ酒に溺れた幸介が翌朝目覚めると、そこは見知らぬ青年、福島律也の自宅だった……。 拗れた片想いになかなか決着をつけられないサラリーマンが、新しい幸せに向かうお話。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

罪人の僕にはあなたの愛を受ける資格なんてありません。

にゃーつ
BL
真っ白な病室。 まるで絵画のように美しい君はこんな色のない世界に身を置いて、何年も孤独に生きてきたんだね。 4月から研修医として国内でも有数の大病院である国本総合病院に配属された柏木諒は担当となった患者のもとへと足を運ぶ。 国の要人や著名人も多く通院するこの病院には特別室と呼ばれる部屋がいくつかあり、特別なキーカードを持っていないとそのフロアには入ることすらできない。そんな特別室の一室に入院しているのが諒の担当することになった国本奏多だった。 看護師にでも誰にでも笑顔で穏やかで優しい。そんな奏多はスタッフからの評判もよく、諒は楽な患者でラッキーだと初めは思う。担当医師から彼には気を遣ってあげてほしいと言われていたが、この青年のどこに気を遣う要素があるのかと疑問しかない。 だが、接していくうちに違和感が生まれだんだんと大きくなる。彼が異常なのだと知るのに長い時間はかからなかった。 研修医×病弱な大病院の息子

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭

ガラス玉のように

イケのタコ
BL
クール美形×平凡 成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。 親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。 とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。 圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。 スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。 ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。 三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。 しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。 三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。

アリスの苦難

浅葱 花
BL
主人公、有栖川 紘(アリスガワ ヒロ) 彼は生徒会の庶務だった。 突然壊れた日常。 全校生徒からの繰り返される”制裁” それでも彼はその事実を受け入れた。 …自分は受けるべき人間だからと。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...