パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

閑話「プロローグ」⑨

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「よくこのタイミングでのこのこと顔出せたな、おまえ」

 それが、あの夜の一件の処分が正式に下って数日後、風紀委員会室に赴いた向原に対する、本尾の第一声だった。
 声同様の面倒くさそうな顔で、珍しくたむろしている委員のいない部屋をぐるりと見渡す。

「出払ってるの見りゃわかるだろ、こっちは忙しいんだよ。おまえらの寮のどうでもいいもめごとで、うちの所属の委員を三人も減らされて」

 黙ったまま机の前まで近づいてきた向原を見上げて、いかにもうんざりと溜息を吐いてみせた。そうして、手にしていた書類を机の端に置く。

「言っとくが、俺はなにもしてないからな」
「なにもしてないわけねぇだろうが」

 だから、わざわざ顔を出してやったのだ。この数日で溜まりに溜まった苛立ちのにじんだ声に、本尾がふっと馬鹿にしたように笑った。

「ずっと追い出したがってた連中追い出したわりには、楽しくなさそうだな」
「……」
「ひどいことするよな、おまえも。あのレベルの騒動で退学なんて、はじめて聞いたぞ」
「あのレベルかどうかっていうのは、上が判断することだろ。俺はなにもしてない」
「どうだか」

 信じていない調子で一笑して、さっきの話だけどな、と本尾は切り出した。

「現場にいたのは、あいつら三人だけだったんだろ。俺もなにもやってない」
「余計なことは言ったよな」

 口ばかりでそこまでのことをするつもりはなかっただろう人間の、背を押すようなことを。
 問い質せば、「鬱陶しかったんだよ」と本尾はあっさり認めて笑った。

「似たようなことばっかり言ってるから、いいかげんこっちも聞き飽きたんだ。だから、それだけ気になるなら、確かめてみたらどうだとは言ったけどな」
「それで?」
「オメガかアルファかなんて一発でわかるだろ、とも言ったか」
「……それで?」
「あいつを引きずり込むのが難しいなら、あいつが自分から入ってくるようにしたらいいだろ、とは言ってやったけどな。かわいい一年がいるんだろって」

 かわいい一年が入ってきたとも騒いでたからな、と本尾が言う。

「まぁ、でも、それだけだ。猫かわいがりしてる幼馴染みのほうをターゲットにしてやらなかっただけ、感謝しろよ。基本的にあいつは自信過剰なんだよ。自分の名前にどれだけの力があると思ってんだ」

 自信過剰という一点において、異論はなかった。本当に腹の立つことに。

「本気で切れられても、それはそれで面倒だったからな。――でも、おまえのせいだぞ、それも」
「なにがだよ」
「あいつの思い上がり。おまえが、らしくもなく裏で至れり尽くせりフォローしてやってるから、そうなったんだろうが」

 もはや嫌悪を隠すつもりもないらしいきつい物言いに、言い返すことをやめて、小さく溜息を吐く。
 ガス抜きが足りていなかったのかもしれない、と認めざるを得なかったからだ。それに――。

 ――まぁ、べつに、そのとおりだしな。

 このままが持続するならそれでいい、と、どこか安穏とした心地でいた過去の自分に対しての苛立ちのほうが大きかった、ということもある。けれど、それ以上に、本尾の指摘はおおむね正しかった。

「あいつが特別なんじゃない。おまえがそうしただけだ」

 だから、特別なわけでも、なんでもない。そう告げてくる瞳を数秒黙ったまま見下ろしてから、「まぁ、そうかもな」という言葉を選ぶ。
 受け流しただけだ。
 そもそも、はじめから、面倒だった人間を追い出したところで手を打とうと決めていた。これ以上は、時期尚早だということも。
 そのために、どうでもいい話に付き合ってやったのだ。「とにかく」と念を押すようにして続ける。

「おまえの下は、おまえが適当になんとかしろよ。これ以上、面倒なことはしたくない」
「あいかわらず勝手だな」

 応じる声ばかりは大儀そうだったが、断られないと知っていた。そうやってずっとバランスを取ってきていたのだ。

「まぁ、いい。一線を最初に越そうとしたのは、うちのほうみたいだからな。頭に血の上った連中は、また適当に押さえといてやるよ」

 だから、と本尾は言った。

「今度また本気で一回殴らせろよ」
「またそれか」
「好きなんだよ、殴り合い」

 呆れた態度を取っても、本尾は変わらなかった。挑発するような笑みがその顔に浮かぶ。なにを言えば断らないのか知っているのは、お互いさまだとでも告げるように。

「その程度で確かめる気が起きなくなるなら、安いもんだろ」
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