290 / 484
第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 11 ⑥
しおりを挟む
そうわかっていても、不安をぬぐい切ることはできなかった。怖いという感覚が心の隅にこびりついていたからだ。
怖い人じゃない。でも、皓太は、向原に危うい側面があることを知っていた。
針が百に振れるのならいい。でも、ゼロに触れたら、そのときは。
――自分の手に収まらないなら、いっそ自分で消したほうがいいって思ってそうで、怖いんだよな。
そんなことにはならないと、信じているつもりではいるけれど。
――でも、祥くんは祥くんで、そういうことぜんぶわかった上で、知らないふりしてる気がするんだよなぁ。
なぁなぁで濁して誤魔化し続けている、というか。まぁ、実際のところはよくわからないけど。
昼間のことを思い返しながら、皓太は最上階を目指して寮の階段を上っていた。
面倒ごとは避けたいと常々思っているし、面倒な同級生の相手も本当ならしたくない。けれど、やると決めたのなら、中途半端なことをするわけにはいかない。いいかげん、そう腹を括ったのだ。
その第一歩を踏み出すために、目的の部屋のドアを叩く。そうして開いた先に向かって、皓太ははっきりと意志を告げた。
「成瀬さん」
入学してからずっと、この人に甘えたくないと思っていたのは、自分のプライドを守るためだった。でも、そのプライドよりも優先したいものが今はある。
だから、使えるものはぜんぶ使おうと決めた。向原が言っていたようなことはするつもりはないけれど、大事にしたいものがあるから、そのために。
「俺、次の会長選に出るよ。絶対ここを守るから、だからサポートしてほしい」
*
「最初に引き込んだのは俺だし、その俺が言うのもなんだとは思うけど、なんで急に言い出したの? 皓太、人前に出てなにかするの、そこまで好きじゃないだろ」
腰を落ち着けたタイミングで先に切り出されて、「まぁ、たしかに」と苦笑する。そのとおりだったからだ。本当に「俺が言うのもなんだけど」だなとは思ったけれど、それももういまさらな話だ。
「それは本当にそうなんだけど」
生徒会室以外で成瀬とふたりで話すこと自体がひさしぶりなんだな、とそんなことを思い返しながら、話す順序を立てる。
用事なんてなくても、榛名はよくここに遊びに来ていたようだけれど、意地のように自分は訪れていなかった。
そう考えると、自分の意地を解くのはいつだって榛名の存在だったのかもしれない。四谷に、榛名が風紀に連れていかれたと聞いて、この人を呼びに行ったときのように。
「水城の抑止剤になるためには、そうしたほうがいいって思った」
「水城くんを?」
「そう。ここ最近の水城を見て、ひとつ気づいたんだ。あいつがやってるのは、選別なんじゃないかなって。今の自分についてくる人間と、ついてこない人間とをふるいにかけて寄り分けてる」
だから、態度を変えて試したのだと思う。苛立っていたことも事実だろうが、それもちょうどいいと利用したのではないだろうか。
朝の通学時間帯の人目のあるところで匂わせて、噂の広がり方を観察した。ついで寮で、そうして最後に教室で。
「取り巻きの人数は減るかもしれない。でも、その代わり、水城のためならなんでもするっていう人間が残る。……もしそうなったら手段を選ばない人間も出てくるかもしれない」
「かも、じゃなくて、出てくるだろうな。実際、ろくな名前を聞かないし」
「ろくな名前?」
「皓太の言うところの、水城くんの周りに残った人間のほうね。これがまた、ものの見事に問題児ばっかりで。わかりやすいと言えば、すごくわかりやすいんだけど」
しかたないと言わんばかりの苦笑ひとつで、「ところで」と成瀬が問いかけてきた。
「なんで皓太は、水城くんが今になって寄り分けを始めたんだと思う?」
威圧的な雰囲気なんて微塵もない、変わらない優しい表情。それなのに、試されている気がした。
自分がきちんと水城と渡り合っていけるのか、どうか。少し考えてから、皓太は口火を切った。
「少し前に、榛名に、水城が普通科のベータに優しくなったっていう話を聞いたんだ」
「うん」
「そのときは、自分がベータを軽視しすぎてたことを悟って、巻き返そうとしてるのかなって思った。この学園の多数派はベータなわけで、そこを大事にしないと、票は確保できない」
「そうだな。選挙もリコールも数がものを言う」
「でも、急には無理だった」
「それも、そうだろうな。結局、信頼は積み重ねだから」
協力が必要なときだけ優しくされてもね、と続いた台詞に、そうだと思う、と頷く。優しくされて単純に喜んだベータばかりでは、なかっただろう。馬鹿にされたと感じた人間も、それなりにいたはずだ。
そのベータたちを手中に収めて票を確保することが短期間では難しいと悟って、寄り分けた少数精鋭のアルファと長期的な戦略を練り直すことに決めたのではないだろうか。
怖い人じゃない。でも、皓太は、向原に危うい側面があることを知っていた。
針が百に振れるのならいい。でも、ゼロに触れたら、そのときは。
――自分の手に収まらないなら、いっそ自分で消したほうがいいって思ってそうで、怖いんだよな。
そんなことにはならないと、信じているつもりではいるけれど。
――でも、祥くんは祥くんで、そういうことぜんぶわかった上で、知らないふりしてる気がするんだよなぁ。
なぁなぁで濁して誤魔化し続けている、というか。まぁ、実際のところはよくわからないけど。
昼間のことを思い返しながら、皓太は最上階を目指して寮の階段を上っていた。
面倒ごとは避けたいと常々思っているし、面倒な同級生の相手も本当ならしたくない。けれど、やると決めたのなら、中途半端なことをするわけにはいかない。いいかげん、そう腹を括ったのだ。
その第一歩を踏み出すために、目的の部屋のドアを叩く。そうして開いた先に向かって、皓太ははっきりと意志を告げた。
「成瀬さん」
入学してからずっと、この人に甘えたくないと思っていたのは、自分のプライドを守るためだった。でも、そのプライドよりも優先したいものが今はある。
だから、使えるものはぜんぶ使おうと決めた。向原が言っていたようなことはするつもりはないけれど、大事にしたいものがあるから、そのために。
「俺、次の会長選に出るよ。絶対ここを守るから、だからサポートしてほしい」
*
「最初に引き込んだのは俺だし、その俺が言うのもなんだとは思うけど、なんで急に言い出したの? 皓太、人前に出てなにかするの、そこまで好きじゃないだろ」
腰を落ち着けたタイミングで先に切り出されて、「まぁ、たしかに」と苦笑する。そのとおりだったからだ。本当に「俺が言うのもなんだけど」だなとは思ったけれど、それももういまさらな話だ。
「それは本当にそうなんだけど」
生徒会室以外で成瀬とふたりで話すこと自体がひさしぶりなんだな、とそんなことを思い返しながら、話す順序を立てる。
用事なんてなくても、榛名はよくここに遊びに来ていたようだけれど、意地のように自分は訪れていなかった。
そう考えると、自分の意地を解くのはいつだって榛名の存在だったのかもしれない。四谷に、榛名が風紀に連れていかれたと聞いて、この人を呼びに行ったときのように。
「水城の抑止剤になるためには、そうしたほうがいいって思った」
「水城くんを?」
「そう。ここ最近の水城を見て、ひとつ気づいたんだ。あいつがやってるのは、選別なんじゃないかなって。今の自分についてくる人間と、ついてこない人間とをふるいにかけて寄り分けてる」
だから、態度を変えて試したのだと思う。苛立っていたことも事実だろうが、それもちょうどいいと利用したのではないだろうか。
朝の通学時間帯の人目のあるところで匂わせて、噂の広がり方を観察した。ついで寮で、そうして最後に教室で。
「取り巻きの人数は減るかもしれない。でも、その代わり、水城のためならなんでもするっていう人間が残る。……もしそうなったら手段を選ばない人間も出てくるかもしれない」
「かも、じゃなくて、出てくるだろうな。実際、ろくな名前を聞かないし」
「ろくな名前?」
「皓太の言うところの、水城くんの周りに残った人間のほうね。これがまた、ものの見事に問題児ばっかりで。わかりやすいと言えば、すごくわかりやすいんだけど」
しかたないと言わんばかりの苦笑ひとつで、「ところで」と成瀬が問いかけてきた。
「なんで皓太は、水城くんが今になって寄り分けを始めたんだと思う?」
威圧的な雰囲気なんて微塵もない、変わらない優しい表情。それなのに、試されている気がした。
自分がきちんと水城と渡り合っていけるのか、どうか。少し考えてから、皓太は口火を切った。
「少し前に、榛名に、水城が普通科のベータに優しくなったっていう話を聞いたんだ」
「うん」
「そのときは、自分がベータを軽視しすぎてたことを悟って、巻き返そうとしてるのかなって思った。この学園の多数派はベータなわけで、そこを大事にしないと、票は確保できない」
「そうだな。選挙もリコールも数がものを言う」
「でも、急には無理だった」
「それも、そうだろうな。結局、信頼は積み重ねだから」
協力が必要なときだけ優しくされてもね、と続いた台詞に、そうだと思う、と頷く。優しくされて単純に喜んだベータばかりでは、なかっただろう。馬鹿にされたと感じた人間も、それなりにいたはずだ。
そのベータたちを手中に収めて票を確保することが短期間では難しいと悟って、寄り分けた少数精鋭のアルファと長期的な戦略を練り直すことに決めたのではないだろうか。
11
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
両片思いのI LOVE YOU
大波小波
BL
相沢 瑠衣(あいざわ るい)は、18歳のオメガ少年だ。
両親に家を追い出され、バイトを掛け持ちしながら毎日を何とか暮らしている。
そんなある日、大学生のアルファ青年・楠 寿士(くすのき ひさし)と出会う。
洋菓子店でミニスカサンタのコスプレで頑張っていた瑠衣から、売れ残りのクリスマスケーキを全部買ってくれた寿士。
お礼に彼のマンションまでケーキを運ぶ瑠衣だが、そのまま寿士と関係を持ってしまった。
富豪の御曹司である寿士は、一ヶ月100万円で愛人にならないか、と瑠衣に持ち掛ける。
少々性格に難ありの寿士なのだが、金銭に苦労している瑠衣は、ついつい応じてしまった……。
風紀“副”委員長はギリギリモブです
柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。
俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。
そう、“副”だ。あくまでも“副”。
だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに!
BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
双子の兄になりすまし単位を取れと言われたが、おいおい何したらこんなに嫌われんの?
いちみやりょう
BL
長男教の両親のもとに双子の弟として生まれた柊木 紫(ひいらぎ むらさき)。
遊び呆けて単位もテストも成績も最悪な双子の兄、柊木 誠(ひいらぎ まこと)の代わりに男子校で学園生活を送ることに。
けれど、誠は逆に才能なんじゃないかというくらい学校一の嫌われ者だった。
※主人公は受けです。
※主人公は品行方正ではないです。
※R -18は保険です。
感想やエール本当にありがとうございます🙇
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
真冬の痛悔
白鳩 唯斗
BL
闇を抱えた王道学園の生徒会長、東雲真冬は、完璧王子と呼ばれ、真面目に日々を送っていた。
ある日、王道転校生が訪れ、真冬の生活は狂っていく。
主人公嫌われでも無ければ、生徒会に裏切られる様な話でもありません。
むしろその逆と言いますか·····逆王道?的な感じです。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる