パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 3 ③

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「あれ、大丈夫?」

 気づかわしげな声とともに肩を叩かれて、はっとして振り返る。談話室の入り口に立っていたのは、荻原の同室者でもある美岡だった。
 廊下にまで響いていたらしく、様子を窺うように寮室から顔を覗かせている生徒の姿もある。

「あー……、うん。俺が口出したほうが、よりいっそう揉める気がして」
「あっちにもこっちにも敵ばっかりで。まぁ、谷戸が言ってるのは、八つ当たりに近い気がするけど」

 荻原が詰め寄られている内容が、「寮生委員会の強引で不公平な決定」から「ワンマンな生徒会への不満」に変わってきていることも相まって、つい苦笑いになる。

「荻原なら大丈夫だとは思うけど」

 ただ、この調子が続けば、二年生のフロア長が様子を見に来る可能性はある。それまでに収まるほうが互いのためだとは思うのだが。

 ――でも、榛名は気づいてないみたいでよかった。

 談話室から部屋が離れていることも影響しているのだろうが、さきほど確認したときに姿は見えなかった。
 居合わせていたら、騒ぎを大きくしていたにちがいない。あの同室者は、成瀬に対する批判を絶対に許さないのだ。何度小競り合いを起こしても懲りないのだから、本当に筋金入りだ。
 正直なところ、皓太は榛名ほど盲目的ではないから、谷戸たちが言うこともわからなくはないのだ。
 自分の感情としては、成瀬たちがしていることはおかしいとは思わない。けれど、同時に、あんなふうに人目のある場所で、成瀬が水城を批判するとは思っていなかった。
 いくら人目のあるところだったと言っても、あの現場をすべての人間が見ていたわけではない。見ていなかった人間が断片を切り取った情報で、「一年生相手に大人げない」、「ハルちゃんがかわいそうだ」と感じても、なんら不思議ではないと思っていたのだ。
 でも、そんなことは、成瀬だって承知していたはずで――。
 そこで、皓太は一度思考を打ち止めた。ここで考えてもしかたがない。美岡に「これ以上長引くようなら、止めに入るよ」と伝えようとしたタイミングで、「こら」と呆れた声が場に割って入ってきた。

「なにを夜遅くに騒いでるんだ。もう点呼の時間は過ぎてるぞ」
「茅野さん」

 二年生を飛び越して、寮長がお出ましになってしまった。思わず出た呼びかけに、談話室をぐるりと見渡していた茅野の視線が留まる。
 寮長の前で批判を繰り出すまでの気概はなかったらしく、きつい言葉の応酬は静まっていた。

「高藤。おまえもな、寮生委員じゃなくなった途端に、そう我関せずと静観を決め込まなくてもいいだろう。寮の治安の維持は寮生全員で努めるように」
「……すみません」
「谷戸、三ツ橋、有岡も。喧嘩をするなとまでは言わないがな。場所と時間は考えろ。それに、最近少し目につくぞ」

 すみません、と口々に謝罪の弁を述べてはいるものの、不服そうな雰囲気は誤魔化し切れていない。その態度に、茅野が小さく溜息を吐いた。

「俺に言い訳をする必要はないが、ひとつだけ言っておく。寮生委員会の決定は、正当な手続きを踏んで行っていることだ。今回のこともそうだぞ。全会一致で決定した――つまり、楓寮の寮長も自らの非は認めているということだ」
「で、でも……」
「でも、じゃない。まぁ、もっと早くに改善さえしてくれていれば、ここまでの大ごとにはならなかったんだがな。そういう意味では、寮生委員会のトップである俺にも非はあるんだろうが。それと、もうひとつ」

 そこで言葉を区切って、談話室の外から様子見をしていた寮生も含めて、茅野はひとりひとりを見渡した。

「なにも俺がハルちゃんを嫌いで、会長派の筆頭だから、という理由で、寮生委員会会長の強権を発動して楓寮を貶めたわけではないからな」
「その、……そんなふうに思っていたわけでは」
「もちろん、成瀬もな。そういう意味で、あいつはまともな生徒会長だ」

 いつものおおらかさのかけらもない厳しい物言いに、谷戸たちはすっかり委縮している。それでも、茅野は態度を変えなかった。

「おまえたちが知らないのも無理はないし、過去を知って、だからあいつを敬えとも言わんがな。おまえたちが、中等部に入学した当初から安穏とした学園生活を過ごすことができたのは、成瀬がいたからだぞ」

 今からすると信じられないかもしれないが、昔のここは荒れていたんだ。みささぎ祭の前のことだ。そんな昔語りを聞いたことを、皓太は思い出していた。
 俺たちの代をかわいそうだ、とも言っていた。

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