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第三部
パーフェクト・ワールド・エンド19 ⑥
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沈黙を勝手に了承と取った茅野がドアを開けて、入ってきていいぞと手招く。ぺこりと頭を下げて入ってきたのは、緊張した面持ちの榛名だった。
「あ……」
その榛名の視線が、出したままだった薬のところでとまる。
「そうか。おまえも服用しているんだったな。同じものか……、と、悪い。立ち入ったことを聞いた」
「いえ、興味本位で尋ねられてるわけじゃないって、わかってるんで。あの、ちょっと触ってもいいですか」
断りを入れた榛名が、薬を手に取る。まじまじと見つめている様子が気になったのか、茅野もひょいとその手元を覗きこんでいる。
「どうかしたのか?」
「あ……、えっと、俺も軽いやつじゃないんですけど、これ、もっときつい薬なんじゃないかなって。前に一回病院で見せてもらったことがあるんです」
「病院で?」
「はい、その、今服用している薬が効かなくなった場合、強いものや違う種類に変えて様子を見ていくんですけど、これは最終手段だ、みたいな感じで聞いたような気がして……。あ、違うかもしれないですけど」
取ってつけた弁明が、事実なのだろうということを告げていた。ちらりとこちらを見た茅野が、深刻にならない調子で再び問いかける。
「ちなみに、それは服薬する量で効き目が変わったりするものなのか?」
「え?」
「いや、……あいつが馬鹿みたいに飲んでいたから、ちょっと気になってな」
「そうですか」
手にしていた薬を見つめてから、榛名が顔を上げた。どう伝えるのが最良なのか悩んでいるふうに、ゆっくりと話し始める。
「質問の答えになってないかもしれないですけど、前提として、俺は処方された以上の薬を飲んだことはないです。けど、それでも副作用はあります。頭痛、吐き気。そういったものを、俺はずっと抱えていました。たぶん、成瀬さんも」
「そうか」
「……成瀬さんは、だから俺に、『つがいをつくったらいい』って言ってくれたけど。それだけ、きついんです。でも、服用さえすれば、なんとかベータとして生きていくことができる。だから俺たちは飲むんです。でも」
「でも?」
「風邪薬を大量に飲んでも治らないですよね? 症状がマシになるわけでもないですよね。抑制剤もそれと一緒です。必要以上の量を飲んだところで、効果が変わるわけがない」
そこで、榛名は窺うように言葉を切った。
「そんなこと、成瀬さんがわかっていないはずがないと思います、けど」
「まぁ、なんだ。……効かないと言っていたな」
そう言ったくせに、後輩の顔が浮かなくなると気にかかったらしい。取り成すように話を変える。
「話がしたいと言っていたのに、聞いてばかりで悪かったな。なんだった?」
「俺だってことにしてくださいって言おうと思ってきたんです」
「俺だってって」
ろくでもない提案に、茅野がわずかに言葉を詰まらせた。
「気持ちはありがたいが、無理があるだろう、いろいろと。それに、そこまでの騒ぎにはならな――」
「でも! 俺が学校出るときには、すでに噂になってました。誰か、っていうのはまだだったけど、うちの寮生じゃないかって。あることないこと言われて探られるくらいなら、俺だってことにしておいたほうが絶対」
「あのな、榛名」
「俺はもうバレてるし、まだ発情期が安定してないんだってことにしたら、なんとでも……」
それが、今まで助けてもらったことの恩返しのつもりなのだろうか。必死に言い募る調子が馬鹿らしくなって、向原は口を挟んだ。
「本尾に見られてる」
はっとしたように、榛名が振り返った。突き刺さる視線を意にも介さず、淡々と事実だけを告げる。
「だから、無意味だ」
「あ……」
その榛名の視線が、出したままだった薬のところでとまる。
「そうか。おまえも服用しているんだったな。同じものか……、と、悪い。立ち入ったことを聞いた」
「いえ、興味本位で尋ねられてるわけじゃないって、わかってるんで。あの、ちょっと触ってもいいですか」
断りを入れた榛名が、薬を手に取る。まじまじと見つめている様子が気になったのか、茅野もひょいとその手元を覗きこんでいる。
「どうかしたのか?」
「あ……、えっと、俺も軽いやつじゃないんですけど、これ、もっときつい薬なんじゃないかなって。前に一回病院で見せてもらったことがあるんです」
「病院で?」
「はい、その、今服用している薬が効かなくなった場合、強いものや違う種類に変えて様子を見ていくんですけど、これは最終手段だ、みたいな感じで聞いたような気がして……。あ、違うかもしれないですけど」
取ってつけた弁明が、事実なのだろうということを告げていた。ちらりとこちらを見た茅野が、深刻にならない調子で再び問いかける。
「ちなみに、それは服薬する量で効き目が変わったりするものなのか?」
「え?」
「いや、……あいつが馬鹿みたいに飲んでいたから、ちょっと気になってな」
「そうですか」
手にしていた薬を見つめてから、榛名が顔を上げた。どう伝えるのが最良なのか悩んでいるふうに、ゆっくりと話し始める。
「質問の答えになってないかもしれないですけど、前提として、俺は処方された以上の薬を飲んだことはないです。けど、それでも副作用はあります。頭痛、吐き気。そういったものを、俺はずっと抱えていました。たぶん、成瀬さんも」
「そうか」
「……成瀬さんは、だから俺に、『つがいをつくったらいい』って言ってくれたけど。それだけ、きついんです。でも、服用さえすれば、なんとかベータとして生きていくことができる。だから俺たちは飲むんです。でも」
「でも?」
「風邪薬を大量に飲んでも治らないですよね? 症状がマシになるわけでもないですよね。抑制剤もそれと一緒です。必要以上の量を飲んだところで、効果が変わるわけがない」
そこで、榛名は窺うように言葉を切った。
「そんなこと、成瀬さんがわかっていないはずがないと思います、けど」
「まぁ、なんだ。……効かないと言っていたな」
そう言ったくせに、後輩の顔が浮かなくなると気にかかったらしい。取り成すように話を変える。
「話がしたいと言っていたのに、聞いてばかりで悪かったな。なんだった?」
「俺だってことにしてくださいって言おうと思ってきたんです」
「俺だってって」
ろくでもない提案に、茅野がわずかに言葉を詰まらせた。
「気持ちはありがたいが、無理があるだろう、いろいろと。それに、そこまでの騒ぎにはならな――」
「でも! 俺が学校出るときには、すでに噂になってました。誰か、っていうのはまだだったけど、うちの寮生じゃないかって。あることないこと言われて探られるくらいなら、俺だってことにしておいたほうが絶対」
「あのな、榛名」
「俺はもうバレてるし、まだ発情期が安定してないんだってことにしたら、なんとでも……」
それが、今まで助けてもらったことの恩返しのつもりなのだろうか。必死に言い募る調子が馬鹿らしくなって、向原は口を挟んだ。
「本尾に見られてる」
はっとしたように、榛名が振り返った。突き刺さる視線を意にも介さず、淡々と事実だけを告げる。
「だから、無意味だ」
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