パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
207 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンド18 ④

しおりを挟む
 高藤、と妙に浮足立った声で呼ばれて、皓太は教室の入り口に目を向けた。立っていたのは二年生のフロア長だった。
 こいこいと手招かれるままに近づいて、ぺこりと頭を下げる。わざわざ昼休みにやってくるなんて、なにがあったのだろうと訝しみながら。

「お疲れさまです。なにか緊急の連絡でもあったんですか?」

 教室は適度に騒めいていて、自分たちに意識を向けているクラスメイトはあまりいなかった。それなのに、その上級生は廊下の端まで皓太を呼び寄せた。
 周囲を気にする態度に、嫌な予感がむくむくと膨れ上がる。やはり、またなにか面倒ごとだろうか。

「あの……?」
「いや、よかった。さすがにまだ一年の棟には伝わってないんだな」
「一年の棟にはって、どうしたんですか」

 そう尋ねると、ちょっとな、と上級生がさらに声を潜めた。

「三年のところで揉めたらしくて」
「三年生の?」
「そう。それで、隠しててもそのうち伝わるだろうから、中途半端な情報が拡散する前にせめて寮生委員で正確に共有しとけって。茅野先輩が」

 その言いように、昨日の希望的観測が打ち砕かれたことを皓太は悟った。
 まちがいなく関係しているのはうちの寮の人間だし、茅野がわざわざ伝達をしてくるということは――。

「向原さんですか、もしかして」
「そうなんだよ。相手は本尾先輩だったらしいんだけど、会長もいないから止められる人がいなかったらしくて、けっこうヤバかったみたい」

 俺らのところまで響いてきてたから、と苦笑気味に上級生が肩をすくめる。
 棟が離れていてよかったと内心で安堵しつつ、皓太はそっともうひとつを問いかけた。

「あの、原因って……、もしかして、このあいだのあれですか?」

 榛名の一件で退学になった三人は、全員が風紀委員会の所属だった。向原と本尾の仲が良くないことは承知しているが、より一層の火種となったことだろう。
 うーん、と言い淀むように上級生が腕を組んだ。

「まぁ、ぶっちゃけそうだと思うけど。でも、個人的な問題だって茅野先輩は強調してたから。誰かに聞かれたら、そう言っておいて。あくまでも、いつものあのふたりの喧嘩で、ちょっとヒートアップしただけだって」

 つまるところ、伝達の目的は、正確な情報共有というより、余計な尾ひれをつけさせるな、ということらしい。納得して、皓太は頷いた。

「わかりました。誰かに聞かれても、変に結び付けるなと言っておきます」
「うん、よろしく」

 ――榛名にも、黙っておいたほうがいいよな。

 クラスでも一匹狼を気取っていると聞いたから、妙な噂は仕入れてこないかもしれないけれど。もし聞かれても、なんでもないで通しておこう。そう算段していると、「あのさ」と再び上級生が話しかけてきた。

「高藤って、会長の幼馴染みなんだよな」
「そうですけど……」
「馬鹿なこと聞いてもいい?」
「いいですけど」

 馬鹿なことってなんだろう、と疑問に思いながらも、こくりと頷く。
 この学園に入学してからだけでも、成瀬のことを尋ねられた回数は数えきれないほどだ。それだけならまだしも、最上級生からは妙に目をかけられている気がするし、二年生からは気を使われている感じがあった。
 そうなりたくなかったから、彼と幼馴染みだということは秘密にしておきたかったのに、早々にバレてしまった。
 しかたがないと割り切ったので、まぁ、いいのだけれど。
 周りに人がいないことを改めて確認するようにしてから、その上級生はようやく口を開いた。

「会長って、アルファだよな」
「え?」

 予想外の問いかけに目を丸くする。第二の性に関することだ。直接本人に聞いたことはないけれど、あたりまえの認識でそう思っていた。

 ――いや、そもそも、おばさん、よく言ってるもんな。

 うちの子は優秀で、だとか、アルファだから、だとか、そんなふうなことを。そのたびに成瀬は苦笑いを浮かべていたけれど、そうであることは間違いないと思う。
 あれはただ単純に、他人にそういう話をするものではない、と思っている顔だろう。

「そう……だと思いますけど」
「そうだよな。ごめんな、変なこと聞いて」

 阿るように弁明した上級生が、実は、と種を明かした。そういうふうな噂が三年生のあいだで出ているらしい。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

上司と俺のSM関係

雫@更新不定期です
BL
タイトルの通りです。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

双子の兄になりすまし単位を取れと言われたが、おいおい何したらこんなに嫌われんの?

いちみやりょう
BL
長男教の両親のもとに双子の弟として生まれた柊木 紫(ひいらぎ むらさき)。 遊び呆けて単位もテストも成績も最悪な双子の兄、柊木 誠(ひいらぎ まこと)の代わりに男子校で学園生活を送ることに。 けれど、誠は逆に才能なんじゃないかというくらい学校一の嫌われ者だった。 ※主人公は受けです。 ※主人公は品行方正ではないです。 ※R -18は保険です。 感想やエール本当にありがとうございます🙇

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

処理中です...