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第三部
パーフェクト・ワールド・エンド18 ④
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高藤、と妙に浮足立った声で呼ばれて、皓太は教室の入り口に目を向けた。立っていたのは二年生のフロア長だった。
こいこいと手招かれるままに近づいて、ぺこりと頭を下げる。わざわざ昼休みにやってくるなんて、なにがあったのだろうと訝しみながら。
「お疲れさまです。なにか緊急の連絡でもあったんですか?」
教室は適度に騒めいていて、自分たちに意識を向けているクラスメイトはあまりいなかった。それなのに、その上級生は廊下の端まで皓太を呼び寄せた。
周囲を気にする態度に、嫌な予感がむくむくと膨れ上がる。やはり、またなにか面倒ごとだろうか。
「あの……?」
「いや、よかった。さすがにまだ一年の棟には伝わってないんだな」
「一年の棟にはって、どうしたんですか」
そう尋ねると、ちょっとな、と上級生がさらに声を潜めた。
「三年のところで揉めたらしくて」
「三年生の?」
「そう。それで、隠しててもそのうち伝わるだろうから、中途半端な情報が拡散する前にせめて寮生委員で正確に共有しとけって。茅野先輩が」
その言いように、昨日の希望的観測が打ち砕かれたことを皓太は悟った。
まちがいなく関係しているのはうちの寮の人間だし、茅野がわざわざ伝達をしてくるということは――。
「向原さんですか、もしかして」
「そうなんだよ。相手は本尾先輩だったらしいんだけど、会長もいないから止められる人がいなかったらしくて、けっこうヤバかったみたい」
俺らのところまで響いてきてたから、と苦笑気味に上級生が肩をすくめる。
棟が離れていてよかったと内心で安堵しつつ、皓太はそっともうひとつを問いかけた。
「あの、原因って……、もしかして、このあいだのあれですか?」
榛名の一件で退学になった三人は、全員が風紀委員会の所属だった。向原と本尾の仲が良くないことは承知しているが、より一層の火種となったことだろう。
うーん、と言い淀むように上級生が腕を組んだ。
「まぁ、ぶっちゃけそうだと思うけど。でも、個人的な問題だって茅野先輩は強調してたから。誰かに聞かれたら、そう言っておいて。あくまでも、いつものあのふたりの喧嘩で、ちょっとヒートアップしただけだって」
つまるところ、伝達の目的は、正確な情報共有というより、余計な尾ひれをつけさせるな、ということらしい。納得して、皓太は頷いた。
「わかりました。誰かに聞かれても、変に結び付けるなと言っておきます」
「うん、よろしく」
――榛名にも、黙っておいたほうがいいよな。
クラスでも一匹狼を気取っていると聞いたから、妙な噂は仕入れてこないかもしれないけれど。もし聞かれても、なんでもないで通しておこう。そう算段していると、「あのさ」と再び上級生が話しかけてきた。
「高藤って、会長の幼馴染みなんだよな」
「そうですけど……」
「馬鹿なこと聞いてもいい?」
「いいですけど」
馬鹿なことってなんだろう、と疑問に思いながらも、こくりと頷く。
この学園に入学してからだけでも、成瀬のことを尋ねられた回数は数えきれないほどだ。それだけならまだしも、最上級生からは妙に目をかけられている気がするし、二年生からは気を使われている感じがあった。
そうなりたくなかったから、彼と幼馴染みだということは秘密にしておきたかったのに、早々にバレてしまった。
しかたがないと割り切ったので、まぁ、いいのだけれど。
周りに人がいないことを改めて確認するようにしてから、その上級生はようやく口を開いた。
「会長って、アルファだよな」
「え?」
予想外の問いかけに目を丸くする。第二の性に関することだ。直接本人に聞いたことはないけれど、あたりまえの認識でそう思っていた。
――いや、そもそも、おばさん、よく言ってるもんな。
うちの子は優秀で、だとか、アルファだから、だとか、そんなふうなことを。そのたびに成瀬は苦笑いを浮かべていたけれど、そうであることは間違いないと思う。
あれはただ単純に、他人にそういう話をするものではない、と思っている顔だろう。
「そう……だと思いますけど」
「そうだよな。ごめんな、変なこと聞いて」
阿るように弁明した上級生が、実は、と種を明かした。そういうふうな噂が三年生のあいだで出ているらしい。
こいこいと手招かれるままに近づいて、ぺこりと頭を下げる。わざわざ昼休みにやってくるなんて、なにがあったのだろうと訝しみながら。
「お疲れさまです。なにか緊急の連絡でもあったんですか?」
教室は適度に騒めいていて、自分たちに意識を向けているクラスメイトはあまりいなかった。それなのに、その上級生は廊下の端まで皓太を呼び寄せた。
周囲を気にする態度に、嫌な予感がむくむくと膨れ上がる。やはり、またなにか面倒ごとだろうか。
「あの……?」
「いや、よかった。さすがにまだ一年の棟には伝わってないんだな」
「一年の棟にはって、どうしたんですか」
そう尋ねると、ちょっとな、と上級生がさらに声を潜めた。
「三年のところで揉めたらしくて」
「三年生の?」
「そう。それで、隠しててもそのうち伝わるだろうから、中途半端な情報が拡散する前にせめて寮生委員で正確に共有しとけって。茅野先輩が」
その言いように、昨日の希望的観測が打ち砕かれたことを皓太は悟った。
まちがいなく関係しているのはうちの寮の人間だし、茅野がわざわざ伝達をしてくるということは――。
「向原さんですか、もしかして」
「そうなんだよ。相手は本尾先輩だったらしいんだけど、会長もいないから止められる人がいなかったらしくて、けっこうヤバかったみたい」
俺らのところまで響いてきてたから、と苦笑気味に上級生が肩をすくめる。
棟が離れていてよかったと内心で安堵しつつ、皓太はそっともうひとつを問いかけた。
「あの、原因って……、もしかして、このあいだのあれですか?」
榛名の一件で退学になった三人は、全員が風紀委員会の所属だった。向原と本尾の仲が良くないことは承知しているが、より一層の火種となったことだろう。
うーん、と言い淀むように上級生が腕を組んだ。
「まぁ、ぶっちゃけそうだと思うけど。でも、個人的な問題だって茅野先輩は強調してたから。誰かに聞かれたら、そう言っておいて。あくまでも、いつものあのふたりの喧嘩で、ちょっとヒートアップしただけだって」
つまるところ、伝達の目的は、正確な情報共有というより、余計な尾ひれをつけさせるな、ということらしい。納得して、皓太は頷いた。
「わかりました。誰かに聞かれても、変に結び付けるなと言っておきます」
「うん、よろしく」
――榛名にも、黙っておいたほうがいいよな。
クラスでも一匹狼を気取っていると聞いたから、妙な噂は仕入れてこないかもしれないけれど。もし聞かれても、なんでもないで通しておこう。そう算段していると、「あのさ」と再び上級生が話しかけてきた。
「高藤って、会長の幼馴染みなんだよな」
「そうですけど……」
「馬鹿なこと聞いてもいい?」
「いいですけど」
馬鹿なことってなんだろう、と疑問に思いながらも、こくりと頷く。
この学園に入学してからだけでも、成瀬のことを尋ねられた回数は数えきれないほどだ。それだけならまだしも、最上級生からは妙に目をかけられている気がするし、二年生からは気を使われている感じがあった。
そうなりたくなかったから、彼と幼馴染みだということは秘密にしておきたかったのに、早々にバレてしまった。
しかたがないと割り切ったので、まぁ、いいのだけれど。
周りに人がいないことを改めて確認するようにしてから、その上級生はようやく口を開いた。
「会長って、アルファだよな」
「え?」
予想外の問いかけに目を丸くする。第二の性に関することだ。直接本人に聞いたことはないけれど、あたりまえの認識でそう思っていた。
――いや、そもそも、おばさん、よく言ってるもんな。
うちの子は優秀で、だとか、アルファだから、だとか、そんなふうなことを。そのたびに成瀬は苦笑いを浮かべていたけれど、そうであることは間違いないと思う。
あれはただ単純に、他人にそういう話をするものではない、と思っている顔だろう。
「そう……だと思いますけど」
「そうだよな。ごめんな、変なこと聞いて」
阿るように弁明した上級生が、実は、と種を明かした。そういうふうな噂が三年生のあいだで出ているらしい。
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