パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンド16 ②

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「茅野先輩もいつもどおりの調子だったし、妙な勘ぐりはするなって注意してもいたけど。時期が時期だから」
「妙な解釈が生まれるって?」
「そういうこと。――ねぇ、怒んないでよ、榛名が会長のこと好きなのは知ってるし、俺も会長のことはふつうに好きだよ。でも、目立つ人だからこそ、嫌いだって思う人もいるし、嫌いじゃなくても、目立つ人のおもしろい噂があったら興味本位で飛びつくやつもいるんだよ」
「……」
「それだけ。榛名だって、いっぱい嫌なこと言われてきたでしょ。こういう……言い方は悪いけど、娯楽がないところだからこそ、人間関係の噂が好き勝手にいっぱい流れるの」

 わかってるでしょ、と言い諭されて、行人は渋々ながら頷いた。わかってはいる。くだらないとも心底思っているけれど。
 噂をしている連中のところを突撃して回るようなこともすべきではない。

「高藤も、榛名が知ったら怒るって思ったから言わなかったのかなぁ。俺がバラしたって知ったら怒るかなぁ」
「……」
「え、なに、その顔。どうせ、俺は高藤のことしか考えてませんよ。悪い?」
「いや、悪くないけど。今日の朝、成瀬さんいたかなって」
「……榛名は榛名で、本当、会長のことしか考えてないね。高藤マジかわいそう」

 いやそうに溜息を吐いたものの、四谷は「いなかったんじゃない?」と律義に質問に答えてくれた。

「はっきりとは覚えてないけど、榛名が気づかなかったんなら、いなかったんじゃないの?」
「そう……だよな」
「茅野先輩はいたし、あんまり気にしてなかったけど。ほら、あの人たちよく一緒にいるけど、茅野先輩の声響くから。なんとなくあの声が聞こえてると、同じ輪にいる気がしちゃってたというか」
「だよな」

 同じ相槌を行人は繰り返した。知らなかったからなにも思わなかったが、率先していつもどおりを演じていてくれたのかもしれない。
 
 ――でも、なんでいなかったんだろ。

 そんなできごとがあった翌朝に姿を見せないなんて、成瀬らしくない。

「そう言われると、副会長、じゃないや、向原先輩もいなかったような。でも、あの人はいないことも多いかって……、ちょっと、榛名、どこ行くの。もう授業始まるんだけど」

 慌てた声と同時に伸びてきた手が、制服の裾を掴む。立ち上がったまま、行人は視線を向けた。

「授業……」
「そう。もうチャイム鳴るし、どうしたの」
「いや、……成瀬さんのところ行こうかなと思ったんだけど」

 言葉にしているうちに感情が落ち着いてきて、椅子に座り直す。ほっとした顔で手を離した四谷が、「なんでそういきなりなの」と呆れた調子でぼやく。

「そもそも、会長のクラスとか、三年のアルファの巣窟じゃん。茅野先輩もいるかもしれないけど、本尾先輩もいるよ。ほかにもいっぱい。むやみに近づくところじゃないでしょ」
「べつに、むやみってわけじゃ」
「寮に帰ったら会えるのに、今ここで行くのはむやみでしょ」
「……」
「それに、高藤にもだけど、会長にも迷惑かかるんじゃない?」

 こう言えば強行突破できないだろうと言われているようで、閉口する。四谷の言っていることは正しいとわかっているが、でも、なんだか無性に会いたかったのだ。顔を見て、いつもと変わらないと知って、自分が安心したかったのかもしれない。
 なにも言えないでいるうちにチャイムが鳴った。肩をぽんとひとつ叩いて四谷が自分の席に戻っていく。その背中を見送って、行人は知らず握りしめていた拳をゆっくりと解いた。手のひらには爪の痕がくっきりと残っている。
 機械的に教科書を取り出したものの、始まった授業の内容の半分も頭に入っていない気がした。四谷の話を聞いてから、いくつもの懸念がぐるぐると渦巻いている。
 たぶん、もし本当に、成瀬がアルファだったら。あるいは、自分が彼をそうだと信じたままでいたら、こんなふうには思わなかった。
 腹は立っただろうが、それでも馬鹿な噂だと一蹴したはずだ。成瀬本人も気にも留めなかっただろう。

 ――いや、そうじゃなかったとしても、あの人はなんでもない顔してるって、わかってるけど。

 そういう人だと知っているし、いつだったか茅野も言っていた。噂なんてものは、気にしたら負けだと。なんでもない顔で笑っていれば、それでいいと。
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