195 / 484
第三部
パーフェクト・ワールド・エンド16 ②
しおりを挟む
「茅野先輩もいつもどおりの調子だったし、妙な勘ぐりはするなって注意してもいたけど。時期が時期だから」
「妙な解釈が生まれるって?」
「そういうこと。――ねぇ、怒んないでよ、榛名が会長のこと好きなのは知ってるし、俺も会長のことはふつうに好きだよ。でも、目立つ人だからこそ、嫌いだって思う人もいるし、嫌いじゃなくても、目立つ人のおもしろい噂があったら興味本位で飛びつくやつもいるんだよ」
「……」
「それだけ。榛名だって、いっぱい嫌なこと言われてきたでしょ。こういう……言い方は悪いけど、娯楽がないところだからこそ、人間関係の噂が好き勝手にいっぱい流れるの」
わかってるでしょ、と言い諭されて、行人は渋々ながら頷いた。わかってはいる。くだらないとも心底思っているけれど。
噂をしている連中のところを突撃して回るようなこともすべきではない。
「高藤も、榛名が知ったら怒るって思ったから言わなかったのかなぁ。俺がバラしたって知ったら怒るかなぁ」
「……」
「え、なに、その顔。どうせ、俺は高藤のことしか考えてませんよ。悪い?」
「いや、悪くないけど。今日の朝、成瀬さんいたかなって」
「……榛名は榛名で、本当、会長のことしか考えてないね。高藤マジかわいそう」
いやそうに溜息を吐いたものの、四谷は「いなかったんじゃない?」と律義に質問に答えてくれた。
「はっきりとは覚えてないけど、榛名が気づかなかったんなら、いなかったんじゃないの?」
「そう……だよな」
「茅野先輩はいたし、あんまり気にしてなかったけど。ほら、あの人たちよく一緒にいるけど、茅野先輩の声響くから。なんとなくあの声が聞こえてると、同じ輪にいる気がしちゃってたというか」
「だよな」
同じ相槌を行人は繰り返した。知らなかったからなにも思わなかったが、率先していつもどおりを演じていてくれたのかもしれない。
――でも、なんでいなかったんだろ。
そんなできごとがあった翌朝に姿を見せないなんて、成瀬らしくない。
「そう言われると、副会長、じゃないや、向原先輩もいなかったような。でも、あの人はいないことも多いかって……、ちょっと、榛名、どこ行くの。もう授業始まるんだけど」
慌てた声と同時に伸びてきた手が、制服の裾を掴む。立ち上がったまま、行人は視線を向けた。
「授業……」
「そう。もうチャイム鳴るし、どうしたの」
「いや、……成瀬さんのところ行こうかなと思ったんだけど」
言葉にしているうちに感情が落ち着いてきて、椅子に座り直す。ほっとした顔で手を離した四谷が、「なんでそういきなりなの」と呆れた調子でぼやく。
「そもそも、会長のクラスとか、三年のアルファの巣窟じゃん。茅野先輩もいるかもしれないけど、本尾先輩もいるよ。ほかにもいっぱい。むやみに近づくところじゃないでしょ」
「べつに、むやみってわけじゃ」
「寮に帰ったら会えるのに、今ここで行くのはむやみでしょ」
「……」
「それに、高藤にもだけど、会長にも迷惑かかるんじゃない?」
こう言えば強行突破できないだろうと言われているようで、閉口する。四谷の言っていることは正しいとわかっているが、でも、なんだか無性に会いたかったのだ。顔を見て、いつもと変わらないと知って、自分が安心したかったのかもしれない。
なにも言えないでいるうちにチャイムが鳴った。肩をぽんとひとつ叩いて四谷が自分の席に戻っていく。その背中を見送って、行人は知らず握りしめていた拳をゆっくりと解いた。手のひらには爪の痕がくっきりと残っている。
機械的に教科書を取り出したものの、始まった授業の内容の半分も頭に入っていない気がした。四谷の話を聞いてから、いくつもの懸念がぐるぐると渦巻いている。
たぶん、もし本当に、成瀬がアルファだったら。あるいは、自分が彼をそうだと信じたままでいたら、こんなふうには思わなかった。
腹は立っただろうが、それでも馬鹿な噂だと一蹴したはずだ。成瀬本人も気にも留めなかっただろう。
――いや、そうじゃなかったとしても、あの人はなんでもない顔してるって、わかってるけど。
そういう人だと知っているし、いつだったか茅野も言っていた。噂なんてものは、気にしたら負けだと。なんでもない顔で笑っていれば、それでいいと。
「妙な解釈が生まれるって?」
「そういうこと。――ねぇ、怒んないでよ、榛名が会長のこと好きなのは知ってるし、俺も会長のことはふつうに好きだよ。でも、目立つ人だからこそ、嫌いだって思う人もいるし、嫌いじゃなくても、目立つ人のおもしろい噂があったら興味本位で飛びつくやつもいるんだよ」
「……」
「それだけ。榛名だって、いっぱい嫌なこと言われてきたでしょ。こういう……言い方は悪いけど、娯楽がないところだからこそ、人間関係の噂が好き勝手にいっぱい流れるの」
わかってるでしょ、と言い諭されて、行人は渋々ながら頷いた。わかってはいる。くだらないとも心底思っているけれど。
噂をしている連中のところを突撃して回るようなこともすべきではない。
「高藤も、榛名が知ったら怒るって思ったから言わなかったのかなぁ。俺がバラしたって知ったら怒るかなぁ」
「……」
「え、なに、その顔。どうせ、俺は高藤のことしか考えてませんよ。悪い?」
「いや、悪くないけど。今日の朝、成瀬さんいたかなって」
「……榛名は榛名で、本当、会長のことしか考えてないね。高藤マジかわいそう」
いやそうに溜息を吐いたものの、四谷は「いなかったんじゃない?」と律義に質問に答えてくれた。
「はっきりとは覚えてないけど、榛名が気づかなかったんなら、いなかったんじゃないの?」
「そう……だよな」
「茅野先輩はいたし、あんまり気にしてなかったけど。ほら、あの人たちよく一緒にいるけど、茅野先輩の声響くから。なんとなくあの声が聞こえてると、同じ輪にいる気がしちゃってたというか」
「だよな」
同じ相槌を行人は繰り返した。知らなかったからなにも思わなかったが、率先していつもどおりを演じていてくれたのかもしれない。
――でも、なんでいなかったんだろ。
そんなできごとがあった翌朝に姿を見せないなんて、成瀬らしくない。
「そう言われると、副会長、じゃないや、向原先輩もいなかったような。でも、あの人はいないことも多いかって……、ちょっと、榛名、どこ行くの。もう授業始まるんだけど」
慌てた声と同時に伸びてきた手が、制服の裾を掴む。立ち上がったまま、行人は視線を向けた。
「授業……」
「そう。もうチャイム鳴るし、どうしたの」
「いや、……成瀬さんのところ行こうかなと思ったんだけど」
言葉にしているうちに感情が落ち着いてきて、椅子に座り直す。ほっとした顔で手を離した四谷が、「なんでそういきなりなの」と呆れた調子でぼやく。
「そもそも、会長のクラスとか、三年のアルファの巣窟じゃん。茅野先輩もいるかもしれないけど、本尾先輩もいるよ。ほかにもいっぱい。むやみに近づくところじゃないでしょ」
「べつに、むやみってわけじゃ」
「寮に帰ったら会えるのに、今ここで行くのはむやみでしょ」
「……」
「それに、高藤にもだけど、会長にも迷惑かかるんじゃない?」
こう言えば強行突破できないだろうと言われているようで、閉口する。四谷の言っていることは正しいとわかっているが、でも、なんだか無性に会いたかったのだ。顔を見て、いつもと変わらないと知って、自分が安心したかったのかもしれない。
なにも言えないでいるうちにチャイムが鳴った。肩をぽんとひとつ叩いて四谷が自分の席に戻っていく。その背中を見送って、行人は知らず握りしめていた拳をゆっくりと解いた。手のひらには爪の痕がくっきりと残っている。
機械的に教科書を取り出したものの、始まった授業の内容の半分も頭に入っていない気がした。四谷の話を聞いてから、いくつもの懸念がぐるぐると渦巻いている。
たぶん、もし本当に、成瀬がアルファだったら。あるいは、自分が彼をそうだと信じたままでいたら、こんなふうには思わなかった。
腹は立っただろうが、それでも馬鹿な噂だと一蹴したはずだ。成瀬本人も気にも留めなかっただろう。
――いや、そうじゃなかったとしても、あの人はなんでもない顔してるって、わかってるけど。
そういう人だと知っているし、いつだったか茅野も言っていた。噂なんてものは、気にしたら負けだと。なんでもない顔で笑っていれば、それでいいと。
11
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説
幸せのカタチ
杏西モジコ
BL
幼馴染の須藤祥太に想いを寄せていた唐木幸介。ある日、祥太に呼び出されると結婚の報告をされ、その長年の想いは告げる前に玉砕する。ショックのあまり、その足でやけ酒に溺れた幸介が翌朝目覚めると、そこは見知らぬ青年、福島律也の自宅だった……。
拗れた片想いになかなか決着をつけられないサラリーマンが、新しい幸せに向かうお話。
ガラス玉のように
イケのタコ
BL
クール美形×平凡
成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。
親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。
とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。
圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。
スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。
ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。
三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。
しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。
三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
眺めるほうが好きなんだ
チョコキラー
BL
何事も見るからこそおもしろい。がモットーの主人公は、常におもしろいことの傍観者でありたいと願う。でも、彼からは周りを虜にする謎の色気がムンムンです!w
顔はクマがあり、前髪が長くて顔は見えにくいが、中々美形…!
そんな彼は王道をみて楽しむ側だったのに、気づけば自分が中心に!?
てな感じの巻き込まれくんでーす♪
理香は俺のカノジョじゃねえ
中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。
罪人の僕にはあなたの愛を受ける資格なんてありません。
にゃーつ
BL
真っ白な病室。
まるで絵画のように美しい君はこんな色のない世界に身を置いて、何年も孤独に生きてきたんだね。
4月から研修医として国内でも有数の大病院である国本総合病院に配属された柏木諒は担当となった患者のもとへと足を運ぶ。
国の要人や著名人も多く通院するこの病院には特別室と呼ばれる部屋がいくつかあり、特別なキーカードを持っていないとそのフロアには入ることすらできない。そんな特別室の一室に入院しているのが諒の担当することになった国本奏多だった。
看護師にでも誰にでも笑顔で穏やかで優しい。そんな奏多はスタッフからの評判もよく、諒は楽な患者でラッキーだと初めは思う。担当医師から彼には気を遣ってあげてほしいと言われていたが、この青年のどこに気を遣う要素があるのかと疑問しかない。
だが、接していくうちに違和感が生まれだんだんと大きくなる。彼が異常なのだと知るのに長い時間はかからなかった。
研修医×病弱な大病院の息子
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる