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第三部
パーフェクト・ワールド・エンド13 ②
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「薬が欲しい?」
診療時間外の電話を最後まで聞き終えた、彼の第一声がそれだった。声は至って穏やかなのに、叱られているような感覚を覚えてしまう。
居心地の悪さを抱きながらも、いつもどおりの調子で、はいと頷く。
根負けしたような溜息が響いたのは、沈黙を挟んでからだった。
「あのね、祥平くん。医者としてあたりまえの話をしたいんだけど、この薬は診療なしで渡すことはできないよ」
「それはわかってます。ただ」
「きみが自由な時間をなかなか取れないということは、僕も承知してる。だから、なにかあれば頼りなさい、とも言ったんだ。この五年――もう、六年か、そういった連絡がなかったから、安心していたんだけどね」
「すみません」
気のない謝罪にか、電話の向こうで小さな笑い声が立った。
「やっぱり、最後までなにもなしに、は無理だったか」
「大丈夫です。問題は起きてません」
「そうは言うけど、問題がなければこんな電話を寄こさないだろう、きみは。まぁ、僕は僕で勝手に責任を感じているだけだから、そこをきみがどうのこうのと思う必要はないけどね」
おざなりに、すみませんと繰り返すと、苦笑まじりの返答があった。
「きみをアルファだと偽った一件が露見すれば、僕の首も飛ぶからね」
一蓮托生ってやつだね、と軽口のように彼が言う。生じた苛立ちを押し込んで、あくまでもなんでもないように成瀬は応じた。べつに、自分が頼んだわけでも、なんでもない。
「だったら、最初からあの人のわがままなんて聞かなければよかったでしょう」
「そうだね。いくら旧知の仲だと言っても、危ない橋を渡りすぎたかもしれないな」
自分の母親と、この医者がどういう関係だったのかも知らないし、どういうわがままを通したのかも知らない。
ただ、自分の公的な身分証に記載されている第二の性がアルファであることは事実だった。
黙ったままでいると、話しかけてくる声のトーンが切り替わった。
「と、きみの罪悪感を刺激するのはこのくらいにしておいて」
「……なんですか」
「そもそも、処方した薬は、まだ十分手元に残っていないとおかしいはずなんだけど。どうだろう」
言い含めるように、言葉が続く。
「それにね。僕がきみに一度に多量の処方をしているのは、きみを信用していたからだよ」
「わかってます」
「意味のないオーバードーズはきみならしない。ちゃんと正確に管理できるってね」
「だから」
できている。問題はない。言い募ろうとした言葉の無意味さに気づいて、その先を呑み込む。電話の向こうで、また溜息を吐かれたのがわかった。向こうも隠す気はない――どころか、自分が大人に諭されることを厭っていると知っていて、やっているのだ。
苛立ってるくらいのほうが、いつものすまし顔よりかわいげがあるね、と何度か言われたことがある。
そのほうが、本音が見えるしね、とも。
「それができなくなっているというのなら、問題だ」
「わかってます」
そうだ。わかってはいる。だから、こうしてかけたくもない電話をしているのだ。
「わかってるのなら、一度うちに来なさい」
呆れた声で繰り返されて、一度黙り込む。折れてくれそうにないとわかったからだ。
「授業が終わってからでいいから。ちゃんと外出許可を取って、診察を受けに来なさい。そうでないと渡せない」
面倒だな、という感想しか持てなかった。この人に会わないといけないのも面倒だし、今のこの学園で、いつもと違う行動を取ることも面倒だ。
けれど、そうしないことには、どうにもならない。しかたないと自身に言い聞かせることで了承を告げて、通話を切る。次の瞬間にもれたのは、舌打ちだった。
面倒くさかった。お説教を聞かされることも、そんな事態を引き起こしている自分自身も、なにもかもが。
――そもそもで言えば、薬なんて飲まないに越したことはないんだよ。
昔、何度も聞いた話だった。その選択を自分が取ることはないとわかっているくせに、医者の義務だといった顔で繰り返し説いてみせる。それが正しい選択なのだと静かに主張する声が、成瀬は嫌いだった。
――薬を飲まずに済む一番簡単で、有効な手段がなにか。きみも知ってるよね。
知っているに決まっているし、だからこそ、選ぶつもりはなかった。そのこともわかっているくせに、彼は診察の隙間時間にいつもそう語りかけてきた。
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