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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅪ ①
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[11]
この学園にいるアルファが、どうしてあの匂いに気がつかないのか、ずっと疑問だった。
常に甘い匂いがしているわけではない。けれど、ふとしたときに感じることがある。あの編入生のように、あからさまではないというだけで、根本的には同じ香り。
それなのに、どうして誰にも気がつかれないと言い切れるのか、まったく理解ができなかった。
壁の向こうからは、はしゃぐような高い声が響き続けている。我慢の限界に達したように、篠原が机に突っ伏した。ぐしゃぐしゃと金髪を掻き回しながら唸る。
「部屋で耳栓するのがデフォになってるかわいそうな俺に一言」
「防音シートでも張っとけよ」
「防音シート……。意味あんのかな」
妙に真剣に検討されてしまって、向原は小さく笑った。相当やられている。
「直接文句言えばいいだろ」
「言ったら悪化するってわかって言ってるよな、おまえ。っていうか、言ってねぇわけねぇだろ。言ったよ、四月に。言いました」
意味なかったけどな、とぼやいて、壁へと恨みがましい視線を向ける。向こう側からはずっと声が聞こえていた。
連日この状態なら堪えるだろうな、とは思う。
「じゃあ録音でもしとけよ」
現実的な提案をしたつもりだったのだが、「まぁ、なぁ」という曖昧な返事があっただけだった。人が良いと言うべきか、弱腰だと言うべきか。積極的に揉めたくはない、という意思は継続中らしい。
「っつか、おまえは、なんでそのうるさいところにやってくるかな。いや、べつにくるのはいいけど。櫻寮のほうがずっと静かだろうが」
「そうかもな」
「……まぁ、いいけど」
先ほどと同じ台詞を繰り返してから、篠原が上体を起こして頬杖をついた。なんとも言いづらい顔をしている。
「でも、なんつうか、おまえがそうやってあからさまに距離取ってるの目の当たりにすると、末期だって思うわ」
「末期?」
「そうだろ。おまえ、基本的に誰にも興味ねぇから、好きも嫌いもないだろ。だから、余計な干渉を受けない場所だったら、風紀委員会室だろうが、どこでもいいわけだ」
明確に混ざった非難に、苦笑する。
「まぁ、そうかもな」
沈黙が流れると、隣の部屋からの声がより顕著になる。届きもしない舌打ちを壁に向けてから、篠原がまた呼びかけてきた。
「なぁ」
「だから、なんだよ」
「生徒会、ふつうに忙しいんだけど」
まぁ、それはそうだろうなとは思う。だからと言って、気の毒だとまではもう思わないが。
「なぁ」
「……」
「なぁって、向原」
「人手が足りないなら補充しろ。このあいだも言っただろ」
正論に、篠原が黙り込んだ。本気で自分が絆されると思っていたわけでもないのだろう。そうだよなぁ、と溜息まじりに首を振る。
この学園にいるアルファが、どうしてあの匂いに気がつかないのか、ずっと疑問だった。
常に甘い匂いがしているわけではない。けれど、ふとしたときに感じることがある。あの編入生のように、あからさまではないというだけで、根本的には同じ香り。
それなのに、どうして誰にも気がつかれないと言い切れるのか、まったく理解ができなかった。
壁の向こうからは、はしゃぐような高い声が響き続けている。我慢の限界に達したように、篠原が机に突っ伏した。ぐしゃぐしゃと金髪を掻き回しながら唸る。
「部屋で耳栓するのがデフォになってるかわいそうな俺に一言」
「防音シートでも張っとけよ」
「防音シート……。意味あんのかな」
妙に真剣に検討されてしまって、向原は小さく笑った。相当やられている。
「直接文句言えばいいだろ」
「言ったら悪化するってわかって言ってるよな、おまえ。っていうか、言ってねぇわけねぇだろ。言ったよ、四月に。言いました」
意味なかったけどな、とぼやいて、壁へと恨みがましい視線を向ける。向こう側からはずっと声が聞こえていた。
連日この状態なら堪えるだろうな、とは思う。
「じゃあ録音でもしとけよ」
現実的な提案をしたつもりだったのだが、「まぁ、なぁ」という曖昧な返事があっただけだった。人が良いと言うべきか、弱腰だと言うべきか。積極的に揉めたくはない、という意思は継続中らしい。
「っつか、おまえは、なんでそのうるさいところにやってくるかな。いや、べつにくるのはいいけど。櫻寮のほうがずっと静かだろうが」
「そうかもな」
「……まぁ、いいけど」
先ほどと同じ台詞を繰り返してから、篠原が上体を起こして頬杖をついた。なんとも言いづらい顔をしている。
「でも、なんつうか、おまえがそうやってあからさまに距離取ってるの目の当たりにすると、末期だって思うわ」
「末期?」
「そうだろ。おまえ、基本的に誰にも興味ねぇから、好きも嫌いもないだろ。だから、余計な干渉を受けない場所だったら、風紀委員会室だろうが、どこでもいいわけだ」
明確に混ざった非難に、苦笑する。
「まぁ、そうかもな」
沈黙が流れると、隣の部屋からの声がより顕著になる。届きもしない舌打ちを壁に向けてから、篠原がまた呼びかけてきた。
「なぁ」
「だから、なんだよ」
「生徒会、ふつうに忙しいんだけど」
まぁ、それはそうだろうなとは思う。だからと言って、気の毒だとまではもう思わないが。
「なぁ」
「……」
「なぁって、向原」
「人手が足りないなら補充しろ。このあいだも言っただろ」
正論に、篠原が黙り込んだ。本気で自分が絆されると思っていたわけでもないのだろう。そうだよなぁ、と溜息まじりに首を振る。
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