パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
159 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅪ ①

しおりを挟む
[11]


 この学園にいるアルファが、どうしてあの匂いに気がつかないのか、ずっと疑問だった。
 常に甘い匂いがしているわけではない。けれど、ふとしたときに感じることがある。あの編入生のように、あからさまではないというだけで、根本的には同じ香り。
 それなのに、どうして誰にも気がつかれないと言い切れるのか、まったく理解ができなかった。


 壁の向こうからは、はしゃぐような高い声が響き続けている。我慢の限界に達したように、篠原が机に突っ伏した。ぐしゃぐしゃと金髪を掻き回しながら唸る。

「部屋で耳栓するのがデフォになってるかわいそうな俺に一言」
「防音シートでも張っとけよ」
「防音シート……。意味あんのかな」

 妙に真剣に検討されてしまって、向原は小さく笑った。相当やられている。

「直接文句言えばいいだろ」
「言ったら悪化するってわかって言ってるよな、おまえ。っていうか、言ってねぇわけねぇだろ。言ったよ、四月に。言いました」

 意味なかったけどな、とぼやいて、壁へと恨みがましい視線を向ける。向こう側からはずっと声が聞こえていた。
 連日この状態なら堪えるだろうな、とは思う。

「じゃあ録音でもしとけよ」

 現実的な提案をしたつもりだったのだが、「まぁ、なぁ」という曖昧な返事があっただけだった。人が良いと言うべきか、弱腰だと言うべきか。積極的に揉めたくはない、という意思は継続中らしい。

「っつか、おまえは、なんでそのうるさいところにやってくるかな。いや、べつにくるのはいいけど。櫻寮のほうがずっと静かだろうが」
「そうかもな」
「……まぁ、いいけど」

 先ほどと同じ台詞を繰り返してから、篠原が上体を起こして頬杖をついた。なんとも言いづらい顔をしている。

「でも、なんつうか、おまえがそうやってあからさまに距離取ってるの目の当たりにすると、末期だって思うわ」
「末期?」
「そうだろ。おまえ、基本的に誰にも興味ねぇから、好きも嫌いもないだろ。だから、余計な干渉を受けない場所だったら、風紀委員会室だろうが、どこでもいいわけだ」

 明確に混ざった非難に、苦笑する。

「まぁ、そうかもな」

 沈黙が流れると、隣の部屋からの声がより顕著になる。届きもしない舌打ちを壁に向けてから、篠原がまた呼びかけてきた。

「なぁ」
「だから、なんだよ」
「生徒会、ふつうに忙しいんだけど」

 まぁ、それはそうだろうなとは思う。だからと言って、気の毒だとまではもう思わないが。

「なぁ」
「……」
「なぁって、向原」
「人手が足りないなら補充しろ。このあいだも言っただろ」

 正論に、篠原が黙り込んだ。本気で自分が絆されると思っていたわけでもないのだろう。そうだよなぁ、と溜息まじりに首を振る。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

上司と俺のSM関係

雫@更新不定期です
BL
タイトルの通りです。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

双子の兄になりすまし単位を取れと言われたが、おいおい何したらこんなに嫌われんの?

いちみやりょう
BL
長男教の両親のもとに双子の弟として生まれた柊木 紫(ひいらぎ むらさき)。 遊び呆けて単位もテストも成績も最悪な双子の兄、柊木 誠(ひいらぎ まこと)の代わりに男子校で学園生活を送ることに。 けれど、誠は逆に才能なんじゃないかというくらい学校一の嫌われ者だった。 ※主人公は受けです。 ※主人公は品行方正ではないです。 ※R -18は保険です。 感想やエール本当にありがとうございます🙇

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

処理中です...