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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅩ ①
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[10]
二度も言わせてしまった。
そう気がついたのは、生徒会室を出て櫻寮に戻ってからだった。
仲直りしたらどうかな、なんて。子どもの特権をフル活用した物言いで、すでに先日提案していたのだった。
そのときも笑って流されたのに、また繰り返してしまった。短期間で聞くことじゃなかったのに、頭からきれいさっぱり抜けていた。
疲れてんのかな、俺も。そう皓太は結論づけた。あいかわらず教室は「ハルちゃん」「ハルちゃん」でうるさいし、途中加入した生徒会の仕事も忙しい。寮の部屋に戻っても、榛名は妙に気にしているふうで落ち着かないし、それに――。
――いや、でも、榛名に当たる前に、気づいてよかったのかも。
自分も許容量の限界を超えそうになっていた、ということに。
強気な態度を崩さないだけで、その内面が案外と繊細だということは知っている。だからと言って、成瀬になら失言をしてもいいというわけではないけれど。
喧嘩してるわけじゃないから、と言ってほほえんだ幼馴染みの表情は、いつもと変わらないように見えた。この学園にいる大多数はなんの疑問も抱かないだろう、完璧な外面。けれど、違った。
なにがどう、とまでは言い切れなくても、そのくらいのことはわかる。物心ついたころから近くで見ている顔だ。
うんざりとした気分で、皓太は髪を掻きやった。どうにも落ち着かなかったのだ。
ふたつ上の幼馴染みは、記憶にある限り、昔からずっとあの調子だった。あの、なんでも完璧な、優しい人格者――いや、実際は、なかなかにいい性格をしているとは思うが、表面上の話だ。そういった表面がずっと変わらないのだ。
――だから、なんだろうな。
そう。だから、落ち着かない。変わりないと思っていたものに、ほころびを見つけると気になってしかたがないし、不安にもなる。
そういうものだと思うことしかできなかった。あの人にとって、自分はいくつになろうともかわいい弟でしかないだろうから。その弟に、弱いところなんて死んでも見せない。そういう人だと知っている。
どうにか切り替えて階段に足をかける。部屋に入るまでに整えておかないと、また榛名に余計なことを聞かれかねない。溜息を呑み込んで顔を上げたところで、皓太は「あ」と小さく声を漏らした。
ちょうど下りてきたところだったらしい茅野と踊り場で行き当たったのだ。
「茅野さん」
「お、なんだ。高藤。ひさしぶりだな」
変わらない態度で肩を叩かれて、なんだか妙にほっとした自分を皓太は自覚した。
「ひさしぶりというか、なんだ。おまえは生徒会のほうで忙殺されているだろうからな。気の毒に」
「あ、……いえ。まぁ、それもそうなんですけど」
「そうか、そうか。まぁ、中等部でもやっているしな、おまえは。多少は慣れているか」
「ですね」
同じ調子で頷いたつもりだったのだが、疲れがにじんでいたのかもしれない。「大変そうだな」と苦笑気味に気遣われてしまった。
「あぁ、でも、大変って言っても、成瀬さんたちほどじゃ」
「高藤」
取り繕おうとした台詞を遮った茅野が、笑いかけてくる。
「せっかくなんだ。ちょっと付き合え」
――タイプはぜんぜん違うのに、茅野さんの笑顔も有無を言わさない感が強いんだよなぁ。
むろん、タイプの違う有無を言わさない笑顔の持ち主は幼馴染みである。あの、「大丈夫です」という笑顔に勝てたためしはない。
「それで、どうなんだ。生徒会は。せっかくの機会だと思って、愚痴でも吐いていけ。どうせ、向こうでは言えていないんだろう」
おまえが言っていたことじゃないが、あの篠原が勤勉に働いているらしいからな、と続いた台詞に、皓太も、そうですね、と笑った。
茅野に連れ込まれた特別フロアは、しんと静まり返っていた。談話室にも自分たち以外に寮生の姿はない。
もともとほかの階に比べて在籍人数が少ないということもあるが、それでも、以前はもう少し人の気配があった気がする。
「まぁ、中等部とは違いますし、そもそもの人員が少ないから、大変は大変かもしれないです。おまけに、その、なんというか」
「べつに濁さなくてもいい。今の生徒会のシステムは、成瀬と向原が好き勝手に変革させた代物だからな。その片割れがいきなり投げ出したんだ。しわ寄せがひどいのは目に見えている」
あっけらかんと言い切られて、苦笑がもれる。似たようなことは、篠原も何度も言っていたが、生徒会の外側から見ても同じ認識であるらしかった。
二度も言わせてしまった。
そう気がついたのは、生徒会室を出て櫻寮に戻ってからだった。
仲直りしたらどうかな、なんて。子どもの特権をフル活用した物言いで、すでに先日提案していたのだった。
そのときも笑って流されたのに、また繰り返してしまった。短期間で聞くことじゃなかったのに、頭からきれいさっぱり抜けていた。
疲れてんのかな、俺も。そう皓太は結論づけた。あいかわらず教室は「ハルちゃん」「ハルちゃん」でうるさいし、途中加入した生徒会の仕事も忙しい。寮の部屋に戻っても、榛名は妙に気にしているふうで落ち着かないし、それに――。
――いや、でも、榛名に当たる前に、気づいてよかったのかも。
自分も許容量の限界を超えそうになっていた、ということに。
強気な態度を崩さないだけで、その内面が案外と繊細だということは知っている。だからと言って、成瀬になら失言をしてもいいというわけではないけれど。
喧嘩してるわけじゃないから、と言ってほほえんだ幼馴染みの表情は、いつもと変わらないように見えた。この学園にいる大多数はなんの疑問も抱かないだろう、完璧な外面。けれど、違った。
なにがどう、とまでは言い切れなくても、そのくらいのことはわかる。物心ついたころから近くで見ている顔だ。
うんざりとした気分で、皓太は髪を掻きやった。どうにも落ち着かなかったのだ。
ふたつ上の幼馴染みは、記憶にある限り、昔からずっとあの調子だった。あの、なんでも完璧な、優しい人格者――いや、実際は、なかなかにいい性格をしているとは思うが、表面上の話だ。そういった表面がずっと変わらないのだ。
――だから、なんだろうな。
そう。だから、落ち着かない。変わりないと思っていたものに、ほころびを見つけると気になってしかたがないし、不安にもなる。
そういうものだと思うことしかできなかった。あの人にとって、自分はいくつになろうともかわいい弟でしかないだろうから。その弟に、弱いところなんて死んでも見せない。そういう人だと知っている。
どうにか切り替えて階段に足をかける。部屋に入るまでに整えておかないと、また榛名に余計なことを聞かれかねない。溜息を呑み込んで顔を上げたところで、皓太は「あ」と小さく声を漏らした。
ちょうど下りてきたところだったらしい茅野と踊り場で行き当たったのだ。
「茅野さん」
「お、なんだ。高藤。ひさしぶりだな」
変わらない態度で肩を叩かれて、なんだか妙にほっとした自分を皓太は自覚した。
「ひさしぶりというか、なんだ。おまえは生徒会のほうで忙殺されているだろうからな。気の毒に」
「あ、……いえ。まぁ、それもそうなんですけど」
「そうか、そうか。まぁ、中等部でもやっているしな、おまえは。多少は慣れているか」
「ですね」
同じ調子で頷いたつもりだったのだが、疲れがにじんでいたのかもしれない。「大変そうだな」と苦笑気味に気遣われてしまった。
「あぁ、でも、大変って言っても、成瀬さんたちほどじゃ」
「高藤」
取り繕おうとした台詞を遮った茅野が、笑いかけてくる。
「せっかくなんだ。ちょっと付き合え」
――タイプはぜんぜん違うのに、茅野さんの笑顔も有無を言わさない感が強いんだよなぁ。
むろん、タイプの違う有無を言わさない笑顔の持ち主は幼馴染みである。あの、「大丈夫です」という笑顔に勝てたためしはない。
「それで、どうなんだ。生徒会は。せっかくの機会だと思って、愚痴でも吐いていけ。どうせ、向こうでは言えていないんだろう」
おまえが言っていたことじゃないが、あの篠原が勤勉に働いているらしいからな、と続いた台詞に、皓太も、そうですね、と笑った。
茅野に連れ込まれた特別フロアは、しんと静まり返っていた。談話室にも自分たち以外に寮生の姿はない。
もともとほかの階に比べて在籍人数が少ないということもあるが、それでも、以前はもう少し人の気配があった気がする。
「まぁ、中等部とは違いますし、そもそもの人員が少ないから、大変は大変かもしれないです。おまけに、その、なんというか」
「べつに濁さなくてもいい。今の生徒会のシステムは、成瀬と向原が好き勝手に変革させた代物だからな。その片割れがいきなり投げ出したんだ。しわ寄せがひどいのは目に見えている」
あっけらかんと言い切られて、苦笑がもれる。似たようなことは、篠原も何度も言っていたが、生徒会の外側から見ても同じ認識であるらしかった。
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