パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
153 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅩ ①

しおりを挟む
[10]


 二度も言わせてしまった。
 そう気がついたのは、生徒会室を出て櫻寮に戻ってからだった。

 仲直りしたらどうかな、なんて。子どもの特権をフル活用した物言いで、すでに先日提案していたのだった。
 そのときも笑って流されたのに、また繰り返してしまった。短期間で聞くことじゃなかったのに、頭からきれいさっぱり抜けていた。
 疲れてんのかな、俺も。そう皓太は結論づけた。あいかわらず教室は「ハルちゃん」「ハルちゃん」でうるさいし、途中加入した生徒会の仕事も忙しい。寮の部屋に戻っても、榛名は妙に気にしているふうで落ち着かないし、それに――。

 ――いや、でも、榛名に当たる前に、気づいてよかったのかも。

 自分も許容量の限界を超えそうになっていた、ということに。
 強気な態度を崩さないだけで、その内面が案外と繊細だということは知っている。だからと言って、成瀬になら失言をしてもいいというわけではないけれど。
 喧嘩してるわけじゃないから、と言ってほほえんだ幼馴染みの表情は、いつもと変わらないように見えた。この学園にいる大多数はなんの疑問も抱かないだろう、完璧な外面。けれど、違った。
 なにがどう、とまでは言い切れなくても、そのくらいのことはわかる。物心ついたころから近くで見ている顔だ。
 うんざりとした気分で、皓太は髪を掻きやった。どうにも落ち着かなかったのだ。

 ふたつ上の幼馴染みは、記憶にある限り、昔からずっとあの調子だった。あの、なんでも完璧な、優しい人格者――いや、実際は、なかなかにいい性格をしているとは思うが、表面上の話だ。そういった表面がずっと変わらないのだ。
 
 ――だから、なんだろうな。

 そう。だから、落ち着かない。変わりないと思っていたものに、ほころびを見つけると気になってしかたがないし、不安にもなる。
 そういうものだと思うことしかできなかった。あの人にとって、自分はいくつになろうともかわいい弟でしかないだろうから。その弟に、弱いところなんて死んでも見せない。そういう人だと知っている。
 どうにか切り替えて階段に足をかける。部屋に入るまでに整えておかないと、また榛名に余計なことを聞かれかねない。溜息を呑み込んで顔を上げたところで、皓太は「あ」と小さく声を漏らした。
 ちょうど下りてきたところだったらしい茅野と踊り場で行き当たったのだ。

「茅野さん」
「お、なんだ。高藤。ひさしぶりだな」

 変わらない態度で肩を叩かれて、なんだか妙にほっとした自分を皓太は自覚した。

「ひさしぶりというか、なんだ。おまえは生徒会のほうで忙殺されているだろうからな。気の毒に」
「あ、……いえ。まぁ、それもそうなんですけど」
「そうか、そうか。まぁ、中等部でもやっているしな、おまえは。多少は慣れているか」
「ですね」

 同じ調子で頷いたつもりだったのだが、疲れがにじんでいたのかもしれない。「大変そうだな」と苦笑気味に気遣われてしまった。
 
「あぁ、でも、大変って言っても、成瀬さんたちほどじゃ」
「高藤」

 取り繕おうとした台詞を遮った茅野が、笑いかけてくる。

「せっかくなんだ。ちょっと付き合え」



 ――タイプはぜんぜん違うのに、茅野さんの笑顔も有無を言わさない感が強いんだよなぁ。

 むろん、タイプの違う有無を言わさない笑顔の持ち主は幼馴染みである。あの、「大丈夫です」という笑顔に勝てたためしはない。

「それで、どうなんだ。生徒会は。せっかくの機会だと思って、愚痴でも吐いていけ。どうせ、向こうでは言えていないんだろう」

 おまえが言っていたことじゃないが、あの篠原が勤勉に働いているらしいからな、と続いた台詞に、皓太も、そうですね、と笑った。
 茅野に連れ込まれた特別フロアは、しんと静まり返っていた。談話室にも自分たち以外に寮生の姿はない。
 もともとほかの階に比べて在籍人数が少ないということもあるが、それでも、以前はもう少し人の気配があった気がする。

「まぁ、中等部とは違いますし、そもそもの人員が少ないから、大変は大変かもしれないです。おまけに、その、なんというか」
「べつに濁さなくてもいい。今の生徒会のシステムは、成瀬と向原が好き勝手に変革させた代物だからな。その片割れがいきなり投げ出したんだ。しわ寄せがひどいのは目に見えている」

 あっけらかんと言い切られて、苦笑がもれる。似たようなことは、篠原も何度も言っていたが、生徒会の外側から見ても同じ認識であるらしかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幸せのカタチ

杏西モジコ
BL
幼馴染の須藤祥太に想いを寄せていた唐木幸介。ある日、祥太に呼び出されると結婚の報告をされ、その長年の想いは告げる前に玉砕する。ショックのあまり、その足でやけ酒に溺れた幸介が翌朝目覚めると、そこは見知らぬ青年、福島律也の自宅だった……。 拗れた片想いになかなか決着をつけられないサラリーマンが、新しい幸せに向かうお話。

ガラス玉のように

イケのタコ
BL
クール美形×平凡 成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。 親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。 とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。 圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。 スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。 ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。 三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。 しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。 三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

眺めるほうが好きなんだ

チョコキラー
BL
何事も見るからこそおもしろい。がモットーの主人公は、常におもしろいことの傍観者でありたいと願う。でも、彼からは周りを虜にする謎の色気がムンムンです!w 顔はクマがあり、前髪が長くて顔は見えにくいが、中々美形…! そんな彼は王道をみて楽しむ側だったのに、気づけば自分が中心に!? てな感じの巻き込まれくんでーす♪

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

表情筋が死んでいる

白鳩 唯斗
BL
無表情な主人公

処理中です...