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第二部
パーフェクト・ワールド・レインⅢ ⑤
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「そうなの?」
取り巻きが背に隠した水城に確認を取ると、こくりと頷いたのが辛うじて見えた。
「ぶつかっただけで、食ってかかられた、と。そういうこと?」
「そうです。だから悪いのは榛名ですよ」
そうだそうだといった無数の視線を感じながらも、「そうかな」と思案するように首を傾げてみせる。
「意味もなく行人が食ってかかるとは、俺には思えないんだけどな」
「どういう意味ですか」
「どういうって……、そのままの意味なんだけど。そうだな。食ってかかられるようなことを、絶対にきみたちはしてないのかなと思って。あぁ、今だけの話じゃなくてね」
抗議の声を上げた取り巻きのひとりにほほえみかけると、その目が泳いだ。心当たりがまったくないわけではないらしい。そうだろうとはわかっていたけれど。
身内びいきが激しいと言われるだけの自覚はあるが、行人は理由もなく誰かを攻撃するタイプではない。
「答えられないなら、喧嘩両成敗にしておこうか」
「っ、ひどい、です」
沈黙を破ったのは水城だった。
「そんな、ひどいです。僕……、僕は」
弱弱しい訴えに、ほかの少年がはっとした顔になる。早々に収めるつもりだったのに、とんだ横やりだ。苦々しく感じながらも、成瀬は穏やかに言葉を重ねた。
「でも、行人は『返せ』って言ってたみたいだけど」
「僕は、心当たりなんて、本当になにも」
「そうですよ! ハルちゃんに心当たりなんてあるわけがない。榛名はそんなことしないって会長は言いますけど、水城だってそんなことしませんよ」
本当にいい子なんです、とひとりが眉をつり上げる。
「それか、榛名が勝手に勘違いしてるんじゃないですかね。思い込んでる、でもいいですけど」
「おい、なんだよ! 成瀬さんにその言い方……」
尻すぼみになっていく声に背後に視線を向けると、皓太が行人を押し止めているところだった。目が合った幼馴染みが「ごめん」というように苦笑したのを見とめて、少年に向き直る。
大人げなかろうがなんだろうが、一気にたたみかけて終わらせるつもりだった。
「仮に勘違いだったとしても、行人ひとりにきみたち数人がかりというのはどうかと思うけど。声をかけなかったら、手が出る喧嘩になっていそうだったし」
「しませんよ、そんなこと!」
「そうかな。俺が声をかけたとき、掴みかかろうとしていたように見えたけど」
「それは、その」
素直に言葉に詰まってくれたことをありがたく思いながら、駄目押しでほほえみかける。そういう詰めの甘さが一年生らしいかわいげだ。
水城からすれば不満でしかないのだろうが。
「喧嘩両成敗というのが不満だったら、行き違いってことでもいいけど。おおごとにはしたくないよね、きみも」
「まぁ、それ、は……」
「喧嘩なら、俺たちの管轄だと思うんだけどな」
とうとう割り込んできた声に、辟易とした感情を呑み込んで振り返る。
「本尾」
本当に最悪なタイミングで現れてくれる。もう少しで、丸め込み終わるところだったのに。
振り返った先にいたのは、もめごとが楽しくてしかたないといわんばかりの顔をした男だった。風紀委員ふたりを引き連れて、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「ただの一年生の小競り合いだ。おまえが仲裁する必要はないだろ。それにもう解決してる」
「その言葉そっくり返すぞ。あいかわらずの依怙贔屓だな」
依怙贔屓という批判を否定する気はないが。黙ったままでいると、本尾が鼻で笑った。そうして、ちらりと固まっている水城たちを見やった。
「解決済みか。かわいそうに。いいのか、会長。自分の寮の後輩ばかり庇って」
「無条件に庇ったわけじゃない。それに、うちの寮を目の敵にしてるのはおまえら風紀だろ」
「だからおまえは櫻の後輩に肩入れするってか。それはまたすごい理屈だな」
公平もなにもあったもんじゃねぇな。そう言い捨てると、今度は行人に矛を向ける。
「なぁ、榛名。俺にも聞こえたんだけどな。なにを取られたって? 言ってみろよ。公平に風紀が聞いてやる」
「それは……」
「どうした、言えないのか? それとも嘘だったのか?」
「本尾」
あいだに入ろうとした皓太を制して、成瀬はそのまま言い切った。
「さっき言ったとおりだ。風紀が首を突っ込むような話じゃない」
一触即発の空気に、野次馬であふれていた廊下は静まり返っていた。一年生は一様に息を呑んでやりとりを見守っている。
じっとりと成瀬を見つめていた本尾が、口元だけで笑った。
「貸しだぞ、成瀬」
貸したつもりはないが、長引かせたくないという思惑だけは一致していた。
しかたなく笑みを浮かべて応じると、空気がゆるんだことを悟った下級生がざわめき始める。
「ほら、とっとと戻れよ、一年ども」
ギャラリーを追いやるように手を振ると、本尾はそのまま風紀委員を連れて立ち去っていった。
取り巻きが背に隠した水城に確認を取ると、こくりと頷いたのが辛うじて見えた。
「ぶつかっただけで、食ってかかられた、と。そういうこと?」
「そうです。だから悪いのは榛名ですよ」
そうだそうだといった無数の視線を感じながらも、「そうかな」と思案するように首を傾げてみせる。
「意味もなく行人が食ってかかるとは、俺には思えないんだけどな」
「どういう意味ですか」
「どういうって……、そのままの意味なんだけど。そうだな。食ってかかられるようなことを、絶対にきみたちはしてないのかなと思って。あぁ、今だけの話じゃなくてね」
抗議の声を上げた取り巻きのひとりにほほえみかけると、その目が泳いだ。心当たりがまったくないわけではないらしい。そうだろうとはわかっていたけれど。
身内びいきが激しいと言われるだけの自覚はあるが、行人は理由もなく誰かを攻撃するタイプではない。
「答えられないなら、喧嘩両成敗にしておこうか」
「っ、ひどい、です」
沈黙を破ったのは水城だった。
「そんな、ひどいです。僕……、僕は」
弱弱しい訴えに、ほかの少年がはっとした顔になる。早々に収めるつもりだったのに、とんだ横やりだ。苦々しく感じながらも、成瀬は穏やかに言葉を重ねた。
「でも、行人は『返せ』って言ってたみたいだけど」
「僕は、心当たりなんて、本当になにも」
「そうですよ! ハルちゃんに心当たりなんてあるわけがない。榛名はそんなことしないって会長は言いますけど、水城だってそんなことしませんよ」
本当にいい子なんです、とひとりが眉をつり上げる。
「それか、榛名が勝手に勘違いしてるんじゃないですかね。思い込んでる、でもいいですけど」
「おい、なんだよ! 成瀬さんにその言い方……」
尻すぼみになっていく声に背後に視線を向けると、皓太が行人を押し止めているところだった。目が合った幼馴染みが「ごめん」というように苦笑したのを見とめて、少年に向き直る。
大人げなかろうがなんだろうが、一気にたたみかけて終わらせるつもりだった。
「仮に勘違いだったとしても、行人ひとりにきみたち数人がかりというのはどうかと思うけど。声をかけなかったら、手が出る喧嘩になっていそうだったし」
「しませんよ、そんなこと!」
「そうかな。俺が声をかけたとき、掴みかかろうとしていたように見えたけど」
「それは、その」
素直に言葉に詰まってくれたことをありがたく思いながら、駄目押しでほほえみかける。そういう詰めの甘さが一年生らしいかわいげだ。
水城からすれば不満でしかないのだろうが。
「喧嘩両成敗というのが不満だったら、行き違いってことでもいいけど。おおごとにはしたくないよね、きみも」
「まぁ、それ、は……」
「喧嘩なら、俺たちの管轄だと思うんだけどな」
とうとう割り込んできた声に、辟易とした感情を呑み込んで振り返る。
「本尾」
本当に最悪なタイミングで現れてくれる。もう少しで、丸め込み終わるところだったのに。
振り返った先にいたのは、もめごとが楽しくてしかたないといわんばかりの顔をした男だった。風紀委員ふたりを引き連れて、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「ただの一年生の小競り合いだ。おまえが仲裁する必要はないだろ。それにもう解決してる」
「その言葉そっくり返すぞ。あいかわらずの依怙贔屓だな」
依怙贔屓という批判を否定する気はないが。黙ったままでいると、本尾が鼻で笑った。そうして、ちらりと固まっている水城たちを見やった。
「解決済みか。かわいそうに。いいのか、会長。自分の寮の後輩ばかり庇って」
「無条件に庇ったわけじゃない。それに、うちの寮を目の敵にしてるのはおまえら風紀だろ」
「だからおまえは櫻の後輩に肩入れするってか。それはまたすごい理屈だな」
公平もなにもあったもんじゃねぇな。そう言い捨てると、今度は行人に矛を向ける。
「なぁ、榛名。俺にも聞こえたんだけどな。なにを取られたって? 言ってみろよ。公平に風紀が聞いてやる」
「それは……」
「どうした、言えないのか? それとも嘘だったのか?」
「本尾」
あいだに入ろうとした皓太を制して、成瀬はそのまま言い切った。
「さっき言ったとおりだ。風紀が首を突っ込むような話じゃない」
一触即発の空気に、野次馬であふれていた廊下は静まり返っていた。一年生は一様に息を呑んでやりとりを見守っている。
じっとりと成瀬を見つめていた本尾が、口元だけで笑った。
「貸しだぞ、成瀬」
貸したつもりはないが、長引かせたくないという思惑だけは一致していた。
しかたなく笑みを浮かべて応じると、空気がゆるんだことを悟った下級生がざわめき始める。
「ほら、とっとと戻れよ、一年ども」
ギャラリーを追いやるように手を振ると、本尾はそのまま風紀委員を連れて立ち去っていった。
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