パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
50 / 484
第一部

パーフェクト・ワールド・ハルⅨ ②

しおりを挟む
 午前中のミニ運動会が終わると、午後からはいわゆる「学園祭」の色が強くなる。
 来場者も午前中の比ではなく増加し、普段は紺色一色の学園が華やかな色が溢れ返っているほどだ。警備の腕章を付けて巡回しているだけで、陵女学院の制服姿の少女たちに何度も行く手を阻まれてしまって。その度にげんなりとしていた榛名が、少女たちの波が引くなり溜息を吐いた。

「ったく、おまえといると碌なことねぇな。なんだ、あの高い声。頭にキンキンくる」
「俺だけの所為でもないと思うんだけど」

 むしろ、あの子たちは陵学園の在校生であれば誰でも良いのではないだろうか。その証拠に、あっというまに次のターゲットに移動している。
 同じく巡回中の風紀委員を囲んでいるのを視線で指せば、榛名が半目になった。

「リレー早かったですね、とか言われてたじゃん。おまえって認識して話しかけに来てんだろ」
「いや、……」

 そもそも論で言えば、あれは好きで早かったわけでもない。ともすれば楓寮の走者が突っ込んできそうで、予想外に本気で走ってしまっただけだったのだが、それはさておいて。
 気が付いていないなら良いが、競技中の至る所で小さな故意を確認したのは事実だ。幸い、どれも大事には至っていなかったが、茅野は楓寮の寮長に抗議に行っていたようだった。

 ――ただの人気投票、と思っていたかったけどな。

「なんだよ?」
「いや、人が多いなと思って。カメラを構えてるヤツがいたら言えよ」

 目敏く皓太の機嫌の下降を悟ったらしい榛名に言い繕って、周囲を見渡す。ミスコンのポスターが掲示されている投票所に近づいてきていることもあって、来場者が多数足を止める、人口密度の高いスポットなのだ。
 ざわめきの中心は、ポスターだ。個人名は伏せられ寮名だけが記された、さながらアイドルのようなポートレート。
 そのうちの一枚は、ある意味で皓太にとって、昔から見慣れた顔だ。茅野が当日票は堅いと豪語していただけはある目を引く華やかさ。手間暇がかかっていることは間違いないが、よく化けたなぁとも素直に思う。水城と違って、少女めいた顔というわけでもないのに。
 その掲示の前で飛びかっていた会話が耳に留まって、皓太は巡回の足を遅めた。外部からの来場者の少年たちだ。

「すっげぇ、これ、マジで男なんだよな?」
「男子校なんだから、そうだろ、陵は」
「でも、めちゃくちゃ可愛いよなぁ、特にこの二人。いや、可愛いって言うよりかはなんかエロいかも、こっちは。――あぁ、どうりで。この二人がトップ争いをしてるんだ」
「どっちに投票する? あれ、でも、なんか、この子、誰かに似てるな。誰だろう?」
「あぁ、そういや……」

 彼らのうちの一人がスマートフォンを掲げたのを契機に、皓太は威圧的にならないように声をかけた。

「すみません。申し訳ないんですが、みささぎ祭は写真撮影一切禁止なんです。個人情報の流出を防ぐためということで、ご協力よろしくお願いします」

 駄目押しに微笑めば、素直に彼らはスマートフォンを仕舞う。尻すぼみに話が消えていったのも確認して歩みを戻すと、榛名が何とも言えない顔で押し黙っていた。
 相変わらず、貶されるのも嫌だが、褒められるのもそれはそれで癪らしい。学園内とは別の方向で、こいつは学園祭が終わった後も引きずりそうだ。失笑しかけたのを誤魔化すように、当たり障りのない話を振る。
 素直に喜んでいたらいいのに、とも思うが、それが出来ないのが榛名の榛名たる所以だ。

「写真撮影禁止って言っても、なかなか際限がないよね。素直に聞いてくれるだけ良いけど」
「生徒会からも強い要望が出てるんだったっけ、確か。茅野さん、朝も言ってたもんな。徹底しろって」
「そうそう。俺もよくは知らないけど、去年ネットに流出して大騒動だったらしいから」

 写真撮影、動画撮影、見かけ次第、注意。データ削除の要請。素直に聞き入れて頂けないようであれば、本部に連行。
 茅野がやたらと真面目な顔で言っていた背景から察するに、学園側からも厳しいお達しが下っていたのかもしれない。

「まぁ、基本的に、ウチの人間と繋がりがないと入れないはずだから、マシはマシかもね。分かってくれている人も多いはずだし。そういや、おまえは誰かに渡したの。入場券」

 門の前で受付を済ませた人間しか、学園内に入ることはできない。在校生一人に付き二枚まで配布されている入場券を貰った人間か、現在校生の身内、卒業生、あとは姉妹校の陵女学院の現役生だけ。
 市場では入場券にプレミアが付いているらしいとも聞く。陵学園のアルファに逢えるということが、たまらない付加価値らしい。

「渡してない。外に友達いないし」
「あっそ」
「外にも、って思ってないか、おまえ」
「思ってないって。なんでそんなに被害妄想なわけ。そもそもいるじゃん、べつに。ここなら」
「……おまえとか?」
「べつに、荻原でも誰でも。最近は四谷ともたまに喋ってるじゃん」

 おまえが談話室で誰かと喋っているところなんて、初めて見たよ、俺は、と。よく分からない感慨を抱きながら、続ける。

「それこそお友達ではないだろうけど、成瀬さんでも茅野さんでも篠原さんでも。おまえ、好きでしょ」
「まぁ、それは、そうだけど」
「だったら良いんじゃない、それで」

 人間嫌いではないというのなら、それで。最低限の人付き合いが出来ているというのなら、それで。

「高藤?」

 苦笑で誤魔化した皓太を訝しがる調子で、榛名が名前を呼ぶ。間違ったことは、言っていないはずだ。そう在るべきだと思っていたのも自分だ。
 だから、皓太はなんでもない顔を崩さないまま時間を確認して、次の行動を提案した。

「もうそろそろ、交代だな。戻ろうか。榛名は開票のほうに行かないと駄目だろ?」

 皓太は最後まで警備の仕事があるが、榛名は来場者票の開票要員になっていた。実際、交代の時間は近づいてきている。いつもの通りの声かけのはずだったのに、榛名が足を止めた。そして言い淀む。

「なんか、……」
「なんだよ。どうかした?」

 どうも、しないはずだ。自分が一瞬で消し去った、自分でさえ認めきれない感情の揺らぎに気が付いたのだというのなら。気が付かなかったことにしてくれ、とも、どこかで思った。

「なんか、おまえ、遠い」

 そして結局、榛名が紡いだのはそんな言葉だった。
 色素の薄い瞳がまっすぐに自分を見つめている。相変わらずの足りない語彙で、けれど、どこまでも真っ当に、まっすぐに。逸らしたのは、皓太だった。

「悪い。意味、分かんねぇわ、それ」

 何も分かっていないくせに、そんなことを言わないで欲しいと。責めたくなった自分の衝動が一番理解できないと思いながら、短く告げる。
 榛名はそれ以上は言い募らなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幸せのカタチ

杏西モジコ
BL
幼馴染の須藤祥太に想いを寄せていた唐木幸介。ある日、祥太に呼び出されると結婚の報告をされ、その長年の想いは告げる前に玉砕する。ショックのあまり、その足でやけ酒に溺れた幸介が翌朝目覚めると、そこは見知らぬ青年、福島律也の自宅だった……。 拗れた片想いになかなか決着をつけられないサラリーマンが、新しい幸せに向かうお話。

ガラス玉のように

イケのタコ
BL
クール美形×平凡 成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。 親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。 とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。 圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。 スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。 ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。 三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。 しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。 三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

眺めるほうが好きなんだ

チョコキラー
BL
何事も見るからこそおもしろい。がモットーの主人公は、常におもしろいことの傍観者でありたいと願う。でも、彼からは周りを虜にする謎の色気がムンムンです!w 顔はクマがあり、前髪が長くて顔は見えにくいが、中々美形…! そんな彼は王道をみて楽しむ側だったのに、気づけば自分が中心に!? てな感じの巻き込まれくんでーす♪

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

罪人の僕にはあなたの愛を受ける資格なんてありません。

にゃーつ
BL
真っ白な病室。 まるで絵画のように美しい君はこんな色のない世界に身を置いて、何年も孤独に生きてきたんだね。 4月から研修医として国内でも有数の大病院である国本総合病院に配属された柏木諒は担当となった患者のもとへと足を運ぶ。 国の要人や著名人も多く通院するこの病院には特別室と呼ばれる部屋がいくつかあり、特別なキーカードを持っていないとそのフロアには入ることすらできない。そんな特別室の一室に入院しているのが諒の担当することになった国本奏多だった。 看護師にでも誰にでも笑顔で穏やかで優しい。そんな奏多はスタッフからの評判もよく、諒は楽な患者でラッキーだと初めは思う。担当医師から彼には気を遣ってあげてほしいと言われていたが、この青年のどこに気を遣う要素があるのかと疑問しかない。 だが、接していくうちに違和感が生まれだんだんと大きくなる。彼が異常なのだと知るのに長い時間はかからなかった。 研修医×病弱な大病院の息子

処理中です...