30 / 484
第一部
パーフェクト・ワールド・ハルⅥ ③
しおりを挟む
「もしそうだったら、ちょっとショックだなぁとか言ってたんだけど。なんというか、会長レベルのアルファじゃないと、ハルちゃんみたいなオメガの可愛い子とつがいになれないのかな、とか。――大丈夫? 榛名ちゃん」
目の前で手を振られて、やっと行人は我に返った。
「顔色悪いけど。そんなにショックだった?」
あの人のつがいになりたいとまで、願っていないつもりだった。あの人のつがいは幸せだろうな、とは思っていたけれど。けれど、それは、行人にとってまだ先の未来のはずで。
そこまで考えて、あぁ、そうか、と得心した。いきなり現実が迫ってきそうで、心が落ち着いていない。つまるところ、全然、そんなふうに思えていなかったのだ。
「いや、……」
大丈夫、と言いかけた応えを遮るように飛んできた声は、またしても四谷のものだった。
「なんでショック受けるの?」
座ったまま、四谷が不思議そうに首を傾げる。
「榛名はベータじゃなかったっけ。それともあの噂、本当だった、――とか?」
めき、と手の中で完全にカップが潰れた。嫌味だ。ただの挑発だ。品はないとは思うが。同じ土俵に立ったら負けだ。
眉間に皺を刻んだまま、言い聞かせているうちに、ささっと荻原が四谷との対角線上に身体を滑り込ませた。
「だーかーら、仲良くとまでは言わなくても、喧嘩吹っ掛けるのは止めなってば。よっちゃんだって、そんなこと言われたら嫌でしょ」
「だって、違うんだったらそう言えば良いだけの話じゃん。そのほうがお互いすっきりするんじゃない」
「だからって……」
「高藤がいなかったら荻原に庇ってもらえて、良い身分だよね、榛名は。役職持ちに取り入るの、昔から上手いもんね?」
自分の堪忍袋の緒が長いなどと、思ったことは行人にはない。ただ、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだから、これでも少しは成長して、我慢を覚えただけだ。
中等部のころの自分が、高藤に言われるまでもなく問題児だったことも認識している。けれど。
「誰がオメガだって?」
自覚しているよりも、ドスの効いた声になったのかもしれない。荻原を押しのけた先で、四谷が瞳を瞬かせた。
「はっきりと言ったつもりはなかったんだけど?」
「口にしてようがしていまいが、同じだろうが。さっきから嫌味なことばっかり言いやがって」
「榛名ちゃん、榛名ちゃん」
「おまえだって言ってただろ。喧嘩吹っ掛けたのは俺じゃない。あいつだ」
言い過ぎ、と言わんばかりに二の腕を小さく叩いた荻原に、勢いそのまま噛みつく。
困った顔で行人を見降ろしていた荻原の視線が、不意に動いた。
「こら、一年」
外から戻ってきたところだったのか、ひょいと顔をのぞかせた茅野に、食堂に気まずい沈黙が落ちる。注意というより幾分か軽い調子で茅野が口を開いた。
「寮内で揉めるなよ。といっても、寮の外でも揉めるなよ。風紀に見つかったら、痛い目見るぞ」
すみません、と次々に頭を下げた面々を見渡していた茅野の視線が行人で止まる。
「なんだ、なんだ。榛名。そんな子鬼みたいな顔して。そんな不機嫌そうにしてるくらいなら、少し早いが俺の仕事を手伝え」
「え?」
「そのカップ、俺に投げつけてくれるなよ」
言うなり、付いてくるのが当然とばかりに歩き出した茅野の背を、荻原に押されるかたちで行人は追いかけた。
ごみ箱にくちゃくちゃになったそれを投げ入れてから。
「あの、茅野さん」
二階と三階の踊り場の辺りでようやく追いついて、躊躇いがちに行人は声をかけた。
目の前で手を振られて、やっと行人は我に返った。
「顔色悪いけど。そんなにショックだった?」
あの人のつがいになりたいとまで、願っていないつもりだった。あの人のつがいは幸せだろうな、とは思っていたけれど。けれど、それは、行人にとってまだ先の未来のはずで。
そこまで考えて、あぁ、そうか、と得心した。いきなり現実が迫ってきそうで、心が落ち着いていない。つまるところ、全然、そんなふうに思えていなかったのだ。
「いや、……」
大丈夫、と言いかけた応えを遮るように飛んできた声は、またしても四谷のものだった。
「なんでショック受けるの?」
座ったまま、四谷が不思議そうに首を傾げる。
「榛名はベータじゃなかったっけ。それともあの噂、本当だった、――とか?」
めき、と手の中で完全にカップが潰れた。嫌味だ。ただの挑発だ。品はないとは思うが。同じ土俵に立ったら負けだ。
眉間に皺を刻んだまま、言い聞かせているうちに、ささっと荻原が四谷との対角線上に身体を滑り込ませた。
「だーかーら、仲良くとまでは言わなくても、喧嘩吹っ掛けるのは止めなってば。よっちゃんだって、そんなこと言われたら嫌でしょ」
「だって、違うんだったらそう言えば良いだけの話じゃん。そのほうがお互いすっきりするんじゃない」
「だからって……」
「高藤がいなかったら荻原に庇ってもらえて、良い身分だよね、榛名は。役職持ちに取り入るの、昔から上手いもんね?」
自分の堪忍袋の緒が長いなどと、思ったことは行人にはない。ただ、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだから、これでも少しは成長して、我慢を覚えただけだ。
中等部のころの自分が、高藤に言われるまでもなく問題児だったことも認識している。けれど。
「誰がオメガだって?」
自覚しているよりも、ドスの効いた声になったのかもしれない。荻原を押しのけた先で、四谷が瞳を瞬かせた。
「はっきりと言ったつもりはなかったんだけど?」
「口にしてようがしていまいが、同じだろうが。さっきから嫌味なことばっかり言いやがって」
「榛名ちゃん、榛名ちゃん」
「おまえだって言ってただろ。喧嘩吹っ掛けたのは俺じゃない。あいつだ」
言い過ぎ、と言わんばかりに二の腕を小さく叩いた荻原に、勢いそのまま噛みつく。
困った顔で行人を見降ろしていた荻原の視線が、不意に動いた。
「こら、一年」
外から戻ってきたところだったのか、ひょいと顔をのぞかせた茅野に、食堂に気まずい沈黙が落ちる。注意というより幾分か軽い調子で茅野が口を開いた。
「寮内で揉めるなよ。といっても、寮の外でも揉めるなよ。風紀に見つかったら、痛い目見るぞ」
すみません、と次々に頭を下げた面々を見渡していた茅野の視線が行人で止まる。
「なんだ、なんだ。榛名。そんな子鬼みたいな顔して。そんな不機嫌そうにしてるくらいなら、少し早いが俺の仕事を手伝え」
「え?」
「そのカップ、俺に投げつけてくれるなよ」
言うなり、付いてくるのが当然とばかりに歩き出した茅野の背を、荻原に押されるかたちで行人は追いかけた。
ごみ箱にくちゃくちゃになったそれを投げ入れてから。
「あの、茅野さん」
二階と三階の踊り場の辺りでようやく追いついて、躊躇いがちに行人は声をかけた。
11
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説
幸せのカタチ
杏西モジコ
BL
幼馴染の須藤祥太に想いを寄せていた唐木幸介。ある日、祥太に呼び出されると結婚の報告をされ、その長年の想いは告げる前に玉砕する。ショックのあまり、その足でやけ酒に溺れた幸介が翌朝目覚めると、そこは見知らぬ青年、福島律也の自宅だった……。
拗れた片想いになかなか決着をつけられないサラリーマンが、新しい幸せに向かうお話。
ガラス玉のように
イケのタコ
BL
クール美形×平凡
成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。
親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。
とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。
圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。
スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。
ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。
三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。
しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。
三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
眺めるほうが好きなんだ
チョコキラー
BL
何事も見るからこそおもしろい。がモットーの主人公は、常におもしろいことの傍観者でありたいと願う。でも、彼からは周りを虜にする謎の色気がムンムンです!w
顔はクマがあり、前髪が長くて顔は見えにくいが、中々美形…!
そんな彼は王道をみて楽しむ側だったのに、気づけば自分が中心に!?
てな感じの巻き込まれくんでーす♪
理香は俺のカノジョじゃねえ
中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる