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「下も、触っていい?」
その言葉のとおり、指先がジーンズにかかる。返事の代わりに、腰を浮かした。布地がなくなると、兆し始めている熱が目に付く。気恥ずかしさを覚えるよりも先に、自然な動きで笹原の掌が包み込む。
「……っ」
自分以外の誰かに触られたことは初めてで、びくりと脇腹が揺れる。気が付いていないはずはないだろうに、笹原は止めなかった。育て上げるように、柔く上下させる。
「大丈夫」
囁いて屈んだかと思うと、ためらいなく先端に口づける。
「笹原……っ」
恥ずかしくて、頭を押し戻そうと伸ばしかけた手が空中で迷い、シーツの上に落ちた。好きにしてほしいと言ったのは自分で、気持ちよくなってほしいと言ったのは笹原だ。粘膜に包まれる感覚も当然ながら初めてだった。気持ちが良いというよりは、戸惑いが強い。けれど、感じることを恥ずかしいと思う必要はない。だから、素直になってほしい。そう望まれているような気がして、悠生はできるだけ力を抜こうと心掛けた。
「笹原」
響く水音と、確かな快感を訴える性器に、小さく頭を振る。
「いきそう?」
唇を離して、笹原が言う。その言葉に、悠生はこくんと頷いた。笹原が嬉しそうに目を細めて、また咥える。
「ちょ、……」
「いいから」
くぐもった声が、悠生の焦燥を押し流す。
「最後まで、このままでいって」
「無、理!」
さすがに羞恥心が勝って、声が跳ね上がる。好きにしてほしい、と言ったのは、多少の痛みは我慢するだとか、そういったことで。これはちょっと、最初からはハードルが高いというか。混乱する頭に言い訳が高速で流れていく。その悠生の心情が伝わったのか、笹原が口を離して、笑った。
「じゃあ、今日は手で。それでいい?」
次があるという響きに、無意識にほっとして、悠生は頷いた。
「悠生も」
その誘いの意味を理解する前に手を取られ、自身に添えさせられる。笹原と手元とに交互に見やっていると、その口元が小さく笑った。
「悠生はひとりだったら、どんな感じでするのかな、と思って」
「え……」
意味合いを理解した瞬間、先ほどまでとはまた違う意味で顔が赤くなる。
「恥ずかしい? じゃあ、手伝ってあげる」
言うなり、手の甲の上から一回りほど大きい掌がかぶさる。
「あ」
ゆるゆると上下に動く手と一緒に自分の指先も動く。なんだか、結局、ものすごく恥ずかしいことをしているような気がしてきてしまった。顔から赤みが引いていない自覚はある。
「悠生はさ」
「え?」
「ふだん、どうやってるの?」
「どうって」
どうも、なにも、普通のはずだ。快感を追うと言うよりかは半ば作業に近い。淡泊な処理の仕方をしている自覚もあるけれど。
「じゃあ、なにを考えてる?」
「べ、つに」
それこそ、適当な画像や動画を漁っているだけだ。いたって、平均的な。
――たった一度。この男のことを考えて抜いたことはあったけれど。
「おまえは、どうなんだよ」
言葉で責められている気分に陥って、反撃に出る。けれど、笹原はけろりと言ってのけただけだった。
「俺? 最近は、悠生が多かったかな」
「え」
今度こそ、悠生は絶句した。ゆるく続いていた快感が、どこか遠い。そして遅れて、また顔が赤くなる。かぁっと血が上るというよりかは、じわじわと熱が染みていくような、それ。
「馬鹿かよ」
けれど、口から出たのは、そんな言葉でしかなくて。それでも、気持ち悪いだとかそんなふうに思っているわけではないことも伝わっているのか、笹原は声を立てずに笑った。
「たぶんね」
「……」
「俺、悠生のことに関しては結構な馬鹿なんだろうなぁ、って。その自覚も一応してる」
そんなことをその顔で言われて、すげなくできる人間なんているのだろうか。
いるはずがない。勝手に思考は帰着していく。そうだ。できるはずがない。
集中しろ、と言うように、また手がゆるゆると動きを再開する。乾き始めて滑りの悪くなったそこを、笹原は当たり前の顔で指の隙間から舐め上げた。裏筋を刺激されて、吐息交じりの声が漏れる。その反応に満足したのか、笹原が顔を上げる。赤い舌がのぞいて、なんだかひどくいやらしかった。腹の奥が熱くなる。
「おまえ、って」
小さな声だったけれど、ちゃんと届いていたのだろう。笹原が首を傾げる。
「こういうこと、よくするの」
誰にでもするの、とはさすがに聞けなかった。
「悠生とだけだよ」
言葉にできなかった真意もすべてくみ取ったような声で、笹原が甘やかす。
俺が初めて、ってわけではないだろう。そんなひねくれた感情は隠して、熱い息を吐く。少なくとも、今この瞬間、俺だけを見ている。それだけで、十分なような気はした。
「悠生」
好きだ、あるいは、かわいい、と言うように、何度も笹原は名前を呼ぶ。最後はその声に、快感を導かれたような気がした。
達した脱力感に肩で浅く息をする。ティッシュで白い残骸を拭いながら、笹原が問う。
「気持ちよかった?」
初めて誰かの手でいかされたことが気持ちがよかった、というよりかは、好きな相手と興奮する行為をするということが、気持ちよかったかもしれない。頷いて、悠生は、笹原に手を伸ばした。布地の上からでも硬くなっているのが分かる。
「俺も」
うまくできるとは思えなかったが、おずおずと提案する。自分だけしてもらうわけにはいかないとも思ったし、自分との行為で笹原のものも反応していると思うと嬉しかった。
抵抗感も嫌悪感もなにもなかった。
「無理しなくていいよ。俺、ひとりでも抜けるし」
それなのに、笹原は当たり前の顔で、そんなことを言う。少しムッとして、悠生は語気を強めた。
「俺がしたいんだよ」
だって、これがセックスだと言うのなら、お互いで協力して、お互いで気持ちよくなろうと言うのが当然の行為だ。と、思う。よくは知らないけども。でも、たぶん、そうなのだ。
その言葉のとおり、指先がジーンズにかかる。返事の代わりに、腰を浮かした。布地がなくなると、兆し始めている熱が目に付く。気恥ずかしさを覚えるよりも先に、自然な動きで笹原の掌が包み込む。
「……っ」
自分以外の誰かに触られたことは初めてで、びくりと脇腹が揺れる。気が付いていないはずはないだろうに、笹原は止めなかった。育て上げるように、柔く上下させる。
「大丈夫」
囁いて屈んだかと思うと、ためらいなく先端に口づける。
「笹原……っ」
恥ずかしくて、頭を押し戻そうと伸ばしかけた手が空中で迷い、シーツの上に落ちた。好きにしてほしいと言ったのは自分で、気持ちよくなってほしいと言ったのは笹原だ。粘膜に包まれる感覚も当然ながら初めてだった。気持ちが良いというよりは、戸惑いが強い。けれど、感じることを恥ずかしいと思う必要はない。だから、素直になってほしい。そう望まれているような気がして、悠生はできるだけ力を抜こうと心掛けた。
「笹原」
響く水音と、確かな快感を訴える性器に、小さく頭を振る。
「いきそう?」
唇を離して、笹原が言う。その言葉に、悠生はこくんと頷いた。笹原が嬉しそうに目を細めて、また咥える。
「ちょ、……」
「いいから」
くぐもった声が、悠生の焦燥を押し流す。
「最後まで、このままでいって」
「無、理!」
さすがに羞恥心が勝って、声が跳ね上がる。好きにしてほしい、と言ったのは、多少の痛みは我慢するだとか、そういったことで。これはちょっと、最初からはハードルが高いというか。混乱する頭に言い訳が高速で流れていく。その悠生の心情が伝わったのか、笹原が口を離して、笑った。
「じゃあ、今日は手で。それでいい?」
次があるという響きに、無意識にほっとして、悠生は頷いた。
「悠生も」
その誘いの意味を理解する前に手を取られ、自身に添えさせられる。笹原と手元とに交互に見やっていると、その口元が小さく笑った。
「悠生はひとりだったら、どんな感じでするのかな、と思って」
「え……」
意味合いを理解した瞬間、先ほどまでとはまた違う意味で顔が赤くなる。
「恥ずかしい? じゃあ、手伝ってあげる」
言うなり、手の甲の上から一回りほど大きい掌がかぶさる。
「あ」
ゆるゆると上下に動く手と一緒に自分の指先も動く。なんだか、結局、ものすごく恥ずかしいことをしているような気がしてきてしまった。顔から赤みが引いていない自覚はある。
「悠生はさ」
「え?」
「ふだん、どうやってるの?」
「どうって」
どうも、なにも、普通のはずだ。快感を追うと言うよりかは半ば作業に近い。淡泊な処理の仕方をしている自覚もあるけれど。
「じゃあ、なにを考えてる?」
「べ、つに」
それこそ、適当な画像や動画を漁っているだけだ。いたって、平均的な。
――たった一度。この男のことを考えて抜いたことはあったけれど。
「おまえは、どうなんだよ」
言葉で責められている気分に陥って、反撃に出る。けれど、笹原はけろりと言ってのけただけだった。
「俺? 最近は、悠生が多かったかな」
「え」
今度こそ、悠生は絶句した。ゆるく続いていた快感が、どこか遠い。そして遅れて、また顔が赤くなる。かぁっと血が上るというよりかは、じわじわと熱が染みていくような、それ。
「馬鹿かよ」
けれど、口から出たのは、そんな言葉でしかなくて。それでも、気持ち悪いだとかそんなふうに思っているわけではないことも伝わっているのか、笹原は声を立てずに笑った。
「たぶんね」
「……」
「俺、悠生のことに関しては結構な馬鹿なんだろうなぁ、って。その自覚も一応してる」
そんなことをその顔で言われて、すげなくできる人間なんているのだろうか。
いるはずがない。勝手に思考は帰着していく。そうだ。できるはずがない。
集中しろ、と言うように、また手がゆるゆると動きを再開する。乾き始めて滑りの悪くなったそこを、笹原は当たり前の顔で指の隙間から舐め上げた。裏筋を刺激されて、吐息交じりの声が漏れる。その反応に満足したのか、笹原が顔を上げる。赤い舌がのぞいて、なんだかひどくいやらしかった。腹の奥が熱くなる。
「おまえ、って」
小さな声だったけれど、ちゃんと届いていたのだろう。笹原が首を傾げる。
「こういうこと、よくするの」
誰にでもするの、とはさすがに聞けなかった。
「悠生とだけだよ」
言葉にできなかった真意もすべてくみ取ったような声で、笹原が甘やかす。
俺が初めて、ってわけではないだろう。そんなひねくれた感情は隠して、熱い息を吐く。少なくとも、今この瞬間、俺だけを見ている。それだけで、十分なような気はした。
「悠生」
好きだ、あるいは、かわいい、と言うように、何度も笹原は名前を呼ぶ。最後はその声に、快感を導かれたような気がした。
達した脱力感に肩で浅く息をする。ティッシュで白い残骸を拭いながら、笹原が問う。
「気持ちよかった?」
初めて誰かの手でいかされたことが気持ちがよかった、というよりかは、好きな相手と興奮する行為をするということが、気持ちよかったかもしれない。頷いて、悠生は、笹原に手を伸ばした。布地の上からでも硬くなっているのが分かる。
「俺も」
うまくできるとは思えなかったが、おずおずと提案する。自分だけしてもらうわけにはいかないとも思ったし、自分との行為で笹原のものも反応していると思うと嬉しかった。
抵抗感も嫌悪感もなにもなかった。
「無理しなくていいよ。俺、ひとりでも抜けるし」
それなのに、笹原は当たり前の顔で、そんなことを言う。少しムッとして、悠生は語気を強めた。
「俺がしたいんだよ」
だって、これがセックスだと言うのなら、お互いで協力して、お互いで気持ちよくなろうと言うのが当然の行為だ。と、思う。よくは知らないけども。でも、たぶん、そうなのだ。
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