15 / 70
14
しおりを挟む
神木美香は狼狽えていた。
刑事たちの言葉に思い直して、近くの総合病院に行くことに。
母親も傷口を見てひどいショックを受け、付き添うことになった。
親子二人が身支度している間に、沖はスマートフォンで一課に経緯を伝え終えると、捜査用車両の運転席に乗り込む。
「でも、夜久さんも意外と優しいんすね、病院まで送るなんて」
「バカ言え、病院に行けば、血圧図るだ、点滴打つだで、自然と袖捲くって上げるだろうが」
先に助手席に乗っていた夜久が本意を言った。
「あっ、そういうことか、抜け目ないなあ」
「病院に着いたら、先に医者か看護婦に言っておけ、"跡"がないかよく見とくように、な」
夜久は沖の背中をポンッと叩く。
「わかりました。ただ、看護婦じゃなくて看護士ですよ、今は。
それと、俺は注射じゃなくて吸引の方だと思いますけど、一応ね」
「生意気言うな」
そんな会話を終えた刑事たちの車の後部座席へ、美香が母親に続いて乗り込んで来た。
美香は思ってもみなかった傷の状態に動揺を抑えられず、呼吸は荒く、顔面が蒼白になっている。
さらに、頭が重く、また鼻血が出て、ティッシュを鼻に詰めている状態だ。
<なんでこんなことになったんだろう。
和花が死んで、お葬式に行って、その友達という女に怖い思いをさせられて、こんな傷を負わされて、このいけ好かない刑事にその傷口を指摘されて…>
美香は俯き、タオルを巻いた傷口を右手で塞ぐように押さえながら、自分の不遇を恨んだ。
「やはり、かなり"重傷"のようだ。急いで差し上げろ」
助手席の夜久は背後の美香の様子を身を乗り出すように振り向いて確認し、沖に指示した。
「はい」
沖は少しスピードを上げた。
「しかし、そんなになるまで放って置くなんて、有りえないねえ。
痛くなかったの?お母さんもよく診てあげないと」
夜久が嫌味っぽく言った。
「すみません、ちょっと引っ掻かれただけと言ってたもので。
こんなことになってるなんて、思いもせずに…
今日だって、学校を休んだのは事件がショックで気が優れないようだっただけで…
ねえ、美香もこんなことなら、早く言ってくれればいいのに」
「知らないわよ!私だって、こんなになってるなんて思わなかったし!
ちょっと黙っててよ!」
母親への反論に、自分でも驚くほどの大きな声を出し、美香は戸惑った。
誰も心情をわかってくれないことに苛立ってはいるのは自分でもわかっている。
が、それにしても何かいつもと違い、感情をコントロールできない。
「ふん」
と、夜久は不満を露わにし、母親は
「そんな大きな声出さなくても…」
と、娘を諌めた。
「まあ、美香さんも本当に気付いてなかったようですし、こうして病院に行ってくれるんですから」
沖が運転しながらも、三人をなだめた。
「ところで、美香さんは、犯人の少女を知ってましたか?
見覚えがあるかどうかだけでも、教えていただけたら…
夜久警部、訊きたかったことの続きはこれですよね、後はお願いします」
と気を利かせて、美香と夜久に話をさせようとする。
「彼女は、あの場で初めて見ました。
同い年くらいに見えたから、和花の友達だろうとは思ってましたけど、実際にそうだと知ったのは確かテレビのニュースを見てからです」
沖の配慮に、美香は気を取り直して答えた。
「ニュースでそんなこと言ってたかな。
テレビではどれも、単に少女、としか報道していなかったと思うが…
新聞には書いてあったかもしれませんがね。
それは、何時のどこのテレビ局です?」
夜久がまたさらに嫌味を増して、重箱の隅をつつくような質問をした。
「ニュースで見たか、新聞で見たかなんて、そんなこといちいち覚えてません!
ネットで見たかもしれないし!なんなんですか!」
美香はまた大声を出した。
感情が昂り、止められない。
「よく言われるセリフだが、"疑うことが我々の仕事"なんでね、すみませんね」
夜久は言葉とは裏腹な態度で言った。
「何を疑うんです!犯人はあの女で間違いないじゃないですか!」
「まあまあ、そう噛み付かんでも。あなたはさっきから何を怒ってるんです?」
「噛み付いてなんか!ない…」
<噛み付く?>
美香は、その言葉が自分の腑に、すとん、と落ちる思いがした。
<そう、そうよ、私はさっきから噛み付きたかったんだ、この男に。
あの恐ろしい女がしたように、噛みたい、噛み付きたい、噛み殺したい!>
美香は、夜久の言葉で、自分の欲求を見出した。
原始的な欲求、怒りと噛み付き、それがしたかったんだと。
かちかちかちっ
口元が震えるように、上下の歯を鳴らす。
「…怒っているということは何かやましいことがある。そんな風に考えられなくも…」
その夜久の言葉がきっかけだった。
「きいぃぃ!」
美香は奇声を発して、夜久に襲いかかった。
運転席と助手席の間から体を勢いよく突っ込む。
沖は左肩に美香の右肘をぶつけられ、ハンドルを取られる。
「ちょっと!美香!」
「美香さん!」
母親と沖が同時に叫んだ。
「ぐわー!なんて力だ!」
夜久は美香を取り押さえようと、もがく。
中腰の美香は、押されて体ごと沖の方へ倒される。
沖は急ブレーキをかけるも、車はコントロールを失い、反対車線へと飛び出す。
こんな時に限って、対抗車は大型のダンプカーだった。
刑事たちの言葉に思い直して、近くの総合病院に行くことに。
母親も傷口を見てひどいショックを受け、付き添うことになった。
親子二人が身支度している間に、沖はスマートフォンで一課に経緯を伝え終えると、捜査用車両の運転席に乗り込む。
「でも、夜久さんも意外と優しいんすね、病院まで送るなんて」
「バカ言え、病院に行けば、血圧図るだ、点滴打つだで、自然と袖捲くって上げるだろうが」
先に助手席に乗っていた夜久が本意を言った。
「あっ、そういうことか、抜け目ないなあ」
「病院に着いたら、先に医者か看護婦に言っておけ、"跡"がないかよく見とくように、な」
夜久は沖の背中をポンッと叩く。
「わかりました。ただ、看護婦じゃなくて看護士ですよ、今は。
それと、俺は注射じゃなくて吸引の方だと思いますけど、一応ね」
「生意気言うな」
そんな会話を終えた刑事たちの車の後部座席へ、美香が母親に続いて乗り込んで来た。
美香は思ってもみなかった傷の状態に動揺を抑えられず、呼吸は荒く、顔面が蒼白になっている。
さらに、頭が重く、また鼻血が出て、ティッシュを鼻に詰めている状態だ。
<なんでこんなことになったんだろう。
和花が死んで、お葬式に行って、その友達という女に怖い思いをさせられて、こんな傷を負わされて、このいけ好かない刑事にその傷口を指摘されて…>
美香は俯き、タオルを巻いた傷口を右手で塞ぐように押さえながら、自分の不遇を恨んだ。
「やはり、かなり"重傷"のようだ。急いで差し上げろ」
助手席の夜久は背後の美香の様子を身を乗り出すように振り向いて確認し、沖に指示した。
「はい」
沖は少しスピードを上げた。
「しかし、そんなになるまで放って置くなんて、有りえないねえ。
痛くなかったの?お母さんもよく診てあげないと」
夜久が嫌味っぽく言った。
「すみません、ちょっと引っ掻かれただけと言ってたもので。
こんなことになってるなんて、思いもせずに…
今日だって、学校を休んだのは事件がショックで気が優れないようだっただけで…
ねえ、美香もこんなことなら、早く言ってくれればいいのに」
「知らないわよ!私だって、こんなになってるなんて思わなかったし!
ちょっと黙っててよ!」
母親への反論に、自分でも驚くほどの大きな声を出し、美香は戸惑った。
誰も心情をわかってくれないことに苛立ってはいるのは自分でもわかっている。
が、それにしても何かいつもと違い、感情をコントロールできない。
「ふん」
と、夜久は不満を露わにし、母親は
「そんな大きな声出さなくても…」
と、娘を諌めた。
「まあ、美香さんも本当に気付いてなかったようですし、こうして病院に行ってくれるんですから」
沖が運転しながらも、三人をなだめた。
「ところで、美香さんは、犯人の少女を知ってましたか?
見覚えがあるかどうかだけでも、教えていただけたら…
夜久警部、訊きたかったことの続きはこれですよね、後はお願いします」
と気を利かせて、美香と夜久に話をさせようとする。
「彼女は、あの場で初めて見ました。
同い年くらいに見えたから、和花の友達だろうとは思ってましたけど、実際にそうだと知ったのは確かテレビのニュースを見てからです」
沖の配慮に、美香は気を取り直して答えた。
「ニュースでそんなこと言ってたかな。
テレビではどれも、単に少女、としか報道していなかったと思うが…
新聞には書いてあったかもしれませんがね。
それは、何時のどこのテレビ局です?」
夜久がまたさらに嫌味を増して、重箱の隅をつつくような質問をした。
「ニュースで見たか、新聞で見たかなんて、そんなこといちいち覚えてません!
ネットで見たかもしれないし!なんなんですか!」
美香はまた大声を出した。
感情が昂り、止められない。
「よく言われるセリフだが、"疑うことが我々の仕事"なんでね、すみませんね」
夜久は言葉とは裏腹な態度で言った。
「何を疑うんです!犯人はあの女で間違いないじゃないですか!」
「まあまあ、そう噛み付かんでも。あなたはさっきから何を怒ってるんです?」
「噛み付いてなんか!ない…」
<噛み付く?>
美香は、その言葉が自分の腑に、すとん、と落ちる思いがした。
<そう、そうよ、私はさっきから噛み付きたかったんだ、この男に。
あの恐ろしい女がしたように、噛みたい、噛み付きたい、噛み殺したい!>
美香は、夜久の言葉で、自分の欲求を見出した。
原始的な欲求、怒りと噛み付き、それがしたかったんだと。
かちかちかちっ
口元が震えるように、上下の歯を鳴らす。
「…怒っているということは何かやましいことがある。そんな風に考えられなくも…」
その夜久の言葉がきっかけだった。
「きいぃぃ!」
美香は奇声を発して、夜久に襲いかかった。
運転席と助手席の間から体を勢いよく突っ込む。
沖は左肩に美香の右肘をぶつけられ、ハンドルを取られる。
「ちょっと!美香!」
「美香さん!」
母親と沖が同時に叫んだ。
「ぐわー!なんて力だ!」
夜久は美香を取り押さえようと、もがく。
中腰の美香は、押されて体ごと沖の方へ倒される。
沖は急ブレーキをかけるも、車はコントロールを失い、反対車線へと飛び出す。
こんな時に限って、対抗車は大型のダンプカーだった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける
気ままに
ホラー
家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!
しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!
もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!
てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。
ネタバレ注意!↓↓
黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。
そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。
そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……
"P-tB"
人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……
何故ゾンビが生まれたか……
何故知性あるゾンビが居るのか……
そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる